Sweet Drop3





 暗く沈んだ気持ちを抱えたまま、数学の授業を向かえる。
 始めに先生が宿題をやっているか生徒1人1人をチェックするために、わざわざ生徒の机を回る。
 私はノートを広げ、ボーと前に座っている晋の後姿を見ていた。
 今日の飴玉のことや宿題のことなど、つまらないことに心が引っかかっていた。
 思い込むと頭から離れない性格だから、どんどん沈み込んでしまう。
 晋は私のことをどう思っているんだろう?
 たどり着く先は、いつもこのこと。晋の気持ちが気になって仕方なかった。
 先生が回って来て、慌てて視線を下に落とす。
 先生は私のノートを覗き込み、宿題がやってあるのを確認して通り過ぎて行く。
 ほっとして、私はまた晋を見つめる。
 視線が壊れたように晋を追いかけてしまう。
 そうして、先生が確認を終えて、授業に入っても私は晋に見入っていた。
 先生が生徒を当て、宿題の答えを発表させている。
 沙紀と答え合わせしたのだから、どうせ正解しているだろうと思い、私はろくに聞いてもいなかった。
「じゃあ、次の問題を…竹岡!」
 だから、先生が晋を指した時には、晋以上に驚いてしまった。
 晋は勢い良く椅子から立ち上がり答える。もちろん、沙紀の答えだから正解していた。
「竹岡が正解するなんて珍しいな?」
 先生が感心したように言うと、
「はい!見せてもらったから!!」
 褒められたことに気を良くした晋が元気に答える。
「…」
 教室中が静まりかえった。
「…そうか、見せてもらったのか」
 先生がニコニコと晋を見つめるが、目は笑っていない。
 晋は、やっと自分が犯した失敗に気づいたのか、慌てふためくがもうすでに遅い。
「竹岡は今日放課後居残りだな」
「そ、そんな〜」
 ガックリと肩を落とす晋に、みんなが笑い出す。
 私もさっきまでの暗い気持ちをよそに笑い出していた。
 やっぱり、晋が好きだな。

 その日のお昼は、晋の愚痴を聞きながらになった。
「なんで、俺が居残りしなくちゃいけないわけ?」
 パンをちぎりながら、ブチブチと文句をこぼす。
「自業自得だろうが」
 木塚君は聞いていないようで、しっかり的を射た言葉を言うので、晋は言葉に詰まって何も言えなくなる。
「そうだけどさ」
 すねたように晋は、ちぎったパンを口の中に放り込む。
 晋は、いつもお昼は菓子パンだ。甘い物が苦手な木塚君にとっては、主食まで甘いなんて気が触れているらしいが、甘い物好きな私には逆に羨ましかったりする。
 私は、お母さんが食生活にうるさいので、カロリーやバランスのとれたお母さん特製のお弁当を食べている。ちょっと物足りないけれどね。
「茜のお弁当って、色鮮やかだよね」
 沙紀が羨望の眼差しでお弁当を見てくる。沙紀は、料理好きだけあって、お弁当も自分で作ってきている。
 沙紀は本当に女の子らしい。私も見習わなくちゃいけないんだろうけれど、どうも不器用なのよね。
「沙紀だって充分色鮮やかよ。自分で作れるんだから、すごいわよね」
 細かく私のお弁当をチェックしている沙紀に感心しながら、私には絶対まねが出来ないことだと思った。
「松原さんは茜と違って女の子らしいんだよ」
 パンを食べ終わり、手持ち無沙汰の晋がニヤリと笑う。
「なによ!私だってやれば出来るんだからね!」
「へぇ〜。嘘は言わないほうがいいんじゃないの?」
 つい売り言葉に出来もしないことを言ってしまうと、晋が憐れむような目で見つめ返してくる。
「晋みたいに本当のことを言って居残りさせられるよりかはいいんじゃないの」
 プイッと横を向き、負けずに言い返すと、居残りのことで相当腹を立てていた晋が目つきを鋭くする。
 あ、やばい。本気で怒ったかな。
 まずかったかなと思い、チラリと晋を見ると晋は完璧にふてくされてしまったようだ。
「…」
 黙り込んでしまった晋に、私たちの間にも沈黙が流れる。
 謝ったほうが良いんだろうけれど、素直に謝ることも出来ない私と晋を沙紀が困ったように見ている。木塚君は完全に無視したままだ。
「あ、そうだ!私、クッキーを焼いてきたんだ」
 沙紀が思いついたかのように手を打ち、カバンからクッキーを取り出す。
「みんな、食べてね」
 机に並べると、
「いっただきま〜す!!」
 真っ先に晋が手を伸ばした。
 た、単純…
 その変貌振りに声も出ない。
「さすが、松原さん。すごくおいしいよ」
「ありがとう」
 バクバクとものすごい早さで晋はクッキーを食べていく。唖然とその姿を見ていると、
「おい、茜。早く食わないと残りがなくなるぞ」
 さっきのことなど忘れた素振りで晋が1枚のクッキーを差し出してくる。
「うん…」
 気を使ってくれているのかなと私は差し出されたクッキーを素直に受け取り、口に運ぶ。
 クッキーはサクッとしていて、口の中に入れると甘みと共に溶けていく。
 おいしくて、幸せ〜!
「おいしいか?」
 私のトロ〜ンとなった顔を見て、晋が嬉しそうに笑いながら聞いてくる。
「もちろん!沙紀のクッキーだもん」
 つられて笑うと、もうすっかり元の2人に戻っていた。
 こういう時、やっぱり晋って好きだなって思う。
 雰囲気を柔らく出来ることって、すごいことだよね。
「あの…木塚君も食べて」
 おずおずと沙紀が机に広げたクッキーとは違う物を木塚君に差し出す。
「悪いけれど、俺は甘い物が苦手だから」
「これは、そんなに甘くないから!」
 断れても、沙紀は珍しく食い下がる。
 いつもと違う沙紀の様子にちょっと驚いた。晋も食べる手を止めて2人を見ている。
「甘さひかえめに作ったから…」
 沙紀も無理強いしているのではないかと思って、弱々しく語尾がかすれていく。顔を真っ赤にしてうつむいてしまった沙紀に、木塚君が私たちを交互に見て助けを求めてくる。
 晋は「食べてやれよ」とでも言うように、視線を強める。私も晋の考えに頷き、木塚君は諦めたようにクッキーを1枚食べる。
 食べた瞬間は嫌そうだったが意外においしかったらしく、木塚君はもう1枚食べ、
「本当だ。甘くなくておいしいよ。ありがとう、松原さん」
 柔らかく微笑み、沙紀にお礼を言った。
 沙紀は木塚君の言葉に感激して、赤い顔をさらに赤くして喜んだ。
 なるほどね…
 私は沙紀の様子を見て、沙紀が木塚君のことを好きなことに気づいた。いつから好きだったのか、沙紀のことだから、ろくにアプローチも出来ないでいたのだろう。
 でも、これはばれるよね。
 ちょっと勇気を出してみたのだろうけれど、これは結構露骨だと思うよ。
 晋はポーカーフェイスを保っているかのようだけれど、普段いつも笑ってばっかりいるから、かえってポーカーフェイスのほうが不自然だった。
 木塚君はまんざらでもない感じでクッキーを食べている。
 案外うまくいくのかも。
 でも沙紀に彼氏が出来たら悲しいなあ。私のほうは、うまくいかないと思うし。
 チラリと晋を見つめ、私は軽い溜息を吐いた。



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