夢の翼番外編4
ロイは、森の守護神に出会えたこと、守護神の助けを得るには自分がこの森に残らなければならないことを村人に伝えるためにいったん祠を出ることにした。
祠の外に待機している村人たちを長く待たせていることも心配だった。
「…」
帰りの通路で2人は無言だった。
ロイは守護神の代償の返事をしていない。シータには代償のことを話したが、やはりどうするかは言っていなかった。
どうすればいいんだろう…
ロイの心の中でも、その答えは見つけられていない。
この森に残るとなれば、両親に会うことができなくなってしまう。たった一日通過するだけのはずだった村のために自分の一生を捧げなければいけないのか。
しかし、ロイがこの森に残らなければ村の人たちは追っ手によって全滅してしまうかもしれない…
両親か、村の人たちか…
ロイの答えは出そうにない。
「…ねえ、ロイ」
今まで黙り込んでいたシータが顔を上げる。
守護神の代償を聞き、シータも悩んでいた。通りすがりの旅人を自分たちの安全のためにこの森に留めてしまって良いのかと。
「あんたには故郷に待っている人がいるんだよね」
シータの出した答えは否だった。
ロイには帰らなければならない人がいる。助けて守りたい人のためにロイは戦争のただ中を乗り込んできたのだから、この森に引き止めるわけにはいかない。
何より家族の絆の尊さを尊重している自分がロイを引き止められるわけがなかった。
「帰りないよ、家族の元へ…」
強気に笑うシータだが、ロイは簡単に答えを出せなかった。
「…でも」
「大丈夫。後は私たちが何とかすから!」
言いよどむロイにシータは強気の態度を崩さない。だが、ロイにはシータよりも今の過酷な現状を理解していた。
「無理だよ、シータ。村人たちだけでは追ってから逃げることも、この森から脱出することもできない」
弱々しくロイは頭を振る。
今いる村人には年寄りや身体障害者が多い。それは戦争が起こった時に村を出て、他の所へ逃げる体力がなかったからだ。中には健康な若者もいるが、数が少ない。
こんな様子では追っ手が追いつくのは目に見えているし、何より森の守護神は森に足を踏み入れられたことに怒りを抱いている。
村人が言っていたように天罰がくだるだろう、ロイがこの森に残ることを拒否すれば…
それらを知っていて、どうして森を出て行くことができるだろう。
ロイはグッと拳を強く握り締めた。
「…でも俺は…」
それでもロイには森に残ることに首を縦に振ることが出来ない。
目をつぶると、敵国の兵士によって倒れ落ちる両親の姿が浮かんでくる。それが現実なのかはわからない。だが、そうなってしまう可能性もあるのだ。
今すぐにでも故郷に帰りたい。両親の無事を確かめ、この手で守りたい。
「…ロイ…」
辛そうにうつむくロイにシータは何も言えなかった。自分たちのためにロイは悩んでいる。そう思うとシータの胸は押しつぶされそうになってしまう。
何でロイはこんなにも悩んでいるのだろう。家族と村人、天秤に計ればどっちに傾くなんて当たり前なのに。
それでもロイは村人たちのために悩んでしまうのだ。自分たちのことなんて見捨ててしまえばいいのに。
「ロイの馬鹿!」
ロイのいきすぎたお人好しぶりにシータは叫んだ。ロイが驚いたように顔を上げる。
「私たちのことなんてほっといて帰ってしまえばいいのよ!出会ってまだ少ししかたってないのに、何で私たちのために悩むのよ!?」
内にある感情と裏腹にシータはロイを責める。自分の無力さがこんなにはがゆく感じた時はなかった。
「シータ…」
ロイはシータに怒鳴られ呆然としている。
そんなロイの阿呆面に苛立ちをぶつけてしまいそうで、シータは瞳を逸らし拳を強く握り締めた。
ロイを責めるのがお門違いだということは充分わかっている。
だけど、どうしても感情的になってしまう。こんなことになるはずではなかったのに。
「…そりゃあ、帰りたいさ。故郷にもいつ敵国の兵士が襲ってくるかわからない。俺は両親を助けるためにこの国に戻ってきたんだ…でも…」
ロイは自分の迷いを吐き出すように呟く。それは独り言のような小さな声だがしっかりとシータの耳に届いた。
「でも放っといて帰るなんて出来ないよ。たとえ出会って一日も経っていない人たちでも見殺しにすることなんて俺には出来ない!!」
ロイの拷問とも呼べる決断の叫びにシータは身を震わせた。
「…なさい…ごめんなさい」
突然、シータは手で顔を覆い、囁くようにか細い声でロイに謝り始めた。
「…私がロイをここまで連れてきてしまったから…ロイを巻き込んでしまったから…」
シータは自分の罪に気づいてしまった。
あの酒場でロイを村から逃げさせていれば、森に連れて込まなければ、こんなことにはならなかったことに。
