夢の翼7
空洞を抜けると、またしばらく一本道が続いた。
そこを一気に走り抜けると太陽の光が見える。
どうやら、外へとたどり着いたらしい。
「ここが終着点なのか?」
洞窟を出ると木々に囲まれる中、台を中心に空間が開いていた。その台の上に光の玉がフワフワと浮いている。
「来たか…」
光の傍らでクレイがジューダを向かえる。どうやら、待っていてくれたみたいだ。
「覚悟はついたか?」
クレイの試すような鋭い視線をジューダは真っ向から受け止める。
「ああ、行こう!クレイ」
ジューダは物怖じせずに光に近づく。神々しさを感じる光にジューダはこれが試練の結果を出すものなのだと感じていた。
しかし、それをクレイが遮る。訝しむジューダにクレイは剣を構える。
「お前のその決意見せてもらおうか!」
「クレイ!」
クレイの突きをジューダは身をひねり避ける。すかさず、体勢を整え向かってくるクレイにジューダは慌てて間をあける。
「どうして僕達が戦わなければならないんだ!戦う理由なんてないはずだろう!」
「剣を構えろ、ジューダ!俺はお前の決意を、夢への強い想いを知りたいんだ!」
クレイはジューダに戦う気がないのに構わず、攻め続ける。その手に手加減はない。ジューダは避けるのに精一杯だ。
クレイの剣がジューダの右足をとらえる。たまらずジューダは倒れ込んだ。
「これで終わりか?ジューダ」
顔面に切っ先を向けられ、ジューダはうなった。クレイの目には迷いなど一切ない。
「もし旅に出るのをやめると言えば剣を収めてやるぞ」
剣が浅くジューダの鼻を傷つける。陽光にきらめく剣を目の前にしながらもジューダに怯えはない。
「嫌だ!僕は決して自分の夢を諦めたりはしない」
キッパリとジューダは断る。
「なら、俺に向かってこい!」
「嫌だ!」
「ジューダ!」
クレイの叫びにもジューダは曲げない。ジューダはリアナとの戦いで、1つだけ見つけた答えがあった。
「俺はクレイと戦わない。戦いは嫌だ。戦いなんてしたくない。だから、たとえ試されたとしても納得のいかない戦いはしないと心に決めたんだ!」
ジューダの目に灯る決意にクレイの腕が弱まる。
「もし、僕が戦う時は、それは誰かを守る時だ!」
ジューダは腰の剣を素早く引き抜くとクレイの剣を払う。咄嗟のことに反応できず、クレイの剣は手を離れ空高く舞う。
そのクレイの横を通り過ぎ、ジューダはクレイに襲い掛かる影をなぎ払った。
一瞬の出来事だった。クレイにはジューダが何をしたのか理解できなかった。
「…これは」
背後には血にまみれた1つの塊が転がっている。それはジューダが洞窟で逃がしてやったモンスターの子供だった。
2人を倒そうと物陰から身を潜めていたのだ。
「…やっぱり、僕は甘いのかな」
辛そうにジューダは笑った。血に濡れた剣がジューダがこのモンスターを仕留めたことを教えてくれた。
クレイには信じられなかった。あんなにも逃がそうとしていたモンスターをあっさりとジューダが切り捨ててしまったことを。
「…どうして…?」
問おうとしてクレイは、ジューダは自分を助けるためにモンスターを殺したのだと気づいた。
優しいジューダが自分のために迷いもせずに仕留めたことにクレイはジューダの思いの深さを知った。ただ、優しいだけではない。振るうべき剣の扱いをジューダは選んでいたのだと。
「僕は冒険者失格かな?」
ジューダに問われたその質問にクレイは頭を振った。
「俺より素質があるさ。俺の考えていた冒険者は冒険者じゃない。ただの殺戮者だった…」
クレイは自分の考えを恥じた。クレイは戦いにしか冒険者の意味を見出せなかった。斬って斬られて、戦いに身を置くことだけを冒険者のなすべきことにしてしまっていた。だが、ジューダは…
「僕は優しさを忘れたくはない。たとえ、敵だとしても戦いたくはない。もし、このモンスターがもう一度逃げたら、襲い掛かるとわかっていても僕は逃がしたと思う…」
