夢見る町の住人たち3





「それでケンカの原因はなんなわけ?」
 あの一方的な暴力をケンカと呼んでいいのかは疑問だが。
「…」
 その話題に触れた途端、二人は口をつぐんでしまった。
 お互いの顔をそっと見る。どうする?とアイコンタクトをとっているようだ。
 しばらく二人はそのままお互いの顔を見ていたが、やがて決心したのかお兄さんの方が口を開いた。
「町のことなんですけど…」
「町?」
「…パーラフェイズの町」
 ポツリと弟君が呟く声を私は聞き逃さなかった。
 ドキッ!
 胸が高鳴った。
 …パーラフェイズの町…!?
 私は驚愕に目を見開いて二人の顔をマジマジと見つめた。
「パーラフェイズの町についてなにか知ってるのか!」
 私の態度が急変したことに勘づいた弟君は顔色を変え詰め寄ってくる。
「知ってるのか?」
 返事をしない私に弟君は更に問いかけてくる。しかし先ほどの強い口調とは打って変わり弱々しい。呟くような口調だった。少し潤んだ瞳が私を真っ直ぐ見つめてくる。
「うっ…」
 こらえきれなくなったのか、弟君は嗚咽を漏らし泣き出してしまった。
「ラウル」
 お兄さんはそっと弟君を抱き寄せ、弟君の頭を自分の胸元に埋める。そしてゆっくりと頭を撫で始める。
「大丈夫、あの大男の言ったことは嘘だから…大丈夫だよ」
 ドキッとするほど優しい声でお兄さんは弟君をあやす。見てる方が恥ずかしくなる光景だ。しかし絵になる兄弟である。抱き合っても、ちっとも違和感が感じられない。
「麗しい兄弟愛を見させてもらうのもいいけど、あんたたち一体パーラフェイズの町のなにをあの大男から聞いたわけ?」
 私が聞くとお兄さんは少し言いにくそうに口を開いた。
「パーラフェイズの町が戦争に巻き込まれ、滅んだって…」
「嘘だ!そんなの嘘だ!嘘だろう!?」
 お兄さんが言い終わらないうちに弟君はその言葉を否定した。
 悲鳴に近いそれは終わりの方は哀願するような形になっていた。
 「嘘だ」と叫び、お兄さんの胸で号泣する弟君をお兄さんはギュッと抱きしめていた。顔は苦々しいものだった。
「そんなに言うなら確かめてみればいいじゃない」
 サラリと私は言う。お兄さんと弟君はびっくりして私の顔を見てくる。
「…確かめる…?」
「そうよ。その目で確かめればいいじゃない。パーラフェイズの町へ行ってみれば分かることでしょう」
 私の発言に二人はキョトンとした顔で呆然としていたが、やがて名案な私の発言にコックリと頷いた。
「気がつかなかった。そんな簡単なこと…」
 呆然としたまま呟いた弟君はお兄さんを見上げる。お兄さんはただ黙って頷いた。「行こう」の合図だ。
 弟君はその合図を見るとパッと顔を輝かせた。
「ありがとうございました。お姉さん、俺たちパーラフェイズの町に行きましょう」
 お兄さんはニッコリと私にほほ笑む。
 …あら?なにか文法が変じゃないかしら?
「いやねえ、『パーラフェイズの町に行きましょう』じゃなくて『行くことにします』の間違いでしょう」
 文法の間違いに気づいてコロコロと笑う私に、
「そんな間違ってないですよ。だってお姉さんも俺たちと一緒にパーラフェイズの町に行くんですから」
 お兄さんはしたたかにそう言った。
「え?」
 私は一瞬なにを言われたのかわからず、笑顔のまま首を傾げる。
「一緒に行くんですよ、お姉さんもね」
「えっ、ええー!!」
 ニッコリと笑いながら言ったお兄さんは、その後の叫び声に驚いたように肩をすくめた。私の叫び声は予測していたらしいが、同時に放った弟君の叫び声に驚いたらしい。
「そ、そんなこと、一度も聞いたことないぞ!」
 弟君は驚くほどでっかい声で喚き散らす。
「嫌だ。絶対嫌だぞ。反対、反対、大反たーい!!」
 …そんなに嫌なわけ…
 ムッとしながらも、私も弟君の意見に賛成なので、うんうんと頷く。
「でも保護者は必要だろ」
 お兄さんの意見もごもっともだが、何故私が行かなくてはならないのか。
「別にこのババアじゃなくてもいいだろ」
「じゃあ聞くけど、俺たちの周りにお姉さん以外の大人っている?」
 弟君のあまりにもの反対にお兄さんはムキになって答える。
「うっ、それは…」
 オイ、弟君言い負けないでよ。
「ほら、お姉さん以外いないだろ」
 勝ち誇ったように言うお兄さんに文句がありそうな顔で弟君は渋々と頷く。
 オイ、頷いてどうする。
「ちょっと待ちなさいよ。一体、いつ、どこで、私が行くっていったのよ」
 このままでは行くことになってしまいそうになりかねない。ここはきっぱり断らなければ。
「一緒に行ってくれないの…?」
 お兄さんはさもショックを受けたようにウルウルとした目で見上げてくる。
 ゲッ。このガキ、結構コツをつかんでるじゃないの。
 なんの免疫もない人ならコロリと騙されるであろう。わざとやっているのを承知でもこのウルウル目にコロリといきそうになる。
「お願い」
 ウルウル光線を発して、お兄さんはズイズイと私に迫ってくる。
 うっ、や、やられるぅ〜
「しょうがないわね」
 私はたまらずそう返事してしまっていた。
 かくして私はこの天使の顔したガキに負けてしまい、この二人と一緒にパーラフェイズの町に行くことになったのだった。
 ああ、なんとも情けない…
 ガックリと肩を落としている私の気持ちなどおかまいもなしにお兄さんはニコニコと笑っているのだった…



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