夢見る町の住人たち9





 あなたを先頭に二人は走る。それを見て私はニンマリと笑った。
 楽でいいわ。
 と思いながら。
 私を抱えながら走っても、あなたは私より速く、私は初めて体験する速さを楽しんでいた。
 上を見上げるとあなたの顔を見ることが出来る。
 フフッ。さすが私の夫であるだけカッコいいわ。
 などと思いながらニヤニヤ笑っていると、突然震動が止まった。
 どうやら移動し終わったらしい。
 もう立てるだけ足は回復しているので、私は惜しみながらもあなたの腕と別れを告げた。
 そして立ってみて私は初めて気づいた。
 ここはあなたと兄弟のお母さんが亡くなったところだわ…
 亡くなったところ…
 その言葉がもう一度頭の中で繰り返される。
 そして私は初めて気づいた。ここにいるあなたはもう亡くなった人なのだと…
「フィーラ」
 私が悲しそうな顔をしていたのか、あなたは悲痛な顔立ちで私を見ている。
「君もわかっているだろうが俺はもう死んでいる…そして、この町の人もこの町ももう死んでいるんだ」
 私は素直に頷いた。
 認めたくなかったけど、それは確かな事実だから。
「この町は幻なんですね。町の人たちと町が作った過去の幻影なんですね」
 ライズ君は静かに言った。
「その通りだ。これは夢。町の人の魂と町の魂が築き上げた永遠に続く夜の夢…」
 あなたはそっと瞳を閉じた。
「この夢には足りないものがある。それは…」
「俺たちなんですね」
 ライズ君はあなたの言葉を遮り、言う。
「君たちはここに来なかった方が良かったのかもしれない…だが夢はいつしか覚めるもの…ライズ君、君がこの夢から町を目覚めさせてはくれないか?」
「…お断りします。俺はこの町の夢を壊す権利なんてありません。俺はこの町から逃げた者ですから…それに俺はこの夢の一部にならなくてはならないのかもしれませんから…」
 ライズ君はキッパリと断った。
「ライズ君。やっぱり今でも気にしているのね、お母さんを残してこの町を去ったことを…」
 ライズ君は答えず、町の外を見つめていた。
 私はその答えが聞きたかったが、無理に聞こうとは思わなかった。これはきっと彼の心の傷になっているだろうから。
「わかった。ライズ君、フィーラ。ここは危ないからすぐ町の外に出るんだ」
「いいえ。ラウルを助けるまで外に出られません」
 ラウル君は固く決意した目であなたを見据える。
「ライズ君。ラウル君を助ける為に町の人を傷つけなければならないこともあるかもしれない。それでもいいのか?」
「ラウルのためなら」
 あなたはライズ君を見定めるようにジッと見つめた。
「わかった。君の決意を認めよう」
 やがてあなたが諦め認めるとライズ君はニッコリと笑った。
「大丈夫。覚悟は出来てます」
「そうか。では行く前に…」
 あなたはライズ君からレイピアを返してもらい、レイピアを鞘から抜き高々と振り上げた。
 すると空中でなにかがキラリと光り、その周辺に霧が立ちこんできた。
 その霧の向こうにぼやけたなにかが映し出された。
「あれは…」
 霧の向こうに見えたものは兄弟のお母さんの上に覆いかぶさるあなたとそれに突き刺さるレイピアの姿だった。
「これが俺の現実の姿だ」
 悲しそうに言うあなたの横顔を見て私はあなたの肩に自分の頭をちょこんとのせた。
「あなたの過去は知っているわ。私たち、変な森でこの町の戦を見たことがあるの」
 あなたはなにか言いたげに口を開いたが、
「そうか…」
 と、一言しか口に出さなかった。
「カウンテスさん。俺たちにこれを見せてどうしようって言うんですか?」
「レイピアを取ってもらおうと思ってな」
「レイピアを?」
 ライズ君はあなたの答えに眉をひそめる。
「それには魔法がかかっているんだ。特にアンデット系に強い力を持っている。君の体を守ってくれるだろう」
 あなたの言葉にライズ君の肩がピクリと動いた。
「アンデット系って言ったら、この町の人たちに当てはまりますよね?」
