夢の翼番外編2





 ロイの活躍もあって、ほぼ全員の村人を助け出すことが出来た。
 始めはロイの腕を甘く見ていた村の人も、一振りロイが剣を閃かすと目を丸くした。ロイの剣は大人数を相手でも戦い合える実践で鍛えた頼もしいものだった。
 ロイを頼り、感謝する村の人に鼻を高くしたのはロイよりもシータだったが。
 あんなに店から去るのを嫌がっていたシータも1度決意を固めてから、出会った時の明るさを取り戻していた。
 シータに笑顔が戻り、ロイは一安心した。
「一体どこに逃げようとしてるんだ?」
 村を出て村人は村の裏にある大きな森へと入った。敵は村人を追っている。どうやら、このまま逃がしてくれる気はないようだ。
「この森には森を守る神様がいると言われているの。だから、きっとその神様が私たちを守って下さるわ」
 シータが、そして村人がみんなして自信たっぷりに言うのにロイは空いた口がふさがらなかった。
「…それ本気?」
「もちろん!」
 シータの当然とばかりの笑顔を見て、ロイは一気に疲れた。
 まさか、そんな理由でこの森に入ったとは、しかも全員が森の神様を信じているなんて…
 村の人の表情は辛そうだけれど、悲観的ではない。それは森の神様に希望を託しているからだろう。そんな村人にロイは神様の存在を否定することなんて出来そうになかった。
「だけど…」
 このまま森を進んでも危険のような気がする。
 詳しく聞けば、この森は神の領域で村人はおろか、旅の人も決して足を踏み入れないのだと言う。踏み入れた者には天罰が下り、この森から出られなくなるそうなのだ。
 簡単に言えば、森に入ると死ぬということだ。
 ロイは神様の天罰があると思ってはいないし、それならばどうして森に入った者が死ぬのか…
「…やばいなあ…」
 森の中に獰猛なものが潜んでいるからだろう。
「なにブツブツ言ってるのよ。大丈夫よ、大丈夫!」
 明るいシータの笑顔もロイの心を明るくできない。反対に不安に落とし入れるだけだ。
「俺が対処できるといいが…」
 森が危険だからといって引き返せるわけでもない。もう、前に進んで行くしかないのだ。ロイは腹をくくって、とにかく無事森を通り抜けることだけを考えた。

