夢の翼番外編6





 祠の外では村人たちが野営の準備をしていた。
 葉を敷き詰め寝床を作り、そこに森にはえている薬草で傷の手当てをした若者が横たわっている。
 中央には火がともされ、山菜のたっぷり入ったスープが鍋にかけられていた。それをみんなに配っているのはシータを中心とした女性たちだった。
 みんなが慌ただしく準備をしている中、とりわけシータは他のみんなよりもクルクルと元気よく働いていた。
 痛みにうめく若者がいれば、かいがいしく手当てをし、お腹をすかせて泣いている子供には温かいスープを運んであげた。
 明るく献身的なシータの姿は村人たちに元気と笑顔を与えていた。
「シータ、ちょっといい?」
 ひとしきり働き終えたシータをロイは村人たちから離れた場所へと呼んだ。
「何?ロイ」
 首を傾げながらもシータはロイについていく。
 少し離れると、そこは真っ暗だった。炎による明かりもここまでは届いていない。
 しかし、シータにおびえた様子もない。暗闇が平気なのか、ロイが一緒にいるから安心しているのか。
「どうしたの?ロイ」
 シータに問われ、ロイは守護神と話したことをシータに話した。
「…というわけで、これから試練の洞窟に行って来るよ」
 簡単に説明し、ロイはすぐに試練の洞窟へ向かうことをシータに告げた。
「…」
 それを聞いてシータは難しい顔で黙り込んだ。シータは、まだロイがこの森に残ることに納得していなかった。もし、試練の洞窟へ行き、長の資格を手に入れてしまえば、それこそこの森を出る事は叶わなくなってしまうだろう。
「…ロイ、今の内に逃げちゃえば」
「はっ?」
「そうよ、それがいいわ!そうしましょう!」
 シータは自分の言葉に頷き、急かすようにロイの腕を引っ張り始めた。
 しかし、ロイはその場から動かない。どんなにシータが力を込めてもびくともしない。
「ロイ!」
 上目遣いに睨むとロイは困ったように額に手を置いていた。
「無理だよ、シータ。俺はもう守護神と契約してしまったんだ。今更、契約を破棄すれば、俺も村人も確実に殺されるよ」
 守護神が祠で不意に見せた目の鋭さを思い出し、ロイは背中を震わせた。
 敵の追っ手にくらわせた絶大な力を思い出したのか、シータも身を震わせ、自分の体を抱き締めていた。
 今、この時も守護神は2人の会話を聞いているのではないかと思い、2人は口を閉じた。
 逃げ場はもうない。
 ロイはシータへの想いに気づいた時に、この森で暮らして行く覚悟を決めていた。
 ごめん、父さん、母さん…
 ギュッと目をつぶり、心の中で両親に謝った。親不孝な自分を両親は許してくれるだろうか。
「…ごめんなさい、ロイ」
 不意に謝られ、目を開けるとシータが真っ直ぐに自分を見上げていた。その目はロイが残ったのは自分のせいだと責めていた。
「…ロイがこの森に残らなければならなくなったのは私のせいよね…ごめんなさい、ロイ。私…」
 自分を責め続けるシータが痛々しくてロイは、シータの口の前に手をかざした。
「シータのせいではないんだ。俺が決めたことだから…」
「でも!」
 なおも言い募ろうとするシータにロイは微笑んでそれを制した。
「ロイ…」
 ロイがどうして自分を責めないのかシータにはわからなかった。あんなにも親の元へ帰りたがっていたのに…
 シータは気づいていなかった。ロイが故郷へ帰ることを断念した一番の理由を。それが、シータへの想いだということを。
「それじゃあ、俺は行くから」
 大人しくなったシータから逃げるようにロイはそそくさと試練の洞窟へ向かおうとする。シータのことだ、また話をぶり返されるかもしれない。
「待って、ロイ!」
 強い口調で引きとめられ、ロイは仕方なく足を止めた。
 今度は何を言うんだろう…嫌な予感に捕らわれ振り向くと、
「私も試練の洞窟に一緒に行くわ!」
 覚悟を決めたようにシータがはっきりと言った。
「シータ!」
「行くって決めたの!だって、こんな気持ちでロイを待っていることなんて出来ないわ」
 ロイの驚きにシータはすがるようにロイの腕を掴む。
 それはロイを森から逃がそうとする時より強く、ロイには振りほどけそうになかった。
「…わかったよ、一緒に行こう」
 負けてロイが頷くと、シータの顔が明るくなる。
「ありがとう、ロイ!」
 ニッコリと笑うシータが可愛くて見えて、ロイは自分の思いを再認識させられた。
 ごめんなさい、父さん、母さん…
 たとえ守護神との約束がなくても自分はもう故郷に帰らないだろう。シータがここにいる限り…
 ロイはもう一度両親に謝罪し、シータと2人、試練の洞窟へと歩き出した。



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