夢見る町の住人たち10
私たちはライズ君の直感を頼り、ライズ君の家にやって来た。
ライズ君は複雑な表情を浮かべながら玄関を開け、中に入って行く。扉を抜け、台所を抜けながらライズ君がついた部屋は子供部屋だった。
「ここはライズ君とラウル君の部屋ね」
端っこに2段ベッドが置いてあり、部屋の中はおもちゃやらでゴチャゴチャに散らかっていた。
ライズ君は懐かしそうに目を細める。
「2段ベッド、どっちが上で寝ていたの?」
私が聞くと、ライズ君は楽しそうに答えた。
「俺です。ラウルは上で寝るには寝相が悪いから」
「なるほどね。確かに寝相は悪そうだわ」
私は妙に納得できて思わず笑ってしまった。
ベッドの上から転げ落ちるラウル君の姿が頭に浮かんでくる。同じことを想像したのか隣りでライズ君がほほ笑んでくる。
ガチャ。
その時、後ろの扉が開いた。
瞬時、笑みが凍りつき、私たちは恐る恐る振り向く。
「…母さん…」
ライズ君がポツリと呟く。
そこにはニッコリとほほ笑んでいる兄弟のお母さんの姿があった。
「あら、ライズ。帰っていたの」
何事もなかったようにお母さんは振る舞う。
その様子をライズ君は悲しそうに見つめる。
「…母さん」
ライズ君が声をかけると、お母さんはライズ君に視線を落とす。
ライズ君はなにも言わず、お母さんの心の奥を見るようにじっと瞳を見つめる。
お母さんの顔がヒクリと歪んだが、すぐに笑顔に戻る。
「なにかしら?ライズ」
じっと見つめていたライズ君の顔がフッと和らいだ。
「ただいま、母さん…」
悲しそうにほほ笑んだライズ君にお母さんはニコリと笑みを向けた。その笑顔に私は黒い影を見たように感じた。
「お帰りなさい、ライズ。ずっと待っていたのよ。あなたたちが再びこの町に帰ってくるのを…」
優しげにほほ笑みお母さんは腕を広げ、ライズ君に近づいてくる。
「待ちなさいっ!」
それを止めるべく私は反射的にライズ君とお母さんの間に飛び出ていた。
今、ライズ君をお母さんに渡してはいけない。
渡したらライズ君を永遠に失ってしまう。
本能的にそう感じ、私は視線で刺し殺さんとばかりにお母さんを睨んでいた。
「ライズ君をあなたに渡しはしないわ!」
「…フィーラさん」
ライズ君は目の前に立ちはだかった私に驚いていた。
「ありがとう、フィーラさん」
ライズ君は目を細め、ほほ笑み、私の横に並んだ。
「ライズ君」
隣でほほ笑むライズ君を見て、私はライズ君がお母さんのところへ行ってしまうのではないのかと不安になった。
「ライズ」
その姿を見てお母さんは嬉しそうにほほ笑む。
ライズ君はお母さんに笑い返し、そのままゆっくりとお母さんの方へ足を動かした。
「ライズ君!」
止めようとライズ君に手を伸ばすが、それは拒絶されてしまった。
「ライズ君…」
「大丈夫です、フィーラさん。まだその時じゃないですから…」
私に背を向けたまま、ライズ君は呟く。
「母さん…」
「ライズ」
ライズ君を抱きしめようとお母さんが一歩踏み出すと、ライズ君は冷ややかな目でお母さんを射抜いた。
ビクッとお母さんの足が止まる。
「母さん、正直に答えて欲しい。ラウルはどこにいるの?」
冷たい視線をお母さんに向けながら、ライズ君は有無を言わせぬ口調で問いかける。
お母さんはライズ君の冷たい視線から逃れることも出来ず、いつもと違う息子の様子に震えるばかりだった。
「母さん!」
強く叫び返事を促すとお母さんはボロボロと泣き崩れてしまった。
「ひどい…ひどいわ、ライズ。母さんは別にあなたにひどいことをしようってわけじゃないのよ。ただここで一緒に親子三人で暮らしたいだけなのに…」
「無理だよ、今更もとには戻れない」
お母さんの悲痛の言葉にもライズ君は動じず、直も冷たい視線を送り続ける。
「ライズ、母さんを置いていかないで。ずっとここで暮らしましょう」
お母さんはライズ君の足もとにすがりつき、懇願する。
「独りは嫌よ。独りは寂しいのよ」
泣き叫ぶお母さんに私は自分の姿を見たような気がした。
私も同じ。独りは嫌だわ…
でもそんなの誰も同じ。みんな独りは嫌だもの。
そうきっとあの人も…
「だからなんなのかしら」
私は泣きすがっているお母さんに怒鳴りつけてやる。
「そんなの当たり前だわ。誰だって独りは嫌よ。そんなの当然よ!でも、それでも独りにならなければならない時があるのよ。お母さん、あなたは選んだのでしょう?あの時、息子を助ける為に独りになることを選んだのでしょう!!」
私の言葉にお母さんはまた泣き始めた。
その涙は息子を逃がした時にそっと浮かべたあの笑顔と同じ意味のものだった。
ライズ君はそんなお母さんをいつもと同じ瞳で見ていた。もうあの冷たさは消え去っていた。
「ライズ…ラウルは…ラウルは町の真ん中の広場にいるはずよ」
細々とした声でお母さんは言う。
「はやく行ってあげなさい」
そう一言言うとお母さんはライズ君に向かってあのほほ笑みをくれた。
ライズ君は頷くと一目散に家を飛び出した。
私もそれを追い、広場へと走った。