夢見る町の住人たち12





第四章 青い月が照らす道

 私たち三人は大急ぎで広場へ駆けつけた。
 そこで見たものは広場の中心にある時計塔に吊るされたラウル君の姿だった。ラウル君はぐったりとうなだれていたが目はしっかりと開いていた。体に傷はなく、どうやらラウル君は町人に一切抵抗しなかったと見える。
 もし抵抗していたなら、ラウル君の体に少なくともかすり傷ぐらいはついているはずだ。ラウル君の抵抗は半端じゃない。
 一方、てっきりもう来ていると思っていたライズ君の姿はなかった。ただラウル君の周りに町人が大勢集まっていた。その目はなにかを待ち焦がれていた。これから祭りが始まるような熱気にさらされていた。

 草の茂みに隠れ、私たち三人はラウル君と町人の様子を伺っていた。その時、どよめきがおこった。
 そのどよめきに頭を上げたラウル君の目が大きく広がった。
 隣にいるお母さんの体がピクリと動いた。驚きを隠せない表情でどよめきの中心にいる人物を凝視している。
 どよめきの中心には町人と微笑を交し合っているライズ君の姿があった。あなたに託された褐色のレイピアを片手にライズ君は町人に導かれ、ラウル君の前に立つ。
 ラウル君は驚きのあまり口も利けない状態だった。ただ目を大きく開いてライズ君を見ていた。
「…ライズ君…」
 私は思ったよりも平静にこの場を見ることが出来た。私にはなんとなくわかっていた。ライズ君が町人に逆らわないことも、拒まないことも。
「ラウル」
 ニコリとライズ君がほほ笑む。
 その笑顔にラウル君は我に返り、急にもがきだした。
「兄ちゃん、逃げろっ!逃げてくれっ!!こいつらは俺たちを殺すつもりなんだ!!」
 ラウル君の叫びをライズ君は小さく笑い受け流した。
「知ってるよ、そんなこと」
 途端にラウル君の動きが止まった。目がライズ君に疑問をぶつけている。
「ここにはたりないものがあるんだ」
 ひどくゆっくりとした口調でライズ君が話し出した。顔にはまだ先ほどの笑みが張り付いている。
「俺とラウルというパーラフェイズな町の住人がさ」
 ライズ君の手がゆっくりと上がる。レイピアを持った方の手だ。
「俺たちはパーラフェイズの町の住人だろ?ラウル」
 レイピアがラウル君の真正面で止まった。ライズ君の目がキラリと光る。
「兄ちゃん…違う!こいつらはパーラフェイズの町の住人じゃない。ただの化け物だ!!目を覚ましてくれよ、兄ちゃんっ!!!」
 ラウル君の必死の説得にもライズ君は動じない。目は鋭く、手はしっかりとレイピアを握っている。
「兄ちゃんっ!!」
 ラウル君の叫びと共にライズ君は動いた。
 褐色の刀身がキラリと煌めいた。
「ラウルー!!」
 バッと隣でお母さんが立ち上がり、ラウル君とライズ君のもとへ走り出した。
 その後を素早くあなたが追う。
 私はライズ君のレイピアの動きを平然と見守った。
 ライズ君がラウル君を傷つけるわけがない!!
 私は妙な確信を持っていた。
 ライズ君のレイピアが振り下ろされるとラウル君の体がグラリと傾いた。
 ラウル君を時計塔に縛っていた縄が切られたのだ。
 ラウル君の体が地面に落ちる前にライズ君がラウル君の体を支えた。
「兄ちゃん…」
 ラウル君が嬉しそうにほほ笑む。
「ライズ」
 お母さんがホッと安堵の息をもらした。
 しかし、そんな二人を町人が黙って見ているはずもない。
「どういうことだ、ライズ。おまえはこの町の住人になるって言ったじゃないか」
 激しい町人の非難の声にライズ君は黙って耳を傾けている。
「裏切るつもりなのか!」
 別の町人が叫ぶ。
「うるせえ!なんで俺たちが化け物の仲間入りしなくちゃいけないんだ!!」
 キッと町人を睨み、ラウル君は叫ぶ。
「ラウル」
「兄ちゃん、逃げよう!」
 ラウル君はライズ君の手を引いて逃げようとする。
「そうはさせるか!!」
 しかし町人が行く手を阻む。
「くそっ!どけやがれ!!」
 ラウル君は懸命に町人に抵抗するが大人にかなうはずもない。
「みんなっ!やめて!」
 お母さんが叫ぶと町人は動きを止め、一斉にお母さんを見る。
「お願い、みんな。ライズとラウルをこの町から逃がしてあげて。この子たちにはまだ命があるのよ」
 涙ながらに訴えるお母さんに町人は一瞬躊躇したが、すぐに敵意をむき出しにしてお母さんに向き直った。
「そうか、残念だ。母親のおまえが説得すれば二人もおとなしく町の住人になるものかと思っていたが、おまえまで裏切るとはな!」
 憎しみのこもった目を町人はお母さんに向ける。
「裏切った奴は消すまでだ!」
 その声を聞いて、あなたは反射的にレイピアを振り払った。
 ドサッとお母さんに襲い掛かった町人が倒れる。
「カウンテスさん!」
「安心してくれ、鞘に収めたままだ」
 ライズ君の心配そうな声にあなたは襲い掛かってくる町人を倒しながら答える。