それは弱さかもしれない。だけど、きっと強さにもなる。正しいのか正しくないのかもわからない。ただ、自分の思いに正直に生きていこうとジューダは決めた。
「お前はそれでいい。もし駄目になりそうな時は、俺がフォローしてやるよ」
モンスターの死骸を見つめ、今にも泣きそうなジューダの頭をクレイはクシャクシャとなでる。
ジューダは鼻をすすりながら頷くと、光に目を映す。
クレイと2人、光の前に並ぶと2人は目配せをして同時に光に触れた。
すると光は膨れ上がり、弾けるように2人を包み込んだ。
頬を風が駆け抜ける。
広大な草原の向こうには空と海が交わっている。
ジューダは海に向かって走っていた。追い風が草とジューダを優しくすり抜けて行く。
むせ返るような緑の匂いに潮の匂いが混じっていて海がもう近いことを告げていた。
走る、走る。
ジューダはただひたすら海に向かって走る。
走るのに理由なんてない。ただ楽しいから、海を見てみたいから、そしてその先にあるまだ知らぬ大陸に立ってみたいから。
草原が終わり、海に出る。ジューダは止まらずに駆け抜けた。
海さえもジューダをとめることは出来ない。
彼には翼があるから。
ジューダは翼をはためかせ、空を飛んだ。
風にのってジューダは自由に駆ける鳥になる。
どこへだって行ける地平線まで星の裏側にだって。行けないところなどない。
だって彼には夢という大きな翼があるから…
その夜、村では宴が行われた。ジューダとクレイの旅立ちの祝宴とリアナが正式な長後継者としてお披露目されたのだ。
その喧騒は守護神の祠にも聞こえてくるほどだった。
「全くめでたいことだね」
片手に持っている酒を飲み干し守護神は微笑む。
「…そうだな」
珍しく祖父に元気がない。一気に老け込んだかのように思える様子に守護神は酒を勧めた。
「あの子がお前と同じ道を歩むとは限らないよ。今はあのこの無事だけを祈ってればいいさ」
守護神の慰めに祖父は酒を飲むことで答えた。飲まなければ悪い予感に捕らわれ、ジューダの旅を力づくで引き止めてしまいそうだった。
「あの子は帰ってくるかな?」
「帰ってくるさ」
2人は酒を飲み交わし、空を仰いだ。月が輝いていた。
森の出口で、ジューダとクレイは誰にも気づかぬうちにひっそりと旅に出ようとしていた。
見送るのは唯一人、リアナだけだ。
「行ってらっしゃい、お兄様、クレイ」
別れを前に気丈に微笑んではいるが、瞳は大きく揺らいでいた。別れが不安であり、悲しくもあるのだろう。
「行ってくるよ、リアナ」
そんなリアナに気づきながらジューダは気づかないふりをした。不安や悲しみは自分にもある、だがそれに構っている時ではないのだ。
「村を頼むぜ、長」
クレイがからかうように言うと、リアナはクスリと笑う。
「2人が帰ってくる頃には立派な長になっているわ」
それは約束ではなくて、確証だった。リアナには長という大きな役割をこなす力がある、なにより自信がある。
そんなリアナを頼もしそうに2人は見る。今度帰ってきたときは、今と違った村の風景を見られるだろう。
微笑みを交わしあい、ジューダとクレイはリアナと守ってくれた森と育った村に背を向けた。
リアナは引き止めそうになり、口をつぐんだ。
不安で胸が引き裂かれそうだった。これが今生の別れになるかもしれない。
その時、2人の背中に光が灯った。2人が試練に打ち勝った時に広がった翼が見える。
それをみるとリアナの気持ちは不思議と安らいだ。
そう、大丈夫。2人はきっと再び帰ってくるだろう。
彼らの背中には翼があるから。
どんな風にも負けない翼。
夢の翼が…
(終)
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