夢の翼1
「ああ、お前は祖父と似ているね。背中に羽が見えるよ」
村の守護神は緑の瞳を眩しさに細め微笑んだ。
それは村の長の孫ジューダが次期後継者として守護神に挨拶にうかがった日のことだった。
「ありがとうございます」
祖父が深々と頭を下げる。長年見つからなかった後継者問題がやっと解決してほっとしているのだろう。
「名はなんというの?」
「ジューダです」
守護神に問われ、おずおずとジューダは答える。
守護神と聞かされ、どんな格好をしているのかと想像していたが、ごく普通の人間の姿だ。しかし、体から溢れるオーラは明らかに人間とは異なり、まるで世界に息吹が誕生してから生き続けている大樹を思わせた。
「ジューダ、君は祖父を継いで村の長になるというの?」
守護神はジューダの胸に秘めた思いを見透かすように聞いてくる。
「…」
ジューダは返事が出来ない。何故ならジューダは昔から1つの夢を抱いていた。
それは村を出て冒険者になることだった。生まれてから一歩も村を囲む森の外に出たことのないジューダは、いつの日からか外の世界に夢を描いていた。
祖父から外は危険なモンスターや人間がいると言われ続けてきたが、それでもジューダは外の広い世界に触れてみたいと思うのだ。そこには、きっと自分が想像できないような素晴らしい何かがあると思うから。
「ジューダは本当に祖父に似ているね。祖父も見えない何かを求めて私の森に来たんだ。夢を描くのは血の影響かもしれないね」
守護神は溜息をつく。その瞳は残念そうにも、嬉しそうにも見える。
「村の長よ、ジューダは旅に出たいと思っているみたいだよ」
「なっ、何ですとー!!」
祖父は目をむいた。ショックで口から泡を出して、今にも気絶しそうだ。
「な、何ということだ…許さん、私は許さんぞ!!」
激昂する祖父にジューダは身を縮める。こうなることは予想していた。だから口に出せなかったのだ。
「まあ、いいじゃないか。ジューダはまだ子供だし、村の長もまだまだお迎えもこないみたいだしね」
「うう、しかし…」
守護神の取り成しで、その場は収まったものの祖父はジューダを村の長にすることを諦めてはいなかった。そんな夢は子供なら誰でも一度は見る夢想だと高をくくっていたのだ。
しかしジューダの夢は時が経つにつれ大きなものとなっていくのだった。
森に囲まれ、ひっそりと佇む祠の中に村を守る守護神がいた。
肩の上で乱雑に切られた髪は恵みある大地の土色、慈愛に満ちた穏やかな瞳は新緑のまぶしい木の葉色、村の守護神は森の守護神でもあるのだ。
戦争に敗れ、逃亡した人間を森の中に匿ったことが村の始まりだった。後の村の長になる青年は、守護神を見、意思を通じ合うことのできる稀な存在だった。守護神は、そんな青年に興味を抱いた。
「私の存在を『見る』ことができる人物がいて、私を崇める民がいるというのならば、私は永久にこの村を守り続けるだろう」
青年は守護神と約束を交わし、逃亡者たちは森の中に村を作った。
暖かな自然の手に抱かれた平和の時が村に流れ続ける。やがて青年は年を取り、結婚して子が産まれた。その子もまた結婚して子を産む。青年はいつしか老人になっていた。
老人は先が短いことを知り、子に自分の役目を譲ろうとしたが、子には守護神の姿が見えなかった。
約束が守られなければ村の存続の危機だ。老人は、村中を探して守護神を『見る』ことのできる人物を探した。しかし、その人物は現れなかった。
村の誰もが諦めていたころ、守護神を『見る』ことのできる人物が現れた。それは老人の孫の少年、ジューダだった。