「その通りだ。武器もなしに町の人を敵にするには無理がある。なんせ敵は大人数で攻めてくるだろうからな」
 あなたの言葉を聞きながらライズ君はレイピアを見つめていた。
「弟を助けたいのならレイピアを取るべきだな」
 その言葉を聞き、ライズ君はレイピアのもとへ歩き始めた。
「あなた!これはちょっとひどすぎるんじゃない?」
「フィーラ。俺が今持っているレイピアは魔力を持っていない。何故だかわかるか?」
 私が不満を言うと、あなたはそれを聞かず私に質問してきた。
「えっと…持っているあなたが幻なんだから、幻のあなたが持っているレイピアも当然幻よね。だからかしら?」
 たどたどしく私が答えるとあなたはニコリとほほ笑んだ。
「正解だ。それに、もしこのレイピアにアンデット系に強い魔力が込められていたら私には触れないさ」
「あっ…!」
 私はあなたの気持ちがわかってしまった。
 本当はあなたはあのレイピアを自分の手の中に収めておきたいのだ。
 当たり前だわ。あのレイピアはあなたのもう一つの魂のようなものだもの…
 でも持てない。もう持てることはない。だからライズ君に託すんだわ…
 本物のレイピアが涙を流すようにキラリと切っ先が光った。
 レイピアの前でライズ君は立ち止り、私たちを振り返った。
「本当にいいんですか?」
 レイピアの流す涙に気づいたのだろうか。ライズ君はあなたに問いかけた。
「ああ、よろしく頼むよ」
 あなたの答えを聞いて、ライズ君はしっかりレイピアの柄に手を絡めた。そしてそのままゆっくりと上に動かす。
 あまり力をかけたようにも見えなかったが、スルスルとレイピアはあなたの体から抜けていった。
 完全に抜けるとレイピアは弱い光を発した。
 すると霧は晴れ、現実の姿のあなたと兄弟のお母さんは消え去っていた。
 レイピアはいつのまにか銀白色だった刀身が褐色に移り変わっていた。その色はまるで血が乾いたような色だった。
「レイピアが憎しみに染まっていく…」
 悲しそうにライズ君は言い、レイピアをギュッと抱きしめた。
「俺が助けられなかった女性は君の母親だったらしいな…」
 霧と共に消えた現実の姿を見つめながらあなたは呟いた。
「…はい」
「すまなかったことをした。もう少し着くのが早ければ助けられたかもしれなかったものを」
 胸の内の無念を抱き、あなたは悔しそうに目をつぶった。
「そんなことありません。あれは誰のせいでもないんです…あえて誰かのせいにするとすれば、それは俺の責任です。母さんを残した俺が悪かったんです」
 そう言ってライズ君は笑ったが、その笑顔は痛々しいものだった。
 やはりこの子は自分が一番悪いと思っているのだわ…
 ライズ君、そんなに自分を責めないでよ。
 そんな思いもつかの間、私はこちらに向かってくる大群の足音に身を固めた。
「来たか…」
 あなたは目を光らせ、レイピアを握り締めた。
「ライズ君。ここは俺に任せてラウル君を探すんだ!」
「わかりました!」
 ラウル君は返事をし、その場から走り出した。
「こっちだ!こっちにいるぞ!!」
 大群の足音はそんな声をあげながら、急速にこちらに向かってくる。
「あなた!」
 私はすがるような声を出した。
「フィーラ…すまん…」
 力なく言ったあなたは苦々しい顔で私を見つめていた。
 私はその目を見つめ返し、ゆっくりと顔を横に振った。
 きっとあなたは悔やんでいる。
 兄弟を助けられなかったこと。自分が死んでしまったこと。
 そして私のそばにいられなくなったことを。
 だから謝るのね、私に…
 私はなにも言わず、ただあなたを見つめ続けていた。
「フィーラ。はやく行くんだ」
 あなたは私の肩を軽く押した。
 そこには心配顔のライズ君が見えた。
「…」
 もう一度あなたを見つめ、私はあなたが押してくれた方へと走って行った。
「行きましょう、ライズ君」
 私はライズ君を追い越し走った。
 今はきっと別れの時じゃない。
 もう一度私はあなたに巡り合うことが出来るはず。
 今のはさよならじゃないから…



『next』     『novel-top』