夢の翼番外編3





 祠の中は狭く、すぐに突き当たりに当たった。
 突き当りの部屋は高いドーム状の屋根があり、それは透明で月の光が部屋中に満たされていた。
 光に照らされた床には緑の芝生が敷かれていて、まるで芝生自体が光を発しているようだった。
 幻想的な風景に2人は言葉を失い、立ち尽くした。
「誰かな?私の領地に踏み込んだのは?」
 それは静かな怒りを湛えた誰何だった。
 ロイは声の方に振り向くと新緑の眩しい木の葉色の目と視線がぶつかった。
「…」
 乱雑に肩の上で切られた大地の色をした髪、スラリとした真っ直ぐに伸びる大樹を思わせる背、ロイは一目で彼が人間ではないことを見抜いた。
「…神様…」
 ポツリと呟きがもれる。そう、彼こそが村人たちが信じた森の神様なのだろう。
「神様だなんて、照れるね。守護神、と呼んでくれる?」
 茫然と見つめられ、守護神は楽しそうに微笑んだ。
 ロイは笑われ、平然を取り戻そうとした。しかし、この美しい守護神の前で心穏やかにすることなどロイには出来そうにない。
「…どうしたの?ロイ」
 ロイの動揺にシータが怪訝な表情を浮かべる。
「どうしたのって…仕方ないだろう。守護神に会っているんだから」
 何が仕方ないのか。ロイは思わず言い訳をしてしまう。
「守護神…?何よそれ」
 しかしシータは更に眉間にしわを寄せる。
「何って…」
 ロイはチラリと守護神に視線を走らせる。彼が守護神でないとしたら誰が守護神だと言うのだ。
「駄目だよ。彼女には私が見えていない」
 守護神は哀しそうにシータを見つめる。
「見えてない!?」
「そう、私の姿を見える人は稀なのだよ。君には見えているみたいだね」
 守護神は本当に嬉しそうにロイに笑顔を向ける。木の葉色の目が細められ、ロイは妙にドキドキしてしまう。
「ロイ、顔赤いわよ」
「…」
 シータに指摘され、ロイはわざとらしく咳をする。
「えーとだ、シータ。実はシータには見えていないんだけど、俺たちの前に森の守護神が立っているんだ」
 なるべく冷静にシータに真実だけを伝えた。疑われたり、下手にパニックされるのを恐れたロイだったが、
「へー、神様って本当にいたんだ」
 シータの反応はいたって呑気なものだった。
「へーってな…」
 思わず肩透かしをくらってしまったロイだが、シータの何も考えていないのほほんとした顔を見ていると、難しく考えていた自分がバカバカしくなってきた。
「そういうことなんだよ」
 投げやりに言い捨てるとシータは頷き、
「神様はどの方向にいるの?」
 真面目な顔をして聞いてきた。
 見えない迫力に押されロイが教えると、シータは教えた向きに直り、真っ直ぐと前を見つめる。
 そこには何も見えていないはずなのだが、まるで守護神を見ているようにロイは見えた。
「神様、私たちは戦争で敵国の兵士に襲われ、村から逃げてここまでやってきました。森に逃げたのは、神様がきっと私たちを助けてくれると思ったからです。だから、神様どうか私たちを助けてください!」
 シータの張り詰めた真剣な表情をロイは初めて見た。シータは顔に出さずとも、この状況を打破しないと自分たちに訪れるのは死しかないという危機感を募らせていたのだ。
「…ずいぶん勝手な願いだね」
 しかし守護神にはシータの願いを叶える気はなさそうだった。反対に煩わしそうにしている。
「悪いけど、私は自分を見ることの出来る者の願いしか聞かないことにしているんだ」
 守護神は無慈悲にも言い捨てると身を翻す。
「待ってくれ!」
 ロイは慌てて守護神を引きとめる。
「何?この子の変わりに君が願うと言うの?」
「ああ、俺の願いなんかで叶えてくれるのなら、幾らでも願うよ」
 ロイの切羽詰った物言いに守護神は薄く笑みを浮かべる。
 守護神の力なくして村人たちが助かる可能性はなかった。逃げてもどこまでも追ってくる兵士。無事追ってから逃れることが出来たとしても、戦争が終わらない限り戦はどこにでもあり、巻き込まれていくのだ。
「代償はあるよ」
 守護神の瞳はまるで糸にかかった獲物を見る蜘蛛のようだった。
「代償…?」
 守護神から瞳をすらすことができない。指先ひとつさえ動かない。
「君がここに残ること」
 囁くように言った守護神の言葉にロイは言葉を返せなかった。頭によぎったのは、明日帰るはずだった故郷のこと、両親のこと。そして今日偶然に出会った村人のこと…
「どうしたのよ、ロイ!」
 シータのことだった。
「さあ、どうする?」
 甘い毒を持つその笑みに魅入られたようにロイは動けなかった。ただ、体を揺さぶるシータの声がどこか遠くから聞こえてくるのだった…



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