夢の翼6
一本道の通路を抜けると、ぽっかりと空いた空洞にでた。
空洞の真ん中でジューダ達を待ち構えている影が1つ。
「リアナ!」
リアナが試練の洞窟にいることに驚いたが、2人は彼女の手の中にある細身の剣を見て足を止めた。リアナ愛用の剣だ。
「ここは試練の洞窟の試練の場、ここでお兄様たちは試練と戦います。その試練は…」
キュッとリアナは唇を結ぶ。手にした剣が小刻みに震えている。しかし、彼女は瞳をジューダから逸らさない。そこには強い光がある。
「…それは…私を倒すことです!」
リアナの剣がジューダを指す。震えはピタリと止まっている。
「リアナ!」
ジューダが叫ぶ。リアナを倒すなんてこと心優しいジューダにできるわけがない。
「お兄様に出来ないことは、わかっています。ですが、これは試練です。私は自分の夢のために一歩も引きません!」
リアナはすでに決意している。できていないのはジューダだけだ。
ジューダはリアナの視線を受け止めきれず、隣にいるクレイに目を向ける。
「…クレイ?」
クレイは笑っていた。唇から笑いがもれる。ジューダにはクレイが何故笑っているのかわからない。
「ジューダ、どうする?リアナはとっくに覚悟を決めてるぞ」
クレイはニヤリと笑う。からかわれているようでジューダはクレイを睨んだ。
「リアナを傷つけることなんて、何があっても出来ない!リアナをとめてくるよ」
踵を返し、リアナの元へ向かうジューダの腕をクレイは掴む。
「離せよっ!」
腕を振り払ったジューダはクレイの表情から笑みが消えていることに気づく。その目は静かにジューダに何かを問いかけているようだった。
「…クレイ?」
足を止めジューダは首を傾げる。
「お前の夢は何なんだ?ジューダ」
不意の質問にジューダは目を見張る。
「村の外に出ること、それがどんなことなのか、お前には本当にわかっているのか?」
ジューダの返事を待たずにクレイは続ける。
「子供のモンスターや親しい人物と戦わなければならないことなんて当たり前の世界だ。それにお前は耐えられるのか?」
クレイはジューダの瞳を見る。ジューダは戸惑っている、迷っている。ならば、旅になど出ないほうがいいのだ。
「クレイ、僕は…」
ジューダには何も言えない。優しさが時に邪魔になることを彼は知らなかった。いたずらに戦うことなど彼にできるはずもない。
ジューダの心を読み取ったのか、クレイはジューダから瞳を逸らす。失望や諦めをこめた溜息がジューダには痛かった。
「俺は先に行くぞ。もし、旅にでたいと言うのならリアナを倒してこい」
クレイはジューダに背を向け歩き始める。一歩ずつ遠くなっていく背中はやけに大きく見えた。
クレイもリアナも自分が超えていない壁の向こうにいる。自分もその先に行きたい…しかし、それと引き換えにリアナと戦わないのであるのならば…
「…僕はどうすれば…」
がっくりとジューダはうなだれる。どうすればいいのかジューダにはもうわからなかった。
「前を向いてください!お兄様!」
ジューダに力強い声がかけられる。リアナが変わらぬ場所で立っている。ジューダが向かってくるのを待っているのだ。
「お兄様がどんなに強く夢を描いていたのは私がよく知っています。それが子供の見る都合の良い夢だったとしても、お兄様には辛い現実に立ち向かう強さがあると私は信じていたから、私はお兄様の夢を応援していたのです…」
祖父には頭ごなしに反対された。村の人も始めは許してくれなった。リアナが村の長として認められて、やっと自分の夢をわかってもらえた。そして、隣りにはいつもクレイがいた。同じ夢を見ていた同士が…
だが、それは本当に同じ夢だったのか。クレイの方がずっとずっと現実を見ていた。自分は夢に何を期待していたのだろう…
「そして、お兄様は私の夢に協力してくれました。私がみんなから村の長として認めてもらえたのは、何よりお兄様が助けてくれたからです。だから…だから、私は絶対に村の長になります!」
