夢見る町の住人たち13
無我夢中で町の外れへと走り、そこに着くとラウル君は意識を失っていた。
ライズ君の死にたえられなかったのか、それとも自分で意識を手放したのか…
「ラウル君」
涙で濡れている顔にそっと触れると、ラウル君はピクリと動き、ライズ君の名をささやいた。
その表情は苦悶に満ちており、時折苦しそうにうめき声を上げている。
「フィーラさん」
気づくと目の前にライズ君が立っていた。
「ライズ君」
「やっぱりラウルを苦しめちゃったみたいですね」
困ったように首を傾げるライズ君の姿は、今までのライズ君とは確かに違っていた。
ライズ君が決めたこととはいえ、やっぱり悲しく思ってしまう。
それとは裏腹にライズ君の表情は明るかった。まるで重い荷物を降ろしたようなスッキリとした感じだった。
「俺をずるい奴だと思いますか?」
ライズ君をジッと観察するように見ていると、ライズ君は私の心を読み取ってか鋭いところを聞いてきた。
「えっ」
言葉につまった私にライズ君はクスリと笑う。
「正直ですね、フィーラさん」
からかい口調で言われ、私は恥ずかしさに目をそらすとライズ君は空を見上げ目を細めた。
「もう、あの月を見ることもないんですね…」
そっと目を伏せ、ライズ君は黙り込む。
心にある月。パーラフェイズの町に入る前に見た、あの青い月を描いているのだろうか。
青い月が恋しいのだろうか。ライズ君にも町の外に対する未練があるのだろうか。
私にはわからなかった。ただライズ君の憂いに満ちた横顔が綺麗だった。
妙な怪しさが彼を覆っていた。
「フィーラさん」
ライズ君は目を伏せたまま私に言った。
「ラウルにはこの町を消してもらいます」
私はライズ君の顔を黙って見つめた。彼の顔はいつになく真剣だった。
「ラウルはきっとこの町に戻ってくるはずです。この町の人々を退治するためには」
「そうね、私もそう思うわ」
私は隣で眠るラウル君の顔を見つめる。苦しそうな表情だ。まるで、これからの未来を物語っているような…
ラウル君はきっとこの町に戻ってくるだろう。この子にはこの町から逃げるようなことは出来ない。しかし、受け止めることもまた出来ないだろう。この子はきっと戦うことを選ぶはずだ。この子には悪を悪と言える強さを持っている。
でもこの戦いはラウル君にとって悪い影響しか与えない。
「ラウル君…」
苦しそうに顔を歪めるラウル君の頭を撫でると、ラウル君は私の手を邪魔そうに振り払った。
「ラウルは俺を憎むでしょうか?それとも理解して許してくれるでしょうか?」
ラウル君の様子を見て、ライズ君は目を細める。
「今は憎むでしょうね…でもわからないわ。もう一度ここに来た時、ラウル君がどうなっているかは」
ライズ君は静かに笑った。あまりにも楽天的な私の考えを笑ったのかもしれない。
でも私は楽天的に考えていた。ラウル君がいつまでもライズ君を憎み続けるなんて不可能だと思っていた。今、彼に必要なのは時間なのだ。
「フィーラさん、ラウルにこれを」
ライズ君は褐色のレイピアを私に差し出した。
私は黙って褐色のレイピアを受け取った。
「じゃあ俺は行きますね」
ライズ君はペコリと頭を下げ、町中へ戻ろうとした。
「ライズ君」
足を止め、彼は振り向いた。その顔には笑顔があった。
それで私はもうなにも言うことはないと思った。ライズ君はちっとも不幸そうじゃなかったから。
私は黙ってほほ笑んだ。呼び止めておいて、ただほほ笑むっていうのもなんだけど、ライズ君は私の気持ちを察してくれたのか、ライズ君もまた黙ってほほ笑んでくれた。
これが永遠の別れのシーンだなんて味気ないとも思ったけど、野暮な言葉なんて邪魔になるだけ。ただほほ笑むだけで気持ちは通じるもの。
私は彼の幸せを祈り、彼も私の幸せを祈る。
たとえ、その幸せの形が人から見れば屈折していても、その人にとって最良ならば祈るだけだ。
私は祈った、彼の幸せを。そして彼も私の幸せを祈ってくれた、私の屈折した幸せを。
ライズ君が去った後、私は不思議と頭の中がスッキリとしていた。
ライズ君は最後の最後で私に大切なことを教えてくれた。
それは幸せの形は人それぞれということだ。
私は初めライズ君が羨ましくて仕方なかった。私だってあなたの住むこの町の住人になりたかった。でも理性がそれを制した。私の感情は理性に勝てなかったのだ。その傍ら、ライズ君はあっさりとこの町の住人となった。戸惑うことなく、まるで当たり前のことのように…
でも私にはそれが出来ない、出来なかった。でもあなたを亡くしてこれからを生きるなんて私には出来ない。なら、あなたを生かせばいい。あなたという思い出を胸に生きていけばいい。
これが私の幸せの形よ!
私はラウル君を肩にかつぎ、パーラフェイズの町を出て行った。
あなたとのさよならはまだしたくなかった。
あなたとさよならをするのは、私の寿命がつきてからでいいでしょう?
パーラフェイズの町を出ると青い月の光で地上が輝いていた。
肩にかついだラウル君が魅入られたように輝く地上を見ていた。
ライズ君は自ら光り輝く青い月を見つめ、ラウル君は青い月の光に輝く地上を見つめる。
対照的な二人が歩く道もまた対照的になる。
そして私は輝きを見る二人の顔に魅入る私の道もこの二人と対照的なのかもしれない。
ラウル君は私から離れ、私の顔をジッと見る。
「ラウル君、これを」
私はラウル君に褐色のレイピアを差し出す。
ラウル君は黙って、それを受け取った。
すると褐色だったレイピアがたちまち黒色へと姿を変えた。
その時、私はやっとわかった。ライズ君がレイピアを持った時、レイピアが褐色に変わったのが。このレイピアは持ち主の心により色が変わるのだ。あなたは白、ライズ君は褐色、そして黒色に変えたラウル君の心は…
今はなにも言うべきではないかもしれない。今はまだ急すぎる。やがて時間と共にラウル君の心が静まってくれることを祈るしかない。
眉間に皺を寄せ暗い目つきでレイピアを睨むラウル君はすでに私の知っている彼の面影はなかった。
「兄ちゃんは悪魔に魂を売ったんだ…」
ブツブツと独り言のようにラウル君は言い続ける。
「…だから俺が倒さなきゃ…」
ラウル君の目が狂気の色に染まっても、私はそれを止める術を持っていない。
ライズ君はラウル君が生きていくことを願った。それは決してパーラフェイズの町を憎むためじゃないのに…
「じゃあ」
ラウル君はそれだけ言うと町と反対の方向へ歩き出した。
「ラウル君」
私が呼び止めるとラウル君は面倒くさそうに振り向いた。
「そのレイピアはもともと白かったのよ」
私の言葉にラウル君が首を傾げた。なにを言ってるんだ?と思ったのだろう。
「幸せを祈っているわ」
ラウル君は顔色を変えず、その言葉を受け止め歩き出した。
今のラウル君にはこの言葉は心に浸透しないだろう。なにも感じないだろう。
でも言いたかった。私だけじゃない、みんなが心からラウル君の幸せを祈っているのだから。
私はラウル君の後ろ姿をいつまでも見送っていた。
彼の姿がなくなっても青い月は変わらず綺麗だった。