A Lullaby3





1229年―まえぶれ

 急に大雨が降ってきた。それにあわせて風も強くなってきている。
「くそっ!」
 大雨を全身に受け、男は舌打ちをした。
 ついさっきまで絵に描いたような青空だったのに、今では暗雲が空一面に広がり、大量の雨を降らせていた。
 そのおかげで見晴らしは悪く、地面はぬかるみ、すっかり歩きにくくなってしまった。
 ただでさえ歩きにくい山奥の中が、ますます歩くにくくなっている。これでは無事目的地に到着できるかまで怪しくなってきた。
「どうせ、この大雨もあいつが仕組んだに違いねえ」
 男はぶつぶつと悪態をつきながら歩く。
 絶対、あいつの正体を暴いてやる!
 ギラギラと目を輝かせ、男は心の中でそう誓った。男にとってあいつとは忌むべき存在。存在すること事態許せない。
 もうすぐだ。もうすぐであいつのいる屋敷に着くはずだ。
 男は大雨と強風に負けそうな自分を叱咤する。
 すると急に目の前の木々が消え去り、景色が開いた。そこには屋敷がポツンと建っていた。
 大きく豪華な造りだが、そこには華やかさがなくひっそりという言葉が当てはまっていた。
 男は懐かしそうに屋敷を見上げたが、それはすぐ厳しいものとなった。
「行くぞ!」
 男は決意を込めた声を出し、屋敷に近づいて行った。
 その足跡を雨が流していき、山はまたもとの静寂を取り戻していった。

1225年―苦悩

 これは運命なのだ。
 そう運命だからどうしようもないのだ。これは神が決めたこと。どうにもすることができないこと。だから、しょうがない。しょうがないことなのだ。
 そう思うしかなかった。そう思い、諦めることしかできない。
 でもそう思えない。私の心の奥底に甘い期待が常に沈んでいる。もしかしたらという甘い期待が…
「シズ…」
 かたわらのベッドの上に寝そべっているシズを見て、アサミは深いため息をついた。
 今、シズは病気の治療を受けている最中で、地下室の機械部屋に寝かされていた。
 シズの体にはいろいろなコードが差し込まれている。これはシズの体を支える大切なシステムだ。
 週に一回、シズの体にこのコードを差し込まないとシズの体は機能を停止してしまうのだ。
 そうシズの病気とは名ばかりのものであって、本当は力を充電しているだけのものなのである。
 しかしシズはこのことを知らない。自分が機械であることを知らないのだ。
 その点、この機械は上手くできていた。外見は人間の形そのもの。まずシズを機械と見抜ける者はいないだろう。感情も知能もインプットされており、自分で考え、人間から外れた行動をとることもないのだ。
 しかしそんなシズにも一つだけ大きな欠点があった。それは成長しないことだ。これだけは、どんな技術を使おうとも無理だった。
 アズミはそれらのことを踏まえ、立派にシズの世話をこなしていた。
 山奥の屋敷には人が訪れることが滅多にないため、成長しないという点は気を使うこともなかった。
 テレビのアサミは成長していくため、アズミはシズと同じ年のアサミのビデオを何回も繰り返し見せていた。
 そのことを不審に思うシズの記憶の処置もしてある。
 アズミはただ祖父の力に感心するばかりだった。科学の力がなにもない時代に祖父はたった一人でシズという機械を完成させたのだ。まさに祖父は天才といえるだろう。
「同じ天才とはえらい違いだわ」
 アズミは呟き、苦笑した。
 自分も幼い頃、天才科学者と呼ばれていた。
 確かに自分は世に素晴らしい機械を発明させた。しかし、それはそこに機械を作るために必要な材料と人材があったからだ。
 もし材料も人材もないここでその機械を作れと言われたら、きっとできなかっただろう。シズを創ることすらできない。
「天才が聞いてあきれるわ…」
 今のアズミにはなんの力もなかった。
 シズの体はどんどん腐敗している。それは、この間の検査の時に気付いたことだった。シズの体は生きることを止めようとしている。原因はわからなかった。
「私にはどうすることもできない」
 アズミはシズを見て苦い表情になった。
 シズの寝顔があまりにも安らかだったからだ。おそらくシズは自分の体が弱まっていくのを知らずに生きていくのだろう。
 いきなり機能が停止するその時まで自分が壊れたことも知らずにシズは息絶えるのだろう。
「これは運命なのよ…」
 アズミはにじんでいく視界の中でそっと呟いた。それは自分に言い聞かせるためのものだった。
 アズミは知っていた。シズの機能が停止する時、一番悲しむのは自分だと。たった一人でこの世に取り残される自分だと。
 こなければいいのに。その時が永遠にこなければいいのに…
 今まで何回祈ったことをアズミはまた祈っていた。しかしアズミは願うはずのないことだということを知っていた。
 決して叶うことはないのだ。



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