Sweet Drop6





 それから私は晋と沙紀を徹底的に避けた。
 自分が避けることを望んだのか、それとも避けたくないのかそれすらもわからない。
 ただ、2人がそろって視界におさまるのが理屈ではなく嫌だった。
 沙紀は泣きそうな表情を向けてくるけれど、それが晋に選ばれなかった私に対しての憐れみに感じてしまう。沙紀はそんな子じゃないけれど、私の汚い心が全てを悪いほうへと転がしていく。
 晋が怒ったような目をして見てくるのも、私が沙紀を悲しませているせいなんだ。晋は沙紀と一緒じゃない私なんて、どうでもいいんだ。
 全てが悪い方向へ進んで行く。
 抜け出したい、この悪夢から。晋の好きな人なんて知りたくなかった。晋の好きな人が沙紀でなかったら、こんなに傷つかなかったのに。
 わかっているよ。悪いのは全部自分だって。この状態を打破することが出来るのは、私自身だけなんだ。
 でも、誰か助けて欲しい。
 だって、わからないもん。この悪夢から逃れる方法が。
 暗い暗い闇の中で私の心が泣いている。
 醜いよ、汚いよ、私の心。

 4時間目が終わり、昼休みになった。
 私は席を立ち、教室を出る。
 晋と沙紀を避けてから、お昼は1人で取るようになった。
 今日はどこでお昼を食べようかと思案しながら歩いていると、
「藤村さん」
 木塚君に引きとめられた。
 話の内容が想像でき、立ち止まりたくないなと思いながらも仕方なく立ち止まる。
 振り返ると、戸惑ったような表情の木塚君がいた。
 他人のことには干渉したくない木塚君のことだから、本当は私のことも首をつっこみたくないのだと思う。
 だけど、あまりの私たちの険悪な態度を見かねたのだろう。
「話があるんだけれど、あまり人の来ない所に行こう」
 有無を言わせない口調に木塚君の憤りを感じた。本当は、こんな役目をしたくはないんだろうね。
 私の返事を待つことなく、木塚君は誰も来なさそうな特別教室に入っていく。
 木塚君に逆らうことが出来ず、私も大人しくついて行く。
 ドアを閉めると、木塚君が机の上に座り困ったように首をかく。
「単刀直入に聞くけれど、藤村さんはどうして晋と松原さんを避けているわけ?」
 聞きたくなさそうに聞いてくる木塚君に同情しながらも、私は答えなかった。
 頭の良い木塚君に理由を話したら、きっとバカにされると思う。そもそも、話したくないし。
 黙り込む私を見て、木塚君がわざとらしく溜息をつく。
「藤村さん、はっきり言って俺だって聞きたくないよ。だけど、晋と松原さんが可哀想だしね。それに2人で落ち込まれるとうっとうしくて仕方ない」
 おそらく後半の言葉が本音なのだろう。木塚君は悪びれた様子もなく、自分勝手な本音を漏らす。
「晋と松原さんが励ましても、藤村さんの態度は変わらないし。放って置いたら、どんどん悪化すると思うし」
 木塚君の言っていることは正しいと思う。晋と沙紀がいくら私を励まそうとしても、私の気持ちは浮上しない。だって、あの2人は当事者だから。
 かといって、放って置かれたから、私はきっと自分を追い込んで、もう二度とあの2人と前のように接することが出来なくなっていくだろう。
 だけど、それがわかっていても私はこの気持ちを誰にも打ち開けることが出来ない。
 うつむいてしまった私に、木塚君は視線を宙に逸らし、難しい顔で考え込んでしまった。
 そして、諦めたように瞳を閉じ、重い口を開く。
「藤村さんが2人を避けている理由は晋だろう」
 断定的な口調で言い当てられ、私がはっとして木塚君を見つめると、木塚君はさっと目を逸らした。
「俺がこんなことを言って失礼かもしれないけれど、藤村さんは晋を好きだろう」
 気まずそうに木塚君が言う。
「なんで、知ってるの?」
 顔面蒼白な私に、木塚君が苦しそうに息を吐く。
「見てればわかる」
