夢の翼3
太陽が真上に昇り、木々の緑を鮮やかに照らし出す頃、早朝から始まった祖父との会話がやっと終わった。
いつもと同じ平行線をたどる会話にジューダとリアナの疲労は濃い。祖父とわかりあえる日など本当にやってくるのだろうか。
「それで、どうなったんだ?」
ジューダの親友であるクレイは、2人の様子に気づきながらも聞くと、
「いつも通りよ」
想像どおりのリアナの返事にやっぱりという笑みをこぼした。
「俺の話はしてくれたのか?」
「あ、ごめん。忘れてた」
「またか…」
ジューダの返事にクレイは溜息をつく。
クレイはジューダに村の長にクレイが村の外に出る許可を取って欲しいと前々から頼んでいるのだが、ジューダはいつも忘れてしまうのだ。理由は、会話がその話に入る間もなく後継者問題に突入してしまうからだ。
この村はひどく閉鎖的で村から出たいと思う者など、ほとんどいない。たまに出たいと思う者がいても守護神の許しがなければ出られないとことになっているのだ。
「今度は言っておくよ」
ジューダの言葉にクレイは当てにならないと思いながらも頷く。全く自分が外に出られるのはいつになるのか。
「大丈夫。僕が村を出る時はクレイも一緒だよ」
にっこりと笑うジューダは、すっかりクレイと冒険を一緒にするものだとばかり考えている。
「…」
クレイの冷めた瞳にジューダは気づかない。クレイはジューダと共に旅をする気はない。
ジューダは確かに剣の腕は立つ。この村では外の襲撃に備えて戦う術をしっかりと鍛えてくれる。強さに関しては言えばジューダは頼もしい相棒になってくれるだろう。
しかしクレイにはジューダの夢というのが子供の憧れに過ぎないと思う。
外の世界はそんな甘いものではない。時には冷酷にならなければならないこともある。優しさや思いやりが通じないことがあるのだ。
しかしジューダは優しすぎる。そんな彼に世界の汚いところを見せたくはない。この守られた村で今の彼のままでいて欲しいのだ。
何よりもクレイにはジューダを信じられなかった。ジューダに背中や命を預けることはできない。それほどの決意があると思えないから。
夢を追う代償が自分や誰かの命になるかもしれないことを彼は知っているのだろうか。外には常に死の危険が溢れているのだから。
最近、故郷のことばかりを思い出す。
レンガの家、大きな暖炉、優しい父と母。それらは皆、暖かく心に染み渡ると同時に、今すぐ帰りたいという郷愁に変わる。
「お前も年を取ったね」
そんな祖父の想いに気づいたのか守護神は優しく祖父を見つめる。
ここは守護神の祠で、祖父はジューダとリアナのやり取りの後、守護神に会いに来ていた。
「ジューダが16になります。私はすっかり、じじいですな」
「じじいか…ぴったりだね」
祖父の言い方に守護神は笑みを浮かべる。祖父はそんな守護神にすねたような素振りを見せるが、それもすぐに笑みに変わる。
「私も親になり、やっと自分の親の気持ちがわかるようになりました。若かった私はなんて親不孝だったのかと思いますよ」
父と母の笑顔を思い出しながら、祖父は自分もかつての父と母と同じ立場に立っていることを知った。
「旅に出る事を許すというの?」
そんな祖父のいつもと違う祖父の様子に守護神は問う。
「…まだ、決心がつかないのです。ジューダが旅に出て後悔するかもしれないと思うと…」
目を伏せる祖父は、青年の時と比べて、なんて小さくなったのだろう。あの雄雄しかった若者はもうどこにもいないのだ。
「後悔はあると思うよ。きっと涙することもあるだろう。だけど、それが何だというの?あの子の翼を飛び立たせないまま摘んでしまうほうが、よほど不幸だと思うよ」
守護神の言葉に祖父は押し黙る。その気持ちもわかる。だが、それ以上の想いに祖父は捕らわれていた。
「…無理だよ。もう私たちには、あの子が羽ばたくことをとめることは出来ない。後は見守るだけだ」
守護神は祖父の小さい肩を優しく抱いた。
祖父は涙を流していた。昔の自分、そして今旅立つジューダ。2人が同じ悲しみを負うことのないよう祈りながら。
「…しかし!まだ、ジューダには旅立つ前の試練をクリアしてはおらん!」
涙と鼻水を勢いよくぬぐいながら、祖父は意地悪くニンマリと笑う。
「そういえば、まだ試練の洞窟に行ってなかったっけ?」
守護神が首を傾げる。祖父が騒ぎまくるので、すっかり試練の洞窟のことを忘れていた。
試練の洞窟とは、村から出たいという者が向かう試練の場所である。洞窟の最奥部には、冒険者として認められる何かが眠っているといわれているが、それが何なのかは実際行ってみないとわからない。見事それを持ち帰った者だけが、村から出ることを許されるのだ。
「まだまだ諦めるのははやいですぞー!」
張り切り出す祖父に、守護神はやれやれと肩をすくめた。
じじいは、まだまだ元気のようだ。