夢の翼2





「ジューダももう16歳か…」
 時の重みを計るようにしみじみと祖父はつぶやく。
 祖父に呼び出されたジューダは嫌な予感がして身を硬くした。
「そろそろ私も引退の時かもしれんな」
 ジューダの嫌な予感は当たってしまった。こういう切り出しで始まる会話は決まって後継者問題のことだ。
「ジューダ…」
「その話はいつも断っているはずです」
 祖父の言いたいことを察してジューダはピシャリと跳ね除ける。
「僕が冒険に出ることは守護神様も認めて下さっています。村の長にはなれません!」
 ジューダの取り付く島もない様子に祖父の眉があがる。
「お前は何て非情な子なんだ!村が滅びてもいいというのか!」
 守護神を『見る』ことのできる者が村の長にならなければ、守護神の加護は失われてしまう。ジューダは守護神を『見る』ことのできる稀な存在なのだ。
「そうですね。僕も自分しか守護神様を『見る』ことができなかった時は夢をとるか村をとるかでずいぶんと悩みましたよ」
 ジューダは何度言ってもわかってくれない祖父に大きな溜息を漏らす。
「ですが!今は僕以外にも守護神様を『見る』ことのできる人物がいるでしょうが!」
「あいつに村の長が務まるか!お前でなくてはならんのじゃ!」
 ジューダの言葉に祖父は怒鳴り返す。こうなっては、聞き分けのないただのくそじじいだ。
「おじい様…」
 ジューダは祖父への怒りを必死に抑える。握り締めた手がプルプルと震えている。こんなじじいでも体の弱い老人なんだ、手だけは出してはいけない。
「私は村の長だぞ!私の意見は絶対だ。たとえお前が冒険に出たがっていようが、それを守護神が認めていようが、私の許可がなければ一生村をでることなぞできないんだよ〜ん」
 祖父が意地悪そうに舌を出す。それでもジューダは耐えた。このくそじじいの息の根をとめる力を持っていても、それは立派な犯罪なのだ。犯罪人として逃げるような村の出方はしたくない。
「…おじい様。考え直してください。リアナは村の長にふさわしい人間ですよ」
 それでもジューダは辛抱強く笑顔を浮かべ、祖父に聞かせた。祖父はそれにあっかんベーをして、それに懲りずおしりぺんぺんまでしてみせたのだ。
 これには温厚なジューダもぶち切れた。ジューダはその憎らしいおしりを叩こうと手を振り上げたが、
「駄目よ!お兄様!」
 その時ジューダの妹であるリアナが制止の言葉と共に部屋に飛び込んできた。
「そんなことをしたら、それを盾に一生おじい様に逆らえなくなるわ!」
 リアナの言葉にジューダは我に返った。危ない、祖父の企みにまんまと引っかかるところだった。
「もう、お兄様は普段は大人しいのにおじい様のことになるとすぐに切れちゃうんだから」
 リアナの呆れた口調にジューダは頭を冷やした。他の人なら許せることや軽く流せる事も、何故か祖父だと許せなくなってしまう。
「昔からいじめられていたからだろうな…」
 ジューダはそう思う。守護神と出会いジューダの冒険の夢が知られるまで祖父はジューダを目に入れても痛くないというほど可愛がってくれた。しかし、ジューダの裏切りにも似た外への想いを知り、祖父の態度は一変した。冷たくなったというか、いじわるになったのだ。ジューダの神経を逆なでするようなことばかりしてくる。
 ジューダは祖父のことが嫌いではないが、正直苦手ではある。そして期待を裏切った後ろめたさもある。
「おじい様、これ以上お兄様をいじめるのはよしてください。村の長には私がなります!」
 キッパリと言い切るリアナに祖父は不満そうだ。
「私は守護神様を『見る』ことができますし、守護神様やおじい様以外の村の人にはもうすでに了解を得ているのですよ」
