Sweet Drop2
勝利の牛乳を手にした晋が嬉しそうに顔を緩める。
「今日は晋の勝ちか」
勝敗の行方を気にしていた木塚君は、晋の勝利を目にして残念そうな声を出す。
「近頃連敗続きだったから、今日は負けられねーよ」
晋は牛乳パックにストローを指し、Vサインをつくる。
「あーあ、今日勝てば5連勝だったのに」
「残念だったね、茜」
大げさに溜息をつく私に、沙紀が優しく励ましてくれる。沙紀ってやっぱり良い子だよね。
「沙紀、私悔しい」
優しさに甘えて、沙紀に抱きつくと、沙紀はよしよしと頭をなでてくれる。
晋はそれを無視して、一気に牛乳を飲み干すと、グシャリとパックを握りつぶす。
「ごっそーさん」
そのままゴミ箱を投げつけて、見事パックはゴミ箱の中に命中。
「おまえ、行儀悪いぞ」
「入ったからいいじゃん」
木塚君が注意しても晋は悪びれもなくニッコリと笑う。その笑顔は晋の必殺技で、向けられると誰も文句が言えなくなっちゃうんだよね。
「…まあ、いいけどさ」
ほら、木塚君ももう何も言えない。
「口直し、口直し」
晋もそれがわかっているから、木塚君を相手にすることなく、次の動作に入っていた。
晋は鼻歌を歌いながら、ポケットから数個の飴玉を取り出す。
「!」
その時、私の目は光った。まるで獲物を狙うハンターのように、私は晋に気取られることなく素早く背後に回り、
「もらった!!!」
サッと目当ての飴玉を取り上げる。取り上げた飴玉は晋のお気に入りのオレンジロール。ミルクとオレンジ味の飴玉が一緒に巻いてあるものだ。
見たところ、オレンジロールは私の手の中にある1つだけ。晋の悔しがる顔を想像し、意地悪く微笑むと、
「ああ、やるよ」
予想に反して晋はあっさりとしたものだった。
「…どうして!?これ、晋のお気に入りの飴玉でしょう?」
オレンジロールを晋の目の前に突き付けて聞くと、晋は私の企みに気づいたのか、目を細める。
「別にぃ、今のお気に入りはこれだからね」
勿体つけたように晋は、数個の飴玉の中から1つ取り上げる。
それは、昔からよくある変哲もないドロップだった。まん丸とした水色のビー玉みたいな飴玉。
「水色って何味だ?」
興味を示した木塚君が聞くと、
「水色はソーダ味だよ」
晋が上機嫌で答える。晋は飴玉を上に掲げ、透かす様に見てから、放り投げ、器用に口で受け取った。
「おいしいっ!」
ニッコリと必殺の笑みを浮かべる。ずっと晋を見ている私だからわかるけれど、これは計算してした笑みじゃない。自然の笑みだ。
「どうして、そんな飴がいいの!?普通の飴じゃない」
とてもこの飴玉が、晋が笑みを浮かべるような代物に見えなくて、抗議しても、晋は知らん顔するばかりだ。
今まで晋のお気に入りだったオレンジロールは、人気も高く、そこらの飴玉よりも味が格段に上だった。それなのに、晋はこんな甘いだけの飴玉のほうがおいしいって言う。
絶対に納得できないよ!!
「おいおい、たかが飴でケンカするなよ」
顔を歪ませムスッとしていると、木塚君が呆れながらも仲介しようとしてきた。
しかし、それは逆効果だよ。
「私はね、甘い物が大好きで命をかけているの!!たかが飴だなんて言わないでよ!!」
「そのとーり」
矛先を木塚君に変え、腹を立てると晋が援護してくる。
私と晋は極度の甘い物好きである。新作のお菓子をリサーチするのなんて当たり前。休みの日にはおいしいお菓子を求めて、店を渡り歩いたこともある同士だ。
「そりゃないよ」
仲直りさせようとした2人に責められ、木塚君は付き合っていられないとばかりに逃げていく。
「沙紀はわかってくれるよね?」
「うん、まあ…」
熱意のこもった問いかけに、沙紀は困ったように曖昧に頷く。
いいのよ、沙紀。あんたがお菓子作りが好きなのは知っているから。それだけで、私たちの仲間だからね。
「さーてと、そろそろ先生が来るよ」
予鈴すれすれの時間に気づき、晋も自分の席に戻って行く。
うまく話を逸らされた気にもなったけれど、それを問い詰める時間もなかった。
たかが、飴。みんな、そういうかも知れないけれど、なんか引っかかるんだよね。
こんなんじゃ、授業に身が入らないよ。
案の定、授業に身が入らなかった。
先生の言葉が右から左へと流れていき、全然頭の中に入ってこない。まあ、私の嫌いな日本史の授業だったからかもしれないけれどね。
1時間目の休み時間、次の授業数学の支度に取り掛かる。次の授業もきっと上の空なんだろうな。