「それは違うよ!シータ」
ロイは否定するが、シータは謝り続ける。
「シータ…」
「…お願い、ロイ。家族の所へ帰るって約束して。私たちのことで悩まないで…」
シータは今にも泣きそうな表情でロイに訴える。
あんなに憧れた家族の絆を自分の手で壊してしまうなんてシータには耐えられなかった。
しかし、ロイには頷くことができない。もし、頷けば村人たちを見殺しにしてしまうことになる。
「…ロイ」
答えることが出来ないロイをシータはジッと見つめ続ける。ロイはこらえ切れなくなり、シータから視線を逸らした。
「…シータ、俺は…」
決断を迫られ瞳を閉じたロイだが、
「キャアー!」
突如聞こえてきた外からの悲鳴に考えを中断された。
「何?」
シータが問うより早く、ロイは祠の外へ走り出していた。
危惧していた敵の追っ手が追いついてしまったのだ。
「くそっ!」
充分に考えられる事態だったのにそれを防ぐことができなかった。
森に残るかなんて考えている場合ではない。今は村人たちを助けることだけに集中しなければ。
「ロイ!」
「シータは中に隠れているんだ!」
追いかけてくるシータにロイは言い残し、祠の外に飛び出した。
祠の外では戦力のあるわずかな村の若者と武装した敵国の兵士が戦っていた。
敵国の兵士はわずか5人、それでも耕作用の鍬や鋤を武器にしている若者たちでは歯が立たない。
すでに大地に倒れている若者もいるが、救いなのは誰も死にいたっていなかったことだった。
「っ!」
鋭い呼気と共にロイは兵士の真ん中へと踊り込んだ。
とにかく敵の注意を自分に引き付けたかった。戦う訓練を受けた者に村人たちが敵うわけがなかったから。
不意打ちで1人の敵を倒すことが出来たが、多数を相手にするのはさすがのロイも不利を否めない。
そんなロイに加勢するため、若い村人が武器を振り上げて突撃してくる。
「やめろっ!」
叫んだロイだったが、敵の1人が向かってくる村人の攻撃を易々とかわし、剣を振り上げる。避けることの出来ない素早い剣さばきに村人の顔が強張った。
「くっ!」
ロイは無理な体勢に構わず若者を攻撃しようとしている敵の背中を剣で貫く。
何とか村人を救ったロイだが、無理な攻撃で体勢を崩したわずかな隙を敵が見過ごすわけがなかった。
「!」
迫り来る剣にロイは反応することが出来なかった。
ロイは観念して瞳を閉じた。両親を村人さえも救えなかった自分の力に無念を感じながら。
シータは震える目でロイが諦め地に屈した姿を見て反射的に飛び出した。
「駄目ぇ〜!!」
自分が敵に敵わないことや武器の存在も忘れて、シータは無防備に敵の中へ走って行く。
ただ、ロイを助けたいがために。
「シータ!!」
まっすぐロイの元に駆けてくるシータの前に敵が立ちはだかる。
それでもシータはロイだけを見て、一心不乱に走る。敵の存在などシータの目に映らず、ただロイの姿だけがシータの視界の全てだった。
敵がシータに剣を振りかぶる。
それが下ろされる瞬間、ロイは雄叫びあげた。
助けてくれ!誰でもいい、彼女が助かるためだったら俺は何でもするから!!
渾身の力を込めてロイはシータへ腕を伸ばす。だが、その腕は届かず、その想いだけが空間と意識を飛び超え届いた。
「その想い、受け入れた」
風と共に声が吹きぬける。
誰もがその声に体を止め、木々を仰ぐと、
「うわぁ!」
木々の枝が兵士を襲い始めた。
鞭のようにしなり、枝は強烈な一撃を兵士に食らわせる。
次々と枝にやられていく兵士を村人たちはポカンと口を開け見つめている。
ロイとシータも呆然と不可解な光景を見ていたが、すぐにそれが誰の力か気づいた。
「ああ…」
シータがその場に崩れ落ちる。ロイはシータに駆け寄り、優しく肩を抱き寄せた。
「大丈夫?シータ」
シータは肩を震わせ、力のない目で空を見つめていた。
ロイは守護神の望みを受け入れてしまったのだ。この力は守護神の力。ロイがこの森に留まるのと引き変えに村人たちを守ったのだ。
「…ロイ」
どうしてとシータは責めるような目でロイを見上げる。
「…」
ロイは答えず、ただ微笑んだ。
シータが襲われた時、咄嗟に助けを求めてしまった。別に守護神に助けを求めたわけではないが、シータを助けてくれるのなら誰でも良かった。
どんな代償を払っても…
「…ごめんなさい…ごめんなさい…」
何も答えないロイにシータは謝り続けた。シータは自分が飛び出したせいでロイが守護神に助けを求めたことを敏感に感じ取っていたのかもしれない。
「…」
何でだろう。自分が死の危機にさらさわれても助けを呼ばなかったのに、シータの危機には心が助けを呼んでしまった。
もしかしたら、自分は両親より大事な人が出来てしまったかもしれない。
ロイはシータの肩を抱く手に力を強めた。