雪降る聖夜に4
今日も雨。最近雨ばかりで嫌になる。
雨は嫌い、大嫌い!!
あの日を思い出してしまうから。クリスマスの絶望と悲しみに彩られた雨を…
あれから約1年が過ぎようとしている。
初めは悲しみのあまり、学校に行く事も出来ずに部屋に閉じこもって泣いていた。
幸太郎が心配してくれて、毎日明日香を迎えに来てくれたっけ。
そんな幸太郎のおかげか、いつの間にか学校に通えるようになって元の生活に戻っていった。
平太を1日で思い出す割合や泣く回数が段々と減っていく。
自分は薄情だと思う。あんなに好きだった平太のことを忘れようとしているのだから。
でも忘れなければ生きていけない。あんなに大きな傷を負ったまま何もなかったかのように笑えはしない。
しかし、どんなに時が経っても癒えない部分もあると思う。私と幸太郎の中に、それは確かにある。
教室の窓から屋上を見上げる。
雨が降り注ぐ屋上には誰もいない。
だけど、あの日は確かに2人がいた。
澄み渡る青空の下、2人は退屈な授業を抜け出して屋上でさぼっていたのだ。
それを自分は羨ましそうに眺めていた。自分も彼らの仲間になりたかった。
勇気を振り絞って屋上の扉を開けた時のことは今も鮮明に覚えている。
「2年B組、草薙 明日香です!仲間に入れてください!!」
扉を開けるなり、勢い込んで叫んだ明日香を幸太郎は驚いて、平太はいつものボーとした顔で見ていた。
「2人のことは教室からいつも見てました。ずっと一緒にさぼりたいと思ってたんです!」
明日香の言葉を聞いて、平太はチラリと明日香の教室へ視線を走らせる。なるほど、明日香の教室から屋上はよく見えるみたいだ。
「悪いけど、別に俺らはつるんでるわけじゃないんだ。仲間になりたいと言われてもな」
最後は平太にかけられた言葉だったが、平太はいきなりの闖入者を気にすることなく居眠りを再開しようとする。
「おい、寝るなよ」
幸太郎に起こされ、平太は不機嫌そうに幸太郎を睨む。自分には関係ないと思っているのだろう。
「…来ちゃ駄目ですか?」
歓迎されていない様子を見て、明日香は少し潤んだ瞳で2人を見つめる。
「えっ、そんなことないけど…まいったなあ…」
女の子の涙にからきし弱い幸太郎が困ったように頭をかく。
仲間に入れてくださいなんて言われても、別に幸太郎と平太は特別な仲間意識を持ってさぼっているわけではないのだ。
たんにさぼりたい時に屋上に行くと相手がいるだけで約束もしてないし、そもそも2人は友達でもない。
しかし、明日香がそれを期待しているのが目に見えているだけに幸太郎は何と答えればいいのかわからなかった。
「どうするよ、平太」
どう言えばいいのかわからない幸太郎は、明日香の対応を平太に委ねる。
「…別に来たければ来ればいい。来たくなければ来なければいい。ここは俺たちだけの場所じゃないからな」
勝手にしろと平太は冷たくあしらう。幸太郎はその言い方に明日香が傷つくのではないかと心配したが、明日香は嬉しそうに目を瞬かせる。
「じゃあ、じゃあ。私ここに来ていいんですね!!」
前向きに明日香は平太の言葉をとらえたようだ。幸太郎は明日香の鈍感さに目を丸くする。
「ありがとう!!」
明日香は笑顔を浮かべ、2人の隣りに腰を下ろす。
幸太郎は肩をすくめ平太は目を閉じ、2人はもう何も言わなかった。
「いい天気だな」
ポツリと呟き平太は眠りに入る。
明日香は平太の言葉に心の中で頷き、空を仰いだ。
初めて2人と一緒にさぼった空は高くて明日香を爽快な気分にさせてくれた。
青い青い空に囲まれて、いつまでも3人で授業をさぼっていられると信じていたあの頃。
今はその青空も鉛色の雲と大粒の雨に隠れて見えない。
きっと、もうあの青空は永遠に失われてしまったのだろう。
今見る屋上は教室が違うせいか、いつもの輝きがなくなっていた。
今日は屋上ではなく、屋上に続く階段前で明日香を待つ。
クリスマスイブの10日前の今日から、鏡の世界とこっちの世界が通じるようになるとかいうわけのわからない噂が本当なのか確かめるためだ。
くだらないと思いつつ、幸太郎は明日香に逆らうことが出来ずにいる。女の子に弱いところが幸太郎の弱点と言えよう。自分自身、それがわかっているから余計に辛かったりする。
「幸太郎!!」
幸太郎とは正反対にご機嫌な様子で現れたのは明日香だ。
はやる気持ちを抑えきれずに走ってきたのか、息が少し弾んでいる。
「さあ、はやく行こう!」
息を整えることもせずに、明日香は先に立って階段を昇り始める。
どうして、あんな噂にここまで張り切れるのか幸太郎にはわからない。女の子とは元来噂好きだと言うが。
諦めたように溜息をつき、幸太郎も明日香に続く。
一気に階段を駆け昇った明日香はすでに踊り場にたどり着いていた。
キラキラと輝く子供のような瞳で鏡を除き込む。
「っ!」
するとその表情が途端に強張りついた。
信じられないものを見たかのように硬直する明日香に幸太郎は訝しげな表情を浮かべる。
まさか、本当に鏡の中に別の世界が広がっていたのかと言うのだろうか。
明日香のただならぬ様子に幸太郎は足を速めた。
「…嘘」
ゆっくりと首を振り、明日香は後ずさる。
ガクンと突然明日香の体が傾く。階段に足を踏み外しバランスを崩したのだ。
「っ!!」
「「危ない!!」」
2つの声が同時に響く。
だが、階段から転げ落ちようとする明日香の体を抱きとめたのは幸太郎だった。
幸太郎は同時に叫んだ声に違和感を覚えた。どこかで聞いた声、それにその声はどこからしたんだ…
ガクガクと震えている明日香は幸太郎の体にすがりつきながらも鏡から視線を外さない。
まさか…
幸太郎は頭の中で思い浮かんだ考えを否定しながら、ゆっくりと鏡に視線を移した。
「っ!!」
そこにある人物の姿を捕らえて、幸太郎は絶句した。
「…平…太?」
声をあげることの出来ない幸太郎の代わりに明日香が震える声で呟いた。
そう、そこには死んだはずの平太がいた。
平太も驚いたように2人を見つめている。平太が感情を表情に浮かべるのは珍しいことだった。
しばらくの間3人は誰1人動くことも出来ずに見つめあった。
そんな3人を雨の音が静かに包み込んでいた。