夢の翼5





 洞窟を疾走する影が2つ。
 クレイは通路の曲がり角に身を隠し、前方に敵がいないのを注意深く確認する。
「…大丈夫だ」
 緊張を解き、クレイは息を吐く。それを見てジューダは壁にもたれかかる。
 洞窟に足を踏み入れた矢先に敵と出会い、それから今まですっと休むことなく戦い通しだった。
 何とか敵を巻くことが出来、2人はとりあえず一息つくことにした。
「…敵の数が多すぎだぜ…」
 荒い息を吐きながら、クレイは愚痴をこぼす。これは絶対に祖父の陰謀だと思いながら。
「…」
 ジューダは肩で息をしながら、言葉を発せずにいる。敵との戦いの疲労のためだ。
 それでも2人は剣を鞘に収めずに、いつ襲撃にあっても対処できるようにしっかりと握り締めている。
「…でも、さすがクレイだよ。あの敵の数でも引けを取らない」
 息を整えながらジューダが笑みを浮かべる。
「やっぱりクレイは僕の目標だよ。一番のライバルだ…」
 独り言のようにジューダは呟き、蝋燭の明かりが淡く映し出す前方を見つめる。
 蝋燭の光が吸い込まれるように中央に絞られている通路の先は闇。しかしジューダにはその闇までも見通すことができているのではないかとクレイは思った。
 真っ直ぐな瞳。ただ前を、夢だけを追っている。
「俺がライバルか…」
 クレイは口を歪ませる。
 ジューダは何をさしてクレイをライバルにしているのだろう。力の強さか、剣の技術か、確かに戦う術や生き残る術に関してはクレイの方が上回っている。
 しかし、そんなことにライバル視する意味などない。ジューダには、そういう力とは違う力がある。その力をうまく言葉にすることは出来ないが、単純に言えば『夢』を見る力なのかもしれない。
 クレイには『夢』がない。『夢』とは汚れなき瞳で純粋な心で世界を見つめる力。ただ知りたい。ただ出会いたい。ありのままの姿をただ心に映したいだけ…
 旅立ち汚い現実を知ってしまえば、そんな力すぐに消えてしまうかもしれない。
 クレイにはそれが怖かった。ジューダの真っ白に光り輝く心が黒く染まってしまうことが。白ければ白いほど黒に染まりやすい。
「村の外には何があるんだろう?海や山、おおきな都市、それに僕らが住んでいるような森もたくさんあるんだろうね」
 ジューダは夢見る口調でうっとりと話す。
「…絶対に一緒に行こうね、クレイ。いろんなものを見て、いろんなものを知ろう!」
 疲れを吹き飛ばすようにジューダは気合をいれる。
 クレイはジューダの言葉に頷くことができなかった。そしてジューダもクレイが自分と旅をするのを快く思ってないことに気づいていた。
「さあ、行こう!」
 ジューダは壁に寄りかからせた背を伸ばした。
 今はただ、目の前の試練を乗り越えることだけに集中すればいい。
 全てはそれから先のことだ。

 試練の洞窟の構造は簡単なもので、ほとんど一本道だ。しかし、その分敵と遭遇する可能性が高い。前に進むしかないので回避することもできない。
 2人は、また戦闘の中にいる。今闘っているのは、猿によく似たモンスターだ。背の高さはジューダとほぼ同じ、クレイより少し低いくらいで、垂れ下がった腕が地に着いている。目は爛々と輝き、赤く染まっていた。
 クレイの剣がきらめき、モンスターの首を吹き飛ばす。あまり強くない、数で攻め込むモンスターだ。
 2人の周りには、すでに倒した敵の骸が散らばっている。残すは一匹、勝負がつくのも時間の問題だろう。
 最後の一匹が長い腕を大きく広げる。通路がふさがれるほどの長さだ。
 ジューダはモンスターの赤い瞳に異常な決意が感じられ、訝しく思った。
「クレイ、様子がおかしい」
 そっとクレイに耳打ちするが、クレイはジューダの言葉を無視した。
 モンスターにどんな思惑があっても立ちはだかるのならば倒すだけだ。
 モンスターは大きく息を吸い込むと、腕を水平に振るった。迫りくる腕の向こう、モンスターの体の影に隠れているものを発見してジューダは目を開いた。
「駄目だ、クレイ!」
 しかしクレイはモンスターの攻撃に身を沈ませ、軽々とよけると、一気にモンスターの懐にもぐりこむ。
「クレイ!」
 ジューダの制止を聞かずに、クレイは剣を翻す。
 血飛沫が舞う。モンスターはゆっくりと横に倒れ込んだ。すでに息はない。一瞬のことだった。
「…ああ、やっぱり…」
 モンスターが倒れ込み、姿を現したのは、同じ猿のモンスターの子供だった。
「このモンスターは子供を救うために戦っていたんだ…」
 ジューダは苦渋に満ちた表情で唇を噛む。
「だから、どうした?」
 クレイは剣を頭上に振り上げる。その目はモンスターの子供を狙っていた。
「クレイ!」
 クレイを見て、ジューダは顔を強張らす。
「何だよ、ジューダ。敵は倒す、当然のことだろう?」
 敵に情けをかけるジューダにクレイは冷ややかな目を向ける。
「…でも、子供だよ」
 モンスターの子供は、ただガタガタと身を震わせていた。逃げることもできないほど恐怖に固まっているのだろう。
「だから?モンスターには違いないさ」
「でも!戦うことはできないよ。だって、この子は僕たちを襲ってこないんだ…逃がしてあげようよ…」
「逃がすだと!」
 クレイの激昂にジューダは身をすくめた。それに驚いた子供のモンスターが慌てて逃げ出す。
 クレイはチラリと横目で見たが、追うことはなかった。ジューダは安心したが、
「逃げたぞ…これで満足か」
 クレイの瞳を見て背筋を凍らせた。クレイの瞳は今まで見たことがないほどの怒りを湛えていた。
「お前は戦いの意味がわかってるのか…今は子供でもいつかあのモンスターも大人になるんだ。その時、俺たち人間を襲ってくることがどうして予想できない?もし、あいつを襲った人間が力を持たない人間だったらどうするんだ?殺されるんだぞ!」
 クレイの言葉にジューダはショックを受けた。クレイはそこまで考えていたのだ。戦いは自分たちの間だけではない。その後のことにまで影響していくのだ。
 クレイは怒りに燃えた瞳でジューダを睨んでいたが、ふっとその目を逸らす。
「もういい、お前は村に帰れ…」
 言い捨て、クレイは先に進む。
「…待ってよ、クレイ!」
 ジューダはクレイの背中を追いかける。だが、かける言葉は見つからない。自分の考えが間違っていたのかもわからない。クレイのほうが正しいとしても、やはり自分にはあの子供を殺せなかった。
 クレイは追いかけてくるジューダに構わず歩く。ほとんど走っているのに近い速度だ。ジューダは黙ってその後を追った。
 自分の考えが甘いことをジューダは知った。戦いの世界は、外の世界は厳しく辛い現実を突きつけてくるのだ。自分にその現実を受け止める力や強さ、時には割り切る心があるのかジューダにはわからなかった…



『next』     『novel-top』