夢の翼番外編9





 流れるようにして時は過ぎて行く。
 ロイたちがこの森に足を踏み入れてから、幾つの年が巡って行ったのだろうか。
 村人は、家を作り、畑を耕し、子を産んで、そして村が完成された。
 ロイは村の長として板がつき、今ではシータと穏やかな暮らしを送っている。
「今日も村は平和だよ、守護神」
 ロイには村の長の仕事として、守護神に週一で村の様子を伝えることを義務付けられていた。
 と言っても、そんな大層なことではなく世間話をするだけなのだが。
 今日がその日でロイは守護神のいる祠に来ていた。
「この週に一回の会話も何回したのかな」
 その日の守護神は珍しく物思いにふけたように視線を遠くに向けていた。
 ロイを見つめる目もいつもと違う。新緑の眩しさを湛えた瞳が今では淡く霞んでいる。
「…一度、故郷に帰ってみる?」
 溜息と共に吐き出された言葉は、まるで風のようにロイの耳を通り過ぎて行く。
「はい?」
 何を言われたのかわからず聞き返すと、守護神は自分らしからぬ発言に苦笑を漏らした。
「今日の私はどうかしているね…でも、こんな気紛れは今だけかもしれないよ」
「…本気、なんですか?」
 守護神が冗談ではないことを理解し、ロイは困ったように額に手を当てた。
「今更ですよ、守護神。俺はもうこの村を離れる気はないです。どうせ故郷に帰っても両親はいないし…」
 ロイは村の長の資格を得るために挑んだ試練の洞窟での出来事を思い出した。シータか両親のどちらか片方だけを助けるのに、ロイはシータを選んだ。
 両親は自分が殺してしまった。自分の裏切りで…
「あれは本当の両親ではないよ。私が作った幻だ」
「えっ!!」
 守護神の思いがけない真実にロイの目が見開かれる。
「では、では!両親は生きているのか!?」
「そこまでは、わからないよ」
 守護神の返事はロイの耳に届くことはなかった。
 ロイは自分の手で両親を殺していないことに、もしかしたら両親が故郷で生きているかもしれないことに感謝した。
 ロイは胸の上で強く両手を握りしめた。
 今すぐに両親の元へ駆けつけたかった。そして安否を確かめたかった。
 しかし、自分はあの時に決めてしまった。もう、決してシータの側を離れないと。
「…俺はこの森を出ません。俺はこの地に骨を埋めると決めたのだから…」
 ロイは両手を解き、真っ直ぐに守護神に瞳を向ける。その瞳は以外にも清清しいものでロイが強がっているのではないことを守護神に教えてくれた。
「そう…」
 守護神は頷き、それ以上の言葉を発しなかった。
「…それと、もう1つ報告があるんですけど…」
 言いにくそうにロイがモゴモゴしていると、守護神はロイの報告の内容に気づいているのか、ニッコリと微笑む。
「おめでとう、ロイ」
 守護神に見抜かれていたことを知り、ロイは照れくさそうに頭をかく。
「気づいていたんですか?」
「もちろん、村のことで知らないことはないからね」
 自慢げに守護神が微笑むのを見てロイは、それでは週一の報告はいらないのではないかと言いたくなった。
「ロイも父親になるのだね」
 嬉しそうに、ちょっと淋しそうに守護神は複雑な表情を浮かべる。
「俺の子供は守護神を見ることができますよ、きっと」
 だからではないけれど、ロイは守護神を慰めるように優しい言葉をかけた。
「…そうだね」
 そんなロイの心が伝わったのか守護神は幸せそうに瞳を閉じた。
「楽しみだよ、ロイの子供と出会う時がくるのが」
 子供だけではない、ロイの孫もひ孫も代々の子孫とまみえるのだろう。
 ロイは約束してくれたのだから。この村にいることを。
 きっとその約束は破られない。ロイがいなくなっても、ロイの血を継ぐものが約束を受け継いでくれるのだろうから…
「もちろん、その子も私が可愛がってあげるよ」
 企むような守護神の物言いにロイは背中を震わせた。
 子供も自分と同じように守護神の玩具になるのだと思うと、産まれてくる我が子が憐れだった。
「その時は、ロイも一緒に可愛がろうね」
 にっこりと微笑まれ、ロイは苦笑するしかなかった。
 ロイは知らない、自分が守護神と同じように意地が悪くなり、孫たちをいじめるようになることを。
 そう、それはまだまだ先の話…