「それよりライズ君。はやくこの場から逃げよう。こう大人数だときりがない」
 あなたはお母さんを庇いながら二人のもとまで行き、チラリとライズ君を見る。
「その方がいいみたいですね」
 頷き、ライズ君はレイピアをかざす。するとレイピアは強い光を発した。
「よしっ、今のうちだ」
 ひるんだ町人の間を四人は走り抜ける。
 そして私はこのことを予測して町人の間に走りよった。
「ライズ君!」
 レイピアを掲げたままライズ君は町人の間に立っていた。
 そう彼は逃げなかったのだ。
「兄ちゃん!」
 驚きに満ちた顔でラウル君がライズ君の名を叫ぶ。
 町人はライズ君の行動に驚き動けないでいた。
「ダメよ、ライズ君」
 私は悲しそうな顔をして立っているライズ君を止めようとした。
 しかしライズ君は小さくほほ笑み、頭を左右に振る。
「いいえ、フィーラさん。俺はもう決めてしまったんです」
 ほほ笑みながらライズ君は優しく、だが強い口調で話す。
 その瞳があまりにも真っ直ぐだったから私はなにも言えなかった。
「ライズ…」
 ライズ君の思いを察したのか、お母さんは慌てて町人の群れの中に戻ってくる。
 あなたはなにも言わず、その場に立ち竦んでいた。このことに関しては口を出すつもりはないようだった。
 そしてラウル君はまだライズ君の意図がつかめず、困惑したまま動けないでいた。
 そんなラウル君にライズ君は優しくほほ笑み、
「俺はこの町の住人になるよ」
 高らかにしっかりとした声で言った。
 その言葉にラウル君が町の人たちの動きが止まった。驚きのあまり動けないようだ。
「許しませんっ!」
 駆け寄ってきたお母さんがキッパリと言った。
「そんなこと許しませんよ、ライズ!」
 有無を言わせぬ強い口調にもライズ君はひるまなかった。
 彼の決心の方がお母さんの思いより強いのだ。
「ライズ、あなたはまだ生きているのです。生きている者には生きる義務があります。ここで生を途絶えることは許しません」
 どんなにお母さんが正論を説いてもライズ君には意味がない。もう彼を止めることは出来ないのだ。
「母さん、俺の人生は俺のものです。生も死も自分で決めます。たとえ、それが"逃げ"や"償い"であっても俺は死を選んでしまったんです」
 ライズ君はほほ笑んだ。
 そのほほ笑みには全てを包み込む柔らかなものだった。
 彼の死は"逃げ"であり"償い"である。それらは良い感情ではないし、ライズ君の選択は正しいものでもない。
 ただ彼はそれらを全て包み込み、それを洗浄させていた。ライズ君の死はきれいなものになっているのだ。
 お母さんがそんなライズ君を見て一粒の涙をこぼした。ライズ君の気持ちが嬉しいのか、悲しいのか。私にはわからない。
 お母さんは息子の気持ちを受け止め、優しくほほ笑んだ。ライズ君の死を許したのだ。
「ライズ君」
 私もほほ笑んだ。
「フィーラさん、ありがとう」
 涙をこぼしながらライズ君は礼を言った。
「フィーラさんなら俺の死を許してくれると思いました」
「人生は一つじゃないわ。ライズ君みたいな人生もあっていいと思うわ」
 私の言葉にライズ君は嬉しそうに笑った。そしてペコリとお辞儀をすると町人の中を抜けて真っ直ぐラウル君のもとへ向かう。
「兄ちゃん…」
 ラウル君は情けない声を上げて泣き出した。
「ダメだ!兄ちゃん。俺は許さない。絶対許さない!」
 涙でグチャグチャになったラウル君の顔をライズ君は愛おしそうに見つめる。
「ごめんな、ラウル。俺、耐えられないんだ。このまま町の人を置いて、どこかの町で安息な日々を暮らすことが。俺、弱いからそんなことをしたら気が狂っちゃうよ」
 優しく言うライズ君にラウル君は弱々しく頭を振るだけだった。
「おまえは強いよ。だから過去の罪悪感を振り切って前へ進めるさ」
 そっとラウル君の頭を撫で、ライズ君はラウル君に背を向けた。
「フィーラさん。ラウルをよろしくお願いします」
 ライズ君の頼みに私は頷く。
 ライズ君はもう一度頭を下げた。
「兄ちゃん!」
 ただならぬ兄の態度にラウル君は兄にすがりついた。
「ラウル…」
 満面の笑みをたたえ、ライズ君はラウル君を突き飛ばした。
 ラウル君の体は私のところへ飛ばされてきた。
 私はラウル君の体をつかみ、町の外れへ走り出した。
 ラウル君は体に力を入れず、顔と手だけをライズ君の方へ出していた。
 しかしその手がライズ君に触れることはもうないのだ。
 ズシャッー!
 後ろで奇妙な音が聞こえたと共に、
「うわぁぁ!」
 ラウル君の叫びが耳を貫いた。
 私は顔を涙で濡らしながら、ラウル君を強く抱きしめ町の外れへと走っていた。
 後ろを振り返ることなく…



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