 明白な答えに私は笑ってしまった。
 じゃあ、木塚君は私が晋を好きなことを知っていて、ずっと2人を避けている忌まわしい私を見ていたんだ。
「晋が沙紀のことを好きなのも見ててわかる?」
 私の質問に木塚君の表情が歪む。
「…わかるよ」
 少し間を置いて木塚君が答える。
「そうなんだ」
 木塚君は気づいている。私が沙紀に嫉妬していることに。
 急に心の底から黒い感情が湧き上がってくる。妙におかしかった。木塚君に全てを見透かされている自分が愚かに思えた。
「藤村さん、黙っていても晋は藤村さんの気持ちに気づかないよ。他人のことには敏感なくせに、自分のこととなると鈍感なんだ」
 そんなの木塚君に言われなくても知っている。ずっと晋を見ていたから。
「今のままじゃ、どんどん悪くなっていくばかりだよ。いっそのこと告白したほうが…」
「うるさいっ!!」
 勝手なことを言い続ける木塚君に腹が立つ。それが正しいとわかっているから余計に。
「…」
 教室に響き渡る私の叫びに、木塚君が呆気にとられたように動けないでいる。
「わかってるよ。そんなこと。私1人が悩んだって解決できないし、誰もわかってくれないこと。でも、私が告白して何になるの?晋は沙紀のことが好きなんだもん。ふられるだけじゃない!」
 完全なやつ当たりってことはわかっている。でも止められない。今までなかった気持ちの行き場が木塚君に向かっていく。
「木塚君がいけないんだよ。木塚君が沙紀と恋人同士だったなら晋だって沙紀のこと好きにならなかった」
 私の言葉に木塚君ははっきりと嫌悪を示す。
「沙紀の気持ちにも気づいていたんでしょ?」
 私と晋の気持ちに気づいて、沙紀の気持ちに気づかないわけがない。私が確信を込めて聞くと木塚君がはっきりと頷いた。
「ほらね。木塚君はみんなの気持ちを知って楽しんでるの?みんなが真剣に思い悩んでいるのを鼻で笑っているんでしょう?」
 思いっきり意地悪そうに微笑んでやる。木塚君が私を軽蔑して、嫌いになるくらいに。
 なんのために?そんなのわからないよ。ただ言葉が止まらない。
 本当はそんなこと思っていないよ。木塚君がそんな人じゃないの知っているよ。
「藤村さん、やめなよ」
 気持ちとは裏腹に悪態をつく私を木塚君がゆっくりとした口調で収める。
 木塚君は怒っていなかった。反対に優しい瞳を向けてくれる。
「そんなことを言っても楽にはならない。逆に辛くなるだけだよ」
 木塚君は気づいていた。さっきの悪態が私の本心ではないことに。
 気づいてくれた嬉しさと恥ずかしさに、自己嫌悪に陥っていると、木塚君が机から降り、私に近づいて来る。
「やっぱり告白したほうが良いと思うよ。きっとすっきりする」
 うなだれる私の前で、木塚君は勇気付けるように微笑む。
「晋はきっと藤村さんの気持ちをバカにはしない。他に好きな人がいても藤村さんを傷つけたりはしないよ」
 藤村さんもわかっているでしょうと瞳で問いかけられ、私は深く頷いた。
 知っているよ、晋が優しいこと。晋は私を決して傷つけない。
「ごめんね、藤村さん。第三者の俺が余計な首つっこんでさ。でも、晋のことをわかって欲しかったから」
 謝る必要のない木塚君が、私に気遣って謝ってくれる。悪いのは全部私なのに。
 木塚君は言いたいことを言ってすっきりとした表情で、教室を出て行った。
 取り残された私は、結局木塚君にありがとうもごめんなさいも言えなかった。
 きっと、言わせてくれなかったんだと思う。
 厳しい木塚君だから、気持ちは行動で示せって声もなく言っているんだ。
 だけど、私にはまだそんな勇気も出なくて、ふられるのが怖くて、立ちすくむだけ。
 臆病な心が動き出せずに、ただ震えていた。



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