「おじい様、掃除しますからどいてください!」
 体を揺さぶられ、ロイは目を覚ました。
「…リアナか…」
 寝ぼけ眼で体を揺さぶっている人物を見る。孫のリアナが片手に箒を持ち、ロイの体を優しく揺さぶっていた。
「もう、おじい様。隠居生活に入ったからといって毎日ぐうたらしているのは体に悪いですよ」
 目を覚ましたロイに叱りつけるリアナの様子がシータとだぶり、ロイは苦笑する。
 ロイは村の長をリアナに譲り、今は隠居生活に入っていた。特にすることもなく家でごろごろしているばかりなのだ。
「…そうだな、ばあさんの墓参りにでも行くか」
 シータと出会った頃の夢を見て、ロイは久しぶりにシータの墓参りに行くことにした。
「それがいいわ。さあ、起きてください」
 促すリアナに急かされてロイは慌てて立ち上がる。ロイがどいたのを見てリアナは早速部屋の掃除を始めた。
「やれやれ」
 リアナの自分に対しての扱いにやや不満を覚えるが、リアナも村の長の役目と家事の両立を計る身、多忙なのだろう。
「そうだわ、おじい様。庭におばあ様の好きな花が咲いたの。おばあ様に持っていってあげて下さいね」
 箒を止め、リアナは部屋を出て行こうとするロイの背中に話かける。
「ああ」
 ロイが振り返り返事をすると、リアナをまた掃除を再開した。
 ロイは庭に出て、シータの好きだった花の場所へと近づく。
 そこには大輪の花が咲き誇っていた。白くて小振りな地味な花だが、どんな環境でも咲く力を持っている強い花だった。
「もう、花の時期か…」
 季節の移ろいを感じながら、ロイは3つだけ手折った。
 シータは花を摘むのが嫌いだった。花は自分が選んだ場所に咲くのだから、悪戯に摘んでしまうのは花が可哀想だと。花を愛でるなら自分から花の場所に行けと言うのがシータの生前の言葉だった。
 庭に咲いた花もわざわざ種を蒔いたものではなく、自然と根付いたものだった。
「すまんな、少しもらって行くぞ」
 ロイは花に謝り、3つの花を持ち、シータの墓へ向かった。
 墓から動けない今、ロイが花を摘むのをシータも花も許してくれるだろう。
 シータの墓は村の外れにある共同墓地にある。
 ロイはシータの墓前に3つの花を添えた。
「ばあさん、久しぶりに昔の夢を見たぞ」
 腰を下ろし、ロイはシータに話しかける。
「ばあさんに出会ってこの村の長になった頃の夢だ…」
 ロイは若かった時を思い出し、そっと瞳を閉じる。
 シータとの出会い、恋に落ちて将来を誓い合ったこと、子供の出産、そしてジューダとリアナが産まれてきた日のこと…
 様々な出来事が頭の中を霞めていっては通り過ぎて行く。
 両親の死に目に立ち会えなかったことやジューダが旅に出てしまったこと、悔いの残ることもたくさんある。
「ジューダはここに戻ってくることができるのか…」
 ジューダの旅を反対したのも、ロイが旅に出て二度と故郷に帰る事が出来なかったからというのもあった。たんに心配だけだったという思いもあるが。
「…だがな、ばあさん。私は幸せだったよ…」
 後悔や苦しみの全てを背負ってもロイは幸せだと胸を張って言える。
 それはきっとシータが側にいてくれたから…
「ばあさん、ジューダの幸せを祈ってくれ。私はジューダが幸せなら、もう充分だよ」
 ジューダがこの村の帰ってこなくても、自分の死に目に会えなくて苦しいほどの後悔に苛んでも、彼が幸せならそれだけでいい。
 幸せであること、それが親としての祖父としてのロイの願いだった。きっと自分の両親も今の自分と同じような気持ちだったのだろう。
 ロイは目を開け、空を仰ぐ。柔らかな太陽の光が暖かい。まるでシータが側にいるような気がしてロイは柄にもなく切なくなってしまった。
「私はまだまだ生きるぞ!!」
 そんな感傷を吹き飛ばすように、ロイは跳ね上がるように立ち上がり、空に手を伸ばした。
「じゃあな、ばあさん。また会いに来るよ」
 笑みを残し、ロイは墓に背を向ける。
「おっと、ばあさん、花を1つ貰っていくぞ。旧友に1つ分けてやってもいいだろう?」
 ロイはシータの墓から、花を1つ手に取る。
「あいつも同じ暇人だからな。遊びに行ってやるのさ」
 悪戯っぽくウィンクをし、ロイは歩き出す。
 向かう先は、ロイがこの村に残らざるを得なくなった元凶。そして、誰よりも心を通わす親友の元だった。



(終)

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