Sweet Drop4





 どうしても晋のことが頭から離れなくて、私はみんなが帰った放課後、1人教室で数学の居残りをしている晋に近づいた。
「どうしたんだよ、茜」
 私の姿を見つけ晋は数学のプリントから頭を上げ、声をかけてくる。
「1人淋しく居残りしている晋に差し入れを持ってきてあげたのよ」
 事前に考えておいた理由を言い、私は晋の机にチョコレートを落とす。
 ボトボトと私の掌から落ちるチョコレートを見て、晋が歓喜の悲鳴を上げる。
「助かる!頭を使うと甘い物が欲しくなるんだよな」
 晋はシャープペンを放り投げ、チョコレートに飛びつく。1つ、口の中に入れると、途端にとろけるような表情になる。
「っうまい!!」
 力を込めて叫ぶ晋に自然と笑みが浮かぶ。
 私は晋の机の前の席に横座りして、喜々としてチョコレートを食べ続ける晋の表情を見つめ続けた。
 露骨に見つめすぎたのか、晋が不思議そうな表情で見返してくる。それでも口はしっかりと動いているけれどね。
「なによ」
 気まずくなって、ぶっきらぼうに聞くと晋が何か閃いたかのように大きく頷く。
 そして、ポケットをあさり、
「ほら」
 今朝食べていたビー玉のような飴玉を差し出してくる。
 突然差し出された飴玉をきょとんとした表情で見る私に、晋が首を傾げる。
「茜も甘い物を食べたくなったんじゃないの?」
 晋は私が甘い物を食べたくなったから、チョコレートを食べている自分を見つめていたのだと思ったようだ。
 私は本当のことを言うことも出来ず、黙って飴玉を受け取る。
 もらった飴玉をじっと見つめ、
「どうして、この飴玉が好きになったの?」
 ポロリと胸につかえていた疑問を口に出してしまった。
 ハッと気づいた時にはもう遅く、すでに晋の耳に届いた後だった。
「ほら、だって晋って炭酸系の飴よりもフルーツ系の飴のほうが好きじゃない」
 言わなきゃいい後付けまでポロポロと口からこぼれてしまう。乱れてしまった私の心を見透かされないかと晋のほうを見ると、晋は特に気にした様子もなかった。
 ラップされたチョコレートをもてあそびながら、話そうか迷っている感じだ。
「晋?」
 なにをそんなに迷うのか。私には言えないことなの?
 自分でも驚くほどの不安そうな声に、晋が驚いたように顔を上げる。
「別にたいしたことじゃないけどさ…」
 私の聞きたくて仕方ないという顔を見て、話す気になったのか晋が重い口を開く。
「俺はさ、背が低いし、女みたいな顔してるし、甘い物が好きだから、よくクラスの奴らにおまえは男じゃないってからかわれるんだ」
 どこか自嘲気味の晋の声に、晋がからかわれていることを気にしていることに始めて気づく。いつも笑い飛ばしていたから、気にしていないと思っていた。
「それが俺の中ではコンプレックスになっててさ。いつもなら、笑って流せるんだけれど、イライラしている時とか調子悪い時は、自分ではどうにもならないくらい落ち込む」
 晋は床を見ながら話し続ける。視線が私の方を向かないのは、きっと私の反応が怖いからなんだ。
 本当は私が聞いてはいけないのかもしれない。でも晋のことなら、どんな暗い部分も知っていたい。
 私はじっと息を潜めながら、晋の話を聞き続ける。
「落ち込んでる姿を偶然人に見られたんだ。その人に落ち込んでる理由を話した。笑い飛ばして欲しかったんだ。そんなの俺の柄じゃないだろって」
 力なく微笑む晋の目が、その人のことを思い出して柔らかくなる。
 あ、嫌だ。
 モヤモヤとした感情が心の中に広がっていく。
「でも、その人は俺の不安を受け止めてくれた。そんで励ましてもくれた。その時、元気出してってこの飴玉をもらったんだ」
 晋はやっと私を見つめ、私の手の中にあるソーダ味の飴玉を愛しそうに見つめる。
 私は飴玉に嫉妬してしまう。だって、そんな瞳で見つめられたことない。
 胸が騒ぎ立てられる。晋の瞳に、晋の気持ちが透けて見えた。
「それって…」
 女の子?と聞こうとして、私は口を閉ざした。
 怖くて聞けなかった。
「やっぱ、おかしい?」
 私の暗い表情に晋が勘違いしたのか、苦笑いしている。
「ち、違うよ。おかしくなんてない!」
 晋に誤解されたくなくて、必死で弁解すると、
「そっか?」
 不安をあらわに晋が聞いてくる。
「そうだよ!」
 いき込んで頷くと、晋がほっとした表情になる。
「茜なら、そう言ってくれると思った」
 晋の言葉がちょっとだけ嬉しかった。私って信用されているんだね。
 晋の話は別におかしいと思わなかったし、それで私の想いが変わることもない。
 ただ、晋の言う「その人」がすごく気になった。
 「その人」はきっと晋にとって特別な人なんだね。
 ずるいよ。私が晋のこと「その人」よりもはやく励ましていれば、私が特別になれたのに。
 ただの順番で「その人」が晋の心を捉えてしまったのが、悔しい。
「ほら、飴玉食べろよ」
 照れ隠しに晋が飴玉を進めてくる。
 本当は食べたくなかったけれど、仕方なく飴玉を口の中に放り込む。
 すると、口の中に炭酸のシュワシュワとした感覚が起きて、ツキリと痛んだ。



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