夢の翼番外編8
空間から、更に先を行くとまた一本道となり、やがて外に出た。
木々が取り囲む中、そこだけはぽっかりと開いていて、その中央には玉座があり、玉座の上には煌々と光を発する球体が浮かんでいた。
「これが最後の試練だ」
誰に聞かなくとも、この光に触れることが最後の試練だとロイはわかった。
誘われるようにロイは玉座へと向かう。周囲にまぶしい光を照らす球体がロイを待ち構えていた。
「…ロイ」
不安そうに呟くシータにロイは安心させるように微笑んだ。
不安はなかった。迷いもなかった。
この光に触れれば、これからの未来が決まる。その未来はロイが自ら選び、望んだものだから、何の恐れもなかった。
そっと光に触れる。
光はほのかに温かく、それだけが触れているという実感をくれた。
光はロイの手から全身へと伝っていく。
ゆっくりと光がロイの全身を覆った時、ロイの背中に光とは違う熱が発し、うめいた。
思わず、地面に方膝をつくと、シータが駆け寄ってきた。
シータにも光が見えているのだろう。心配そうにロイを見つめている。
「…ロイ、背中…」
シータの視線は背中の一点に集中していた。
「背中?」
ロイは背中の熱さに耐えながら、自分の背中を見ようと振り向いた。
「!!」
ロイの目が驚愕に見開かれる。
そこには光色の翼が輝いていた。その翼はロイの背中からはえていた。
シータはこれを見ていたのだ。空高く羽ばたいていきそうな力強い翼を。
ロイには、この翼が何を象徴するのか一目見て気づいた。
これは自分の夢の証。自由に旅立つための翼なのだ。
「…俺は自分の夢をまだ諦められていなかったんだな」
シータのこの森に残ることを決め、ロイは両親のこと、旅に出るという夢を捨て去ったはずだった。
だが、まだロイの背中には、まだ飛ぶことを夢見る翼が残っていた。
「…ロイ、あんたにはこんなに素晴らしい翼があるんだね」
キラキラと輝く翼をシータはどこか恨めしそうに見ていた。
そう、ロイにもわかる。
この翼は森に残るためには邪魔なものだということが。
「…こんな翼があるんじゃ旅をやめるわけにはいかないよね」
シータが翼に触れると、シータの切ない気持ちが翼を通じて伝わってきた。
シータにこんな哀しい想いをさせてはいけない。
ただ、その一心でロイはある決意を固めた。
「シータ、お願いがあるんだ」
翼の触れるシータの手にロイは自分の手を重ねる。
その手は翼に負けないくらい温かくてシータの胸を優しく満たす。
失いたくない、この手を…
「この翼をシータの手で切って欲しいんだ」
「!ロイ!!」
ロイの言葉にシータは反射的にロイの手を払った。
「シータ、頼む!」
ロイの真剣な眼差しが、ロイが本気であることを教えてくれた。
シータは両手を強く握り締める。この手で翼を切るなんて…こんなにも真っ直ぐに天に輝く翼なのに…
ロイの翼を切りたくなかった。
だが、この翼がロイをシータから遠くさらってしまう。シータはロイがいない生活なんて考えることが出来なかった。
「シータ、これで…」
ロイが腰にある剣をシータに手渡す。
シータは震える手で剣を受け取った。シータが村人から強引に奪った剣とは違う。これならシータにも一振りで翼を切れそうだった。
「ロイ…」
ロイはシータのために両親を犠牲にしてくれた。そして、またシータのために自分の夢を失うのだ。
体の震えが収まらない。両手でしっかり握っても剣の震えは止まらない。
自分が切らなければいけない。ロイにそこまでの決意をさせたのは自分なのだから。そしてロイは自分に夢を切られることを望んだのだから。
だけど、本当にそれでいいんだろうか。
わからない、わからない…!!
答えが出ず、剣から目を背けるように強く目をつむる。
どんなに必死に答えを探しても、グルグルと考えが定まらない。
「シータ」
ロイはシータを落ち着かせようと微笑む。その微笑があまりにも穏やかで、全てを受け入れたような静かさをまとっていたから、シータもついに覚悟を決めた。
自分も背負って行こう。ロイの夢を奪った自分の罪とこれからのロイと共に生きる人生を。
シータは大きく深呼吸をして、自らの震えをピタリと止めた。シータがロイに深く頷くと、ロイはシータに託し目を閉じた。
空気が張り詰める。
緊張の中、だが2人の心中は小波一つも動じない。
もう、決意はした。後は決意を実行に移すだけだ。
「!」
シータは一呼吸して、躊躇もなく剣を振り下ろした。
羽を絶つ感触はなかった。空を裂いたようなあっけなさが余計にシータを哀しくさせた。
夢とは軽く実体がない。だからこそ、繋ぎとめるには強靭な精神力と想いが必要なのだ。
ロイがどんなに強く夢を描いていたのか、シータはこの一刀で感じることが出来た。
無常にも羽が舞う。ロイの翼が背中を離れ、宙に花吹雪のように広がって行く。
ロイは叫びたくなる衝動をグッとこらえた。
深い喪失感がロイを襲った。長年築き上げたもの、彼の傍らに空気のようにあったものが、今散ってしまったのだ。
しかし、それと同時に得たものある。
シータがロイを抱きしめていた。ロイを守るようにしっかりと。
「シータ」
ロイもシータを強く抱きしめた。もう彼女を孤独の淵に落とさないように。
そんな2人を祝福するように、光の翼に代わって緑の木の葉がクルクルと2人の上に舞い落ちる。
幾重にもなるそれは、尽きることなくいつまでも2人を包み込んだ。
2人は木の葉の吹雪の中、いつまでもお互いが失ってしまった物を埋め尽くすように抱きしめあった。
今、ロイは村の長として認められたのだ。
そして、2人は永久の愛を誓った。