リアナの強い想いがジューダの体にぶつかってくる。それは一種の戦いかもしれない。どちらの想いの強さが勝るというのかを競う。
「お兄様はどうして、旅に出たいと思ったのですか?どうして今悩んでいるのですか?夢を諦めることなんて出来ないくせに!」
リアナの声はジューダの心の真ん中まで真っ直ぐに貫いた。
旅に出たいと思った理由なんてない。きっかけもない。ただ、森に囲まれた狭い空を見ていたら、もっと広いどこまでも続く空を見てみたいと思っただけだ。
そこには戦いなどない、ただ自由な世界。どこまでも終わりのない旅があっただけだった。
好きなように生きる。色んな人と出会い、別れ、その繰り返し。喜びも悲しみもある、傷つくこともある。その全てが夢だ。
このまま夢を諦めたくない。また狭い空を見上げ生きるのは嫌だ。
「…僕は…旅に出たい。旅に出たいんだ…」
こみ上げて来る衝動をジューダはおさえられない。何故と問われれば答えられない夢でも、覚悟のない夢でも、それでもジューダの夢は心の中に鮮やかに咲き誇っているのだ。
「…お兄様…」
ジューダの瞳に輝きが戻ってきたことがリアナは嬉しかった。しかし、それは戦いの幕開けでもあるのだ。
「お兄様、剣を抜いてください。そして私と戦って下さい!」
凛とした声にジューダは剣を鞘から引き抜く。
「お兄様は自分の夢のために、私は私の夢のために…手加減はしないで下さいね」
リアナは微笑んで見せたが、恐怖で顔が引きつっているのがわかった。怖くないわけがない、戦いにおいてはジューダに叶うわけがないのだ。
ジューダはリアナに微笑み返すと、手の剣を…
地面に捨てた。
音を立てて転がる剣をリアナは目で追う。
「…どうして?」
「僕にはリアナを傷つけることはできない…だから剣はいらない…」
「それで勝つつもりですか?」
「勝つよ、2人とも無傷でね」
それがジューダの答えだった。誰も傷つけない。それが自分の決めた勝負の決着だ。
リアナは微笑んだ。さっきとは違う。兄を信じた笑みだ。
ジューダが地を蹴る。弾丸のようにリアナに向かってくるのをリアナの目は捉えることは出来なかった。でもリアナの心は安らいでいた。兄は自分を傷つけない。勝負は一瞬で終わる。
リアナの細身の剣が2人の間に落ちる。ジューダの手刀がリアナの手首に決まり、リアナから戦う術をなくしたのだ。
「リアナ、大丈夫?」
赤くなったリアナの手首をジューダが優しくさする。少し力を込めすぎてしまったのかもしれない。
「大丈夫です。お兄様、ありがとう」
そう言うが、リアナの目にはちょっぴり涙がにじんでいる。
「お兄様、私がここに来た理由なのですが」
そして困ったように自分がここにいる理由を話し始めた。
ジューダとクレイが試練の洞窟に挑んだ後、守護神に会いに行ったこと、そしてそこで守護神に聞いた試練の洞窟の正体のことを。
「実は、この試練の洞窟は村の外に出る者の試練の場以外に長の後継者を選ぶ役割もあるみたいなの」
意外な真実にジューダは眉をひそめる。
これも祖父の企みなのだろうとジューダはすぐに気づいた。どこまでも汚いじじいだ。
「だから、私、ここに来たの。だってお兄様が村の長に選ばれたらと思うといても立ってもいられなくて…」
ジューダはどうしてリアナがこんな危険をおかしてまで、試練の洞窟に来たことと自分に戦いを挑んだことを理解した。
「でも、戦ってみてわかったの。お兄様は村の長に選ばれはしないって。だってお兄様には空を飛ぶ翼があるんですもの」
「翼?」
「そう、私に向かってくる時、お兄様の背中に翼が見えたの。鳥のように羽を広げて、空高く飛んでいける翼が…」
どこか夢を見るようにリアナは話す。ジューダは子供の頃守護神にお前には翼があると言われたことを思い出した。
「翼、か…」
もし、自分に翼があるのならば村の外まで飛べるのだろうか。どんなに辛い出来事に出会っても羽ばたく翼があるのならば怖くはない。
「行ってくるよ、リアナ」
でも、今は地に足を付けて歩いていたい。まだ超えなければならない壁は多くある。その答えは自分の足で乗り越えて行きたいから…