 そう、村ではリアナを村の長にする動きでいるのだ。それを拒んでいるのは祖父、ただ一人。
「私の何がいけないんですか?」
 悲痛な面持ちでリアナは祖父に訴える。リアナには祖父が自分を認めてくれない理由がわからないのだ。
「リアナにいけないところなんてないでしょう?リアナの守護神様への信仰は村一ですし、村の民を思う気持ちも僕よりもあるのです」
 ジューダも祖父が何故自分を村の長にしようと思っているのかがわからなかった。誰が考えてもジューダよりリアナのほうが村の長にふさわしいはずだ。
「リアナは駄目じゃ」
 祖父が小さくつぶやく。
「何故ですか?」
「…実は黙っていたのだが、女が村の長になるとその身を守護神に捧げなくてはならないのじゃ…」
 辛そうに祖父が話す。リアナを見つめる瞳は、リアナの身を案じているようだ。
「それって…」
 リアナが口を押さえる。守護神がそんなことをリアナに求めるなど信じられなかった。
「そう…リアナ、お前は守護神に純潔を捧げる覚悟はあるのか!」
 祖父がリアナに問うと同時に、窓ガラスが割れ祖父の頭に何かが直撃した。
 いきなりのことで呆然とする2人だが、倒れた祖父の頭から血が流れ出るのを見て慌てて駆け寄る。
「おじい様!」
 2人の叫びに祖父が震える手を差し出す。ジューダはその手を強く握り返した。
「私はもう駄目じゃ…ジューダ、私はリアナにそんなことをさせることはできん。どうか、お前が村の長に…」
 祖父の目は虚ろで2人の姿を映すことができないでいた。祖父の遺言とも思える言葉にジューダは頷くのを躊躇した。
「…私の最期の願いも聞いてもらえぬか…」
 祖父は自嘲するように口を歪めた。ジューダはそんな祖父に頭を振る。しかし、ジューダはどうしてもその願いを受け入れることができない。
「いいのよ、お兄様。私はそれでもいい。それが守護神様の願いなら喜んで従うわ」
 リアナのいじらしい決意にジューダの胸は痛む。
「リアナ…」
 思わず涙ぐむジューダにそれを聞いた祖父がカッと目を開く。
「お前は余計なことを言うんじゃない!」
 口をついて出てしまったその言葉は、とても瀕死の老人には見えない。2人の目がスッと細められる。
「うぅっ!ごほ、ごほ」
 わざとらしく咳き込むが、すでに2人に見破られた後のこと。ジューダは祖父の手を離し、立ち上がる。
「元気そうですね、おじい様。心配することもありませんでしたね」
 にっこりと微笑むが、その瞳の奥にははっきりと怒りが見える。
「私には何も聞こえん」
 祖父は寝たふりをしてごまかそうとする。全く食えないじじいだ。
「あら…?」
 リアナは窓ガラスを破って祖父の頭に直撃した物を見て、目を吊り上げる。
「…おじい様…まさか先ほどの話全て嘘ではないでしょうね…?」
 それを握り締めてリアナが地の底から声を絞り出す。それは周りの者を恐怖に叩き落とすような声だった。
「リアナ…」
 リアナの突然の変異にジューダが後ずさる。そしてジューダはリアナが握り締めている物に気づく。
 それは守護神が愛でている木の果実だった。それは村の者に神の木と呼ばれ、その果実を投げるはおろか取る者など誰もいないはずだ。
 そう、その果実を飛ばしたのは守護神自身だったのだ。
 投げた理由は…?
「おじい様…」
 ジューダの瞳がギラリと底光る。そんなのは考えれば容易く答えが出る。
「嘘だったんですね!」
 祖父の話が全部嘘っぱちで守護神が怒ったのだ。
「「おじい様!」」
 この世の者とは思えない2人の形相に祖父は今度こそ死を覚悟したと言う。
 自業自得。



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