夢見る町の住人たち4
第二章 悪夢…それとも真実!?
あの後、私はとりあえず兄弟の旅の用意を整え、パーラフェイズの町へと出発した。
出発の少し前、私たちはお互いを紹介し合った。と言っても名前を明かしあっただけだが。
兄弟のうち、お兄さんの名前はライズ、弟君の名はラウルというらしい。ちなみに私の名はフィーラ。22歳の未亡人である。以後よろしく。
私たちは迷っていた。パーラフェイズの町への道順のことでだ。
一番早く町に着く道のりを選ぶならば森を抜けなければならない。この森がまた厄介なのである。魔物やら妖怪やらが出てくるらしい。
一度森へ入ったら最後、二度と森から抜けることが出来ない…なんてことはないらしいが痛い目に合うことは間違いないらしい。
なんかハッキリしない話だが危ないことには違いない。
「どうする?森を通りたくないなら別ルートで行くけど」
とりあえず兄弟の意見を聞くことにする。
「ふざけんな。早く着く方に行くに決まってんだろ!」
ハイハイ。君はそうだろうね。弟君ことラウル君。
「そりゃあ俺だって早く着く道のりの方がいいけど、安全面については悪評つきだからな」
お兄さんことライズ君は首を傾げ悩む。
やっぱりライズ君は慎重に考えるのね。
思い通りの二人の反応に私はクスリと笑う。
「なに笑ってんだよ!」
ラウル君は怒鳴るとフィッと横を向く。どうやら彼には好かれてないらしい。
「フィーラさん」
私が苦笑いしているとライズ君はすまなそうに私の名を呼ぶ。
「なあに、ライズ君。森に行くか行かないか決めたの?」
ライズ君にこんなこと気にしていないわよ、と言うようにほほ笑みライズ君に問う。
「…はい、森を抜けましょう」
ライズ君は私のほほ笑みを複雑な顔で見ていたが、やがてニッコリとほほ笑みそう言った。
「わかったわ。そうしましょう」
私はライズ君の意見とほほ笑みに頷く。ライズ君のほほ笑みは明らかに"すみません"と言ったものだった。ラウル君を庇うライズ君の兄弟愛が美しくて涙を誘うほどである。
一方のラウル君はお兄さんの気持ちを知らず、森を行くのに張り切っていた。
場面は変わり、いきなり森の中である。
話と違って森の中は魔物やら妖怪やらとは無縁なほど爽やかなところだった。均一されていない木々も何故かバランス良く見えスッキリとして見える。
日の光は木々の隙間を縫って、森の中を明るく照らしていた。はっきり言ってこの森ほど綺麗な森を私は見たことがなかった。でも、それがかえってこの森を不吉に感じさせていた。
「なんか、この森変じゃない?」
ライズ君は嫌そうな顔で森を見渡す。
ライズ君の言葉はこの森の見かけだけでなら似つかわしくない言葉だったが、私には妙に同意できるものだった。
本当に不気味なほど綺麗だわ。
嫌だなあと思いつつ前進する。誰も歩みをとめる人や引き返そうとする人などいなかった。
そうすれば、なにか不吉なことが起こりそうで怖かったから。とにかく私たちはひたすら歩き続けた。
「フィーラさん。この森こんなに長かったっけ?」
ライズ君が恐る恐る聞いてくる。
「もうとっくに森を抜けていてもおかしくないわよねえ?」
私はライズ君に逆に質問していた。確かに地図で見たところたいした距離ではなかった。しかも道は一本なのだ。
近頃誰も通っていないこともあり、確かに道は荒んでいるが、道と分からないほどでもない。私たちは森を抜けるはずの唯一の道を歩いているのだ。
森を抜けられないわけがない…はずなのだけど…
「道を間違えたのかしら?」
さすがに不安になり私はポツリと呟いた。
「そんなわけないだろ。道は一本しかなかったんだ。どんな馬鹿でも間違えられないさ」
刺々しくラウル君が言う。
私はとことんこの子に嫌われているらしい。
「確かに道中、道らしい道ってこの道だけでしたよね?」
「ええ、道らしい道はね」
「なら、この道であってるはずだろ」
ラウル君は自信満々に言い、スタスタと歩いて行ってしまう。
取り残された私とライズくんはお互い顔を見合せ、肩をすくめ合うだけだった。
「とにかく、もう少し歩いてみましょう」
私がそう結論を出すと、私たち三人はまた歩き出した。
しかし、やはり出口は見つからない。歩いても、歩いても、木々は途切れなかった。
「やっぱり変だよ」
唐突にライズ君は立ち止った。
「なに言ってんだよ、兄ちゃん。この道に間違いないんだからもう少しで着くよ」
「違うんだ、ラウル。道じゃない。この森全体が変なんだ」
ライズ君はキッと森を睨む。
「変って、なにが変なんだよ、兄ちゃん」
ライズ君の言っている意味が分からず、ラウル君は首を傾げる。そう言われても、なにがどう変なのか具体的にわかるはずもなく、ライズ君は困ってしまい森を見上げた。
『フリムケ!』
と、その時背後から不気味な声が響いた。
バッと三人は顔を見合わせる。
「なに?今の声」
私は兄弟二人に問うが、二人は分からないとばかりに首を振る。
「ババア、おまえじゃないのか?」
「失礼ね。私はあんな不気味な声じゃないわよ」
思いっきり怒鳴ってやりたいが何故かひそひそ声になってしまう。ラウル君の声量も自然に下がっていた。
「この森、やっぱり変だよ」
ライズ君は私たちに顔を近付かせ、これもひそひそ声で話す。今度はラウル君も有無も言わず同意した。私も異存はない。
「このまま進んでも大丈夫かなあ?」
不安そうにライズ君は言う。はっきり言って進みたくないが戻るのは余計怖い。かと言って、ここにいてもしょうがないし。
「…振り返ってみる?」
少し考え、ラウル君がとんでもないことを言い出す。
「嫌よ、絶対!」
顔を歪め叫ぶ。それだけは絶対に嫌だ。
「しっー、声が大きいよ。フィーラさん」
ライズ君に怒られてしまった。
…はて?何故に声量を落とさなければならないのか?
という疑問にぶつかったが、人間の不可解な心理ってことにしておこう。
「とにかく、それは嫌っ」
小さな声で言い、ラウル君を見るとラウル君は呆れていた。
「おまえ、怖いのか?」
情けないという顔つきで問う。完全に馬鹿にされている。
「こっ、怖くないわよ」
「本当か?」
「本当よ」
キッパリと断言してから気づいた。このセリフを言ったら振り向かなければならないことに。
しまった!はめられた!!…自分自身に…
気づいた時にはもう遅かった。
「よしっ、なら振り向こうぜ!」
嬉々とした感じでラウル君は言う。この状況を楽しんでいるのだろう。
「本当に振り向くの?なんか嫌な予感がするのに」
ライズ君、人を余計怖がらせるようなセリフを言うのはやめてっ!
「当り前だろ。さっ、振り向こうぜ」
ラウル君、一人で張り切らないで…
「わかった。じゃあ、1、2の3で振り向こう。用意はいい?フィーラさん」
一生よくないわよと言いたいところだが、今更嫌と言うわけにもいかず、しょうがないので頷く。
「じゃあ、いくよ。1、2の3!」
怖いので勢い良く振り向く。
振り向いた先に見えたものは、どこにでもある有り触れた町の情景だった。