夢の翼番外編5





 祠の中ではご機嫌な様子でニコニコしている守護神がロイを待っていた。
 戦いの後、ロイは再び祠に入った。守護神の加護を得た今、この森の中では危険なことはないだろうとロイは村人を外に置いて来た。
 ロイは村人に守護神のこと、守護神の加護を得るためにはロイが森に残らなければならないこと、そしてロイはそれを受け入れたことを話した。それを聞いて、村人はロイに感謝した。
 ロイはそんな村人の感謝を避けるようにして、祠の中に逃げ込んだのだ。
「…はぁ…」
 守護神の笑顔を見るなり、ロイは溜息をついた。
 祠の外では村人が、祠の中では守護神が、ニコニコと幸せ全開で煩わしいったらありゃしない。
「どうしたの?溜息なんてついて?」
 理由を知りながらわざと聞いてくる守護神がうっとうしい。ロイは答えず、ジトリと睨み付ける。
「おやおや、早速嫌われてしまったみたいだね。これから長く付き合っていくんだ。仲良くしようよ」
 守護神はロイがこの森に残るものと決め付けている。ロイが守護神に助けを求めたのは事実だし、現に守護神の力をすでにかりてしまっている。今更、残らないと言っても通じないだろう。
「…はぁ…」
 それでもロイの溜息は消えない。
 両親のこともある。この森に残るしかないとわかっていても、故郷への望郷は絶えない。
 だが、それ以上にロイの心を揺さぶる想いがある。森に残る一番の理由もそこにある。それは、村人の命とか守護神との約束とか、そんな大層なものではない。
 非常に俗っぽい想いだ。まだ、固まっておらず曖昧なものだが、それは確かに恋と呼べるものだと思う。
「…シータのことだね」
 守護神に心を見透かされたように言い当てられ、ロイは出そうになった溜息を飲み込んだ。
「な、何でそれを!」
 うろたえるロイを守護神は楽しいおもちゃを見つけたかのように微笑む。
「シータに気持ちを伝えればいいじゃない?シータとロイの子供ならきっと真っ直ぐで芯の強い子に育つだろうね」
「こ、子供!!」
 話の飛躍にロイはついていけず、ただあたふたと視線をさまよわせる。そんなリアクションがますます守護神を喜ばすなどロイが知るよしもない。
「うん、我ながら良いアイディアだね。2人が結婚してしまえばいいんだ」
 守護神は自分のアイディアが気に入り、ポンッと両手を叩く。それはだんだんとふざけた口調から本気のものになっていきロイは困ったように額に手を当てた。
「そんなこと出来るわけがないでしょう?大体出会ってから、まだ一日も経ってないんだ。それなのに恋に落ちただなんてシータも本気にはしないさ…」
 何よりも自分自身が信じられない。こんなに簡単に恋に落ちてしまうなんて。
 まだ、ろくにシータのことも知らないのに、好きになりようがないではないか。確かにシータは可愛いし、しっかりしていて、どんな時でも笑顔を失わない子だ。
 だけど、森で聞いたシータの出生の秘密。そして家族の絆への強い憧れ。ロイが故郷へ帰る事をどんな時でも第一に考えてくれた。
 シータの望み通り、故郷へ帰っていれば良かったのかもしれない。だけど彼女がふと見せる孤独な瞳がロイをとどまらせる。
 そう、これは恋ではない。ただシータの瞳が気になっているだけなのだ。
 ロイは心の中で必死になって言い訳を探したが、
「恋なんて一瞬で落ちるものだよ…違う?」
 守護神の緑の瞳に問われると、ロイの探した言い訳はたちまちボロボロと崩れ落ちてしまった。
 どんなに自分が否定しようとも、この森を統べる守護神には全てお見通しなのだ。
「…まだ早いよ。気持ちを伝えるのは」
 素直なロイの気持ちが口から滑り出す。
 ロイはシータが好きだ。でも、今この状況でこの想いをシータに告げるのはためらわれた。せめて村人たちの住む村が出来てから、ゆっくりと話したい。
「そう、自分が伝えたい時に伝えなさい」
 自分の気持ちを認めたロイに守護神は優しく目を細める。子供を見守る親のような瞳にロイは照れくさくなってしまう。
「ところで話は変わって、村のことだけど…」
 守護神はこの森に新しく作る村についての話を始めた。村の場所、規模、規則などが事細かにロイに伝えられていく。
 ロイは始終、一言も口を出さず黙ってそれらを聞いていたが、
「それで村の長にはロイがなって欲しい」
 このとんでもない言葉には口を出さずにはいられなかった。
「俺が長!」
「ああ、そうだよ」
 驚くロイに守護神は当然とばかりに頷く。
「私からの指名となれば誰も逆らえないよ」
 瞳に鋭い光を走らせ、守護神はいとも簡単に恐ろしいことを言ってのけた。
「でも村人たちも納得いかないかもしれないから、ロイには試練を受けてもらうよ」
「し、試練!」
 いきなり話が変な方向へ流れて、ロイは素っ頓狂な声を出す。
「試練って何をするのさ?」
「試練の洞窟に入って、その最奥部にある長の証を取ってくるだけだよ。頑張ってね」
 ポンッと軽く肩を叩く手には意外なほど力が込められていて、ロイは自分に選択権がないことを知った。
 これからもこんな調子で守護神の言いなりになるのかと思うと暗雲たる思いに落ちてゆくのだった。
 そんなロイの胸中も知らずに、守護神はロイが祠に入ってきたようにニコニコと笑っている。ロイはそんな守護神を見て、また溜息をつくのだった。



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