 ロイと村人たちは背後にいる敵を恐れて、ただ森の奥へと急いだ。
 今夜は満月のはずなのに、高い木々が光を遮り、進む道は深い闇に包まれている。
 行く手を阻むように膝まで無造作に伸びている草が足に絡みついてくる。
 歩き初めてかなりの時間が経ち、疲労も濃くなっているのだが村人たちの表情は明るい。
 森の神様を信じているからだ。ロイは村人たちの異常なまでの信仰心を理解できない。
 だが、村人たちの間に暗い雰囲気が流れないのが救いだった。森の神様の助けがなくても、このまま森を抜ければ追ってから逃げられるかもしれないという望みがある。その時までは森の神様を信じて歩くのもいいかもしれない。
 しかし、そんな中、始めの内は村人を明るい声で励ましていたシータが、進む内に言葉少なくなりついに黙り込んでしまった。
「大丈夫か?」
 顔を下げたまま元気のないシータにロイは心配して声をかけた。
「うん、大丈夫よ」
 微笑む表情に覇気がない。心なしか足取りまで重くなっているように感じる。
「無理するなよ」
 ロイが優しく労わるとシータは泣き笑いの表情になる。
「本当に大丈夫…具合が悪いとかではないの。ただ…ただ村を離れるのが悲しいだけ…」
 一瞬、ロイはシータが泣き出すのではないかと思った。だが、シータは上手いとは言えない作り笑いを必死で浮かべている。
 ロイはシータに元気が戻ったとすっかり安心していた自分が恥ずかしかった。
 あんなに辛い別れをしたのだ。まだ割り切れるわけがないではないか。
「無理に笑うなよ」
 悲しみを隠そうとするシータにロイの胸がチクリと痛む。
 もし、自分が故郷に間に合わなかったら、両親が死んでしまっていたらと思うとシータの悲しみがまるで自分のことのように感じてしまう。
「俺だって、故郷を失ってしまえば悲しいさ。別に強がる必要はないんだ」
 追っ手から逃げている今、安易に悲しみに浸るのは危険なことかもしれない。悲しみにくれる暇がないというのも事実だ。
 でも、それでも悲しみはとめられないものだと思う。それが自分の生まれ育った故郷のことなら尚更のこと。
「…ありがとう、ロイ」
 ロイの想いが伝わりシータの心から少しだけ悲しみが和らいだ。
「…私ね、捨て子だったの」
「えっ!」
 いきなりのシータの告白にロイは驚きの声を出す。
「驚いた?旅人がね、私を村の前に捨てて行ったんだって」
 ロイはどんな表情をすればいいのかわからなかった。戸惑い、困惑、そして疑問。どうしてシータは自分に出生の秘密を明かそうと思ったのだろうか。
「…ごめんね、こんな話迷惑だよね」
 ロイの困ったような表情を見てシータは取り繕うように微笑んだ。
「そんなことない!」
 シータの作り笑顔にロイは慌てて頭を横に振る。
「そう?」
「ああ。ただ、どうして俺に話すのか不思議に思っただけだよ」
 首を傾げるシータに、ロイは疑問を素直にぶつけた。
「理由?そうね…ロイがうらやましかったからかな」
「うらやましい?」
 予想外の答えに目を丸くするロイにシータはクスリと微笑む。
「うん。ロイには帰るところがあって、そこにはロイを待ってくれる両親がいて…そして何よりロイが故郷に帰ることを望んでる…そんな強い家族の絆がうらましかったの」
「絆…?」
「そう、絆!私には育ててくれたお母さんがいたけど、一年ぐらい前に亡くなってしまったし…」
 言葉を途切れさせ、シータは瞼を伏せる。飲み込んでしまった言葉にロイはシータの深い悲しみを感じた。
「それから、ずっと1人だったのか?」
「まあね、でもお母さんの残してくれた酒場にたくさんのお客さんが来てくれたから、淋しくなかったよ」
 ロイにはそれが嘘だとすぐにわかった。
 淋しくないわけがない。たった1人の育ての親が死んでしまって。ただでさえ、捨て子ということで孤独を感じてしまうのに、本当に1人になった時の孤独感は計り知れない。
 それでもシータは1人で生きてきたのだ。母が残してくれた酒場だけを2人の絆として…
 しかし、その絆も戦争によって引きちぎられてしまった。
 ロイはシータが自分の命を顧みずに店に残ろうとした理由を初めて理解した。
 シータにとって、あの店は家族の絆、そして唯一の自分の居場所だったのだ。
「…これは何だ?」
 先頭を歩く村人が足を止める。何かを発見したようだ。
 1番後ろを歩いていたロイには村人が何を発見したか見えない。
「何かしら?」
 隣りを歩いていたシータが立ち止まり、首を傾げる。不安がっている様子がないのは大物の証なのだろうか。
 シータは村人たちをかき分けて前へ進んで行く。ロイは後ろを気にして残った。下手に前に行って追っ手に追いつかれたら、ひとたまりもない。
「祠があるみたいなの。ロイ、入ってみてくれない?」
 しばらくしてシータが最前列から戻ってきた。
「祠…?」
 こんな森の奥に祠があるなんて、神様でも祭っているのだろうか。
「俺が入っていいのか?」
 しばらく考えロイはシータに聞いた。もし、神様が祭ってあるとしたら、余所者のロイが足を踏み入れることを村人たちが許してくれるのだろうか。
「大丈夫。私たちは気にしないから。それに、もしかしたら危険かもしれないし…」
 シータはロイに上目遣いを向ける。危険だと考え、ロイに偵察してもらうなんてすまなかった。
「いいさ、俺はなれているし」
 強がりで言った台詞ではない。ロイは冒険の中、危険な洞窟に果敢に向かっていったし、祠に入る役目は自分しかいないと割り切っていた。
「村の人たちは追っ手に襲われないように安全にしていてくれよ」
 ただ、村の人たちをこの場に残していくのは不安だった。だけど祠に一緒にはいるわけにはいかない。祠の中の方が危険かもしれないのだ。
「ありがとう、ロイ」
 シータが両手を合わせ、微笑む。彼女の可愛い仕草にロイは笑みを返す。
 先へ進むと木々に囲まれ、隠れるようにしてひっそりと祠があった。
「それじゃあ、出来るだけ早く戻ってくるから」
 シータと村人に言い、ロイは祠に足を踏み出す。
「…?」
 その後をピッタリとシータが着いてくる。
「何で止まるの?」
「…着いて来る気?」
 嫌な予感がして振り返り、恐る恐る聞くと、
「もちろん!」
 やはり嫌な予感は当たってロイはガクリと肩を落とした。
「だって、ここは森の神様がいるのかもしれないのよ。そこにロイ1人で行かせるわけにはいかないもの」
 当然とばかり胸を張るシータだが、ロイはそれを許すわけにはいかない。
「だったら、もっと戦える奴を一緒に行かせればいいだろう?何でシータが一緒に来るんだよ」
「あら?私だって戦えるわ」
 シータは腰に吊るしてある剣をスラリと鞘から抜き出す。それは、村人から無理矢理奪い取った物だった。もちろん、シータに剣を扱えるわけはない。
「あのなあ…」
「さあ、時間がないわよ。急ぎましょう」
 ロイの言葉に聞く耳を持たず、シータは祠に入る。ロイは仕方なくシータの後に続いた。



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