雪降る聖夜に1





 突き刺さるような寒さの中を、恋人たちは暖めあうように肩を寄せ歩く。
 町中を流れるクリスマスソングが、そんな恋人たちのムードをさらに盛り上げている。
 12月初旬、恋人たちのメインイベントであるクリスマスがもうすぐやってくる。クリスマスのために、わざわざ恋人をつくる人がいるほど、このイベントに込められる期待は高い。
「もうすぐ、クリスマスだね」
 しかし、それとは無縁の者もいる。
 若い男女でありながら、肩を寄せるでもなく、色気も何もないコンビニで買った肉まんを食べている2人がそうだ。
「そうだな…」
 店に飾られたサンタクロースを横目で見ながら、興味なさそうに返事をするのは森崎 平太(もりさき へいた)だ。
「あっさりだね、平太。健全な高校生男子なんだから、もう少し関心を示したら?」
 チラリと平太を見て草薙 明日香(くさか あすか)は言うが、本人もクリスマスには興味がない。興味がないというより、恋人がいないから関係ないと言ったほうが正しいかもしれない。
「全然興味ないな…」
 ムシャムシャと機械的に肉まんを頬張りながら、平太はつまらなさそうに呟く。
 別にクリスマスがつまらないのではない。彼は普段から常につまらなさそうに生きているのだ。
 無造作に伸びている髪は目が隠れるほどまであり、クシさえ通していないのではないかと思うほどボサボサだ。生気のないボーとした目に、肩を丸めゆっくりと歩く姿はダラリとした印象を与える。
「平太らしいや」
 平太の答えが予想通りで明日香は満足そうに笑顔を浮かべる。
 平太とは対照的に明日香は活発そうに見える。動きやすそうなショートの髪、意思の強さを思わせる眉やイキイキと輝く瞳が彼女から明るい雰囲気を感じさせた。
「平太はクリスマスに予定はないんでしょ?」
 ほぼ断定的に聞いてくる明日香に、平太は当然とばかり頷く。
 平太は予定や約束をするのが嫌いで、昔から遊びに誘ってくる友人を断り続けていた。
 本人いわく、「破るかもしれない約束は出来ない」だそうだ。
 別に破るつもりはなくても、何かしらの事情や事故などで約束を守れないかもしれないという無茶苦茶な理由で平太は約束をしないのだ。
 明日香にはそんな平太の考えを理解出来ないが、いかにも平太らしいので何故か納得してしまう。
 だから平太をどこかに誘ったりしないし、約束もしないのだが、なにせ今回はクリスマスだ。
 平太に想いを寄せる明日香としては、何としてでも平太と過ごしたい。
「じゃさ、今年のクリスマスは私と過ごそうよ」
「やだ」
 あっさりと断られてしまった。
 それでも明日香は諦めなかった。平太のことだ、2回や3回断られるのが普通という気持ちで挑まなければ!
「でもさ、クリスマスっていったら、正月と並ぶ最大イベントだよ!そんな日に一人ぼっちなんて淋しいじゃん!」
 肉まんが変形するほど強く握り締め力説する明日香だが、平太は聞いてるのだか聞いてないのだかわからない顔で肉まんを食べ続けている。
「平太、聞いてる?」
「あんまり」
 平太の答えにガックリと明日香は肩を落とす。敵は予想よりも手強かった。
「…じゃあ、もしもクリスマスの日に暇してたら平太のところに電話していい?」
 半ば諦めて、それでも少しだけ悪あがきをする明日香に、平太は少し困ったように眉をひそめる。
「もしもだよ!もしもの話だから…」
 捨て犬のような目で見つめられて、平太は無視することが出来ずに溜息をつく。
「…もしもだぞ」
「やったあ!!」
 ついに折れた平太に明日香は喜びの声を上げる。
 あの何があっても約束事をしたことがない平太が約束してくれた。それはもしもという仮定つきだが、平太の性格上それを破ることはまずないと考えて良かった。
「ねえねえ、平太。私ね、欲しいプレゼントがあるんだけど」
 勢いづいて話す明日香に平太は苦笑する。もしもの話がプレゼントまで用意しなくてはならないようだ。
「何が欲しいんだ?」
 あまり高価でない物なら買ってあげてもいいかもしれない。そう思って平太は聞くが、
「雪が欲しい!」
「…」
 明日香の答えに絶句してしまう。
「せっかく、平太と過ごすクリスマスだもん。ホワイトクリスマスにしたい!!」
 ウキウキと笑顔を浮かべる明日香とは対照的に平太は呆れたような目で明日香を見下ろす。
 どうやったら、雪なんてプレゼント出来ると言うのだろうか…
「平太は何か欲しい物ないの?」
 無邪気に聞かれて平太は戸惑う。欲しい物なんて平太には何も思いつかない。
「…その時に欲しい物、かな?」
 考えたあげく、とんちんかんな答えになってしまった。
「そっか、それじゃあ、考えといてね」
 明日香はそんな平太の答えを予想していたのか、笑顔で頷く。
「あ〜、楽しみ。はやくクリスマス来ないかな!!」
 心底楽しそうに明日香は凍える空を見上げる。
 平太もつられて空を見上げた。
 そこには雲ひとつない青空が広がっている。
「いい天気だな」
 ポツリと呟く平太に明日香は大きく頷いた。
 明日はもっといい天気になる。
 そしてクリスマスにはきっと雪が降る。
 2人の上に真っ白い雪が降り注ぐのだ。



『next』     『novel-top』