パラパラと教科書をめくり、私は宿題があったのを思い出した。
もちろん、ちゃんとやってあるわよ。でも、答えがあっているか自信がない。
数学の先生は厳しく、宿題を忘れたならもちろん、宿題の答えが間違っていても罰を与える。
理不尽に思いながらも先生には逆らえない。仕方なく、私はいつも授業の前に数学の得意な沙紀と答えあわせをすることにしていた。
「茜、答え合わせしよう」
タイミング良く沙紀が声をかけてくる。
答えあわせと言っても私が沙紀の答えを見て、自分の答えが正解しているかを確認するだけなんだけどね。
嫌な顔1つせずに付き合ってくれる沙紀って、本当に良い子よね。
沙紀は私の机の前の席の椅子を借り座ると、机にノートを広げる。
沙紀が答えを読み上げ、私が自分の答えと比較していると、
「やべっ!宿題忘れた!!」
教室中に響き渡るでかい声が聞こえてきた。
晋の声だ。
「誰か見せてよ!!」
切羽詰った晋の表情をクラスのみんなが面白そうに眺めている。誰も自分から晋に宿題を見せようとする人はいなかった。だって、晋のうろたえた姿が面白いんだもん。
「あーあ、晋。先生厳しいよ〜」
見せてあげても良いけど、その前にからかわなくっちゃね。
意地悪そうに微笑むと、晋がむっとした表情になる。
「別に茜には期待してねーよ」
晋は私たちに近づいてきて、沙紀に向かってニッコリと笑う。
「松原さん、ノート見せて」
晋の子猫のすがるような目に沙紀はクスリと笑みを零す。
沙紀は甘いから、すぐ見せちゃうんだろうな。
「松原さん、晋を甘やかせちゃ駄目だよ」
沙紀が「いいよ」と言う前に、木塚君が釘を指す。
さすが、晋の保護者だけあって厳しいね。みんなが晋の笑顔に騙されて甘いだけかもしれないけれどね。
「ひどいよ、圭吾。俺に罰を受けろっていうのかよ」
「ああ、受けろ」
子猫の目のまま木塚君に抗議するけれど、一言で言い切られてしまう。
途端に晋は傷ついた表情になり、さめざめと嘘泣きをはじめた。
「圭吾のバカ!俺がどうなっても良いって言うんだ」
たかが、数学の罰でどうなるわけでもないと思うけどね。晋ってば大げさなんだから。
2人の掛け合いを見て、沙紀が楽しそうに笑う。いつも思うけれど、沙紀って2人を見ている時楽しそうだよね。
沙紀の様子を見て、晋にノートを見せるんだろうなと思っていると、
「いいよ、竹岡君。ノート見せてあげる」
予想通りに沙紀が晋にノートを渡した。
「やったー!ありがとう、松原さん」
飛び上がりながらノートを受け取った晋は、早速宿題を写しはじめる。
「あんまり甘やかしちゃ駄目だよ、松原さん」
高速でシャープペンを動かす晋を見て嘆息する木塚君に、沙紀は申し分けなさそうに目を伏せる。
「ああ、松原さんが悪いわけじゃない。晋が悪いんだから、気にしないでね」
落ち込んでしまった沙紀に木塚君が取り繕う。そうよ、木塚君。沙紀はナイーブなんだから、責めちゃ可哀想よ。
「そうそう悪いのは、宿題を忘れてきた晋なんだから」
「悪いのは、ぜーんぶ俺です」
悪ぶれた様子もなく、元気よく晋が手をあげる。少しは悪いと思いなさいよね。
「ううん、見せちゃう私も悪いよね。今度からは心を鬼にして見せないようにするよ」
沙紀は決心したように表情を引き締める。
「げっ!マジで」
大きく頷く沙紀に晋がショックで固まってしまう。そりゃあ、毎回沙紀のノートを当てにしていたからね。
「がーん、これから誰に見せてもらおう」
「少しは自分でやる努力をしなさいよ」
「俺が宿題をするわけないでしょ」
完全に人に頼っている晋に呆れて言うと、笑顔で一蹴されてしまった。
「しないんじゃなくて、出来ないの間違いじゃないの?」
しれっと言い返すと、木塚君も同意して頷いてくる。
「確かに晋には問題を解き明かす頭脳がないのかも」
「失礼だよ、あんたたち」
半眼で晋が睨みつけてくる。
「別に。本当のことだもん」
しらばっくれてあさっての方を見ると、晋はフンと鼻息をつき宿題写しに戻った。
チラリと晋の方を盗み見ると、晋が必死になって沙紀のノートを写している。
あんなに真剣な眼差しを向けてくれるなら、私が晋にノートを見せてあげたかったよ。
少しだけ沙紀のノートに嫉妬してしまう。
沙紀じゃなくて、私に見せてもらいに来てくれればいのに…
自分のことだから、素直にノートも見せられないんだろうけれどね。