A Lullaby1





1215年―はじまり

「シズ、見てごらん」
 シズは祖父の言われた通り、恐る恐るレンズの向こう側を見る。
「うわっ!」
 シズは悲鳴を上げた。
 レンズの向こうに全然知らない少女が映し出されていたのだ。
「おじいちゃん。この箱の中に誰か隠れてるよ」
 シズは祖父の洋服に顔を埋めて言う。涙声だ。
「うわっはっはっ!箱の中に誰か隠れているとは、これまた面白いわ」
 祖父はシズの思いがけない反応に大声で笑った。
 シズは祖父に笑われムスッとし、その場から逃げようとする。だが、その腕はたやすく祖父に捕らえられてしまった。
「笑ってすまなかったな、シズ。だが安心しろ。この箱の中に誰かが隠れているわけではない」
 シズの頭を撫でながら、祖父は嬉しそうに箱のことを話す。
「この箱はテレビと言ってな。人の行動を映し、その場にいなくてもその人の行動が見れるものなんじゃ」
 祖父の目はテレビに注がれたままだった。シズの頭を撫でる手も心が込められていない。
「これは未来と繋がってるんじゃ」
「未来?」
「そう、遠い遠い未来。ワシが決して存在するはずのない未来と結ばれておるのじゃ」
 そう言った祖父は遠くを見ていた。シズが見ることができない遠い所を。
 子供のシズには祖父の言ったことがよくわからなかった。でも、そんなことはどうでもいい。ただ、これが怖いものでないとわかればそれでいいのだ。
 シズは好奇心いっぱいの目でテレビをジッと見る。まるでおもちゃを見つけた子供のように。
「シズ、これはおまえのものじゃ」
「えっ、本当!?」
「ああ、本当じゃ」
 テレビを見てはしゃぐシズを見ながら、祖父は静かにほほ笑んだ。
「これを見て科学を教わるといい。少女と一緒に未来の最新の科学をな」
 ボソリと呟いた祖父の声はシズに聞こえることもなく消え去った。
 レンズの向こうでシズの見たこともない機械がキラリと光った。

2028年―転換

 ジー
 カメラが動き始める。
 少女がカメラの前へ座り、カメラに向かって話し始めた。
「はじめまして…と言うのも変ですね。お互いが今までずっと一方的に相手のことを観察してきたのですから。
 あなたも私のことを見ていたなんてびっくりしました。てっきり私が一方的に見ていたと思っていたのに…
 いえ、こんなことを話したかったんじゃありません。どうしても言っておきたいことがあったんです。これが最期になるかもしれないから…
 私…遠くへ行くことにしたんです。考えて、すごく考えて決めたんです。このままじゃあ嫌だから。
 でも失敗するかもしれないんです。失敗したら、もうこの世に私はいないでしょう。
 でも決心したんです、やるって。もしかしたら成功するかもしれないし…確率は低いですけどね…
 でも、もしも成功したら、その時は一緒に喜んでくれますか?手を取り合って笑ってくれますか?私、楽しみにしています、その時を。
 …もし失敗したら…その時はあなたの側に飛んで行きます。大丈夫、怖がらせはしません。そっと見るだけだから…
 これから私は長い旅に出ます。気の遠くなるような旅だけど頑張ります。どうか応援してください。それでは…」
 少女はカメラに向かって一気に話し、録画のスイッチを切った。
 カメラからビデオテープを取り出し、少女はそれを手に持ち歩きだした。
 首には紫のクリスタルのネックレスが輝いていた。

1219年―ずれ

 音を立て窓ガラスが割れた。
 シズが花瓶を投げたのだ。しかし、それは本来窓ガラスに向かって投げたものではない。祖父に向かって投げたものだった。
「もういい加減にしてくれ!!」
 シズが怒りに身を震わせ怒鳴った。目に憎しみをたたえ、キッと祖父を睨んでいる。
「俺はおまえのおもちゃじゃないんだ!!」
 ヒステリックに叫ぶシズを困った表情で祖父は見ていた。
「どうしたんじゃ、シズ?」
 心配そうに聞く祖父にシズは近くにある物を片っ端から投げつけた。
「シズ!やめるんじゃ、シズ!!」
 祖父が止めてもシズは聞きはしない。無茶苦茶に物を投げ続ける。それはほとんど祖父のいるところからかけ離れた場所に当たっていた。
 涙が邪魔をして目標を上手く定められないのだ。
「なんでだよ!なんでわかってくれないんだ!?」
 シズは叫ぶ。
 祖父にはなにがシズをここまで嫌がらせたのかがわからない。
 泣き叫びながら狂ったように物を投げるシズに祖父は何度もやめさせようと声をかけたが、シズは全くその声を聞いてくれなかった。
 窓からは冷たい風が吹きつけてくる。
 シズの部屋はもうボロボロだった。窓ガラスは割れ、物という物は滅茶苦茶に散乱している。
 ただ一つ無事だったのは高い位置の壁にはめこまれるようにして設置されているテレビだけだった。画面にはいつもの少女―アサミが家族と話している風景が映し出されていた。
 不意にアサミが笑い声を上げた。
 シズはその笑い声を聞いて、手を止め画面を見た。アサミが幸せそうに笑っているのをレンズが鮮明に映していた。
 シズは椅子を持っている手を震わせ、射るような眼でアサミを見ていたが、
「なにが…そんなにおかしいんだよ!!!」
 叫んだと同時に椅子をテレビに向かって投げつけた。
 椅子は見事にテレビに当たり、レンズは粉々に砕け散った。
 それを見た祖父は凄い勢いでシズを殴りつけた。シズはグラリと後ろに傾き、そのまま倒れこんだ。
 いきなり殴られて驚いているシズに、
「ばかもの!なにをするんじゃ!!」
 祖父は大声で怒鳴りつけた。その声は先ほどのシズの声よりも大きく、鋭いものだった。
 祖父のまるで鬼のような形相にシズはしばらく呆然としていたが、突然火がついたように笑いだした。
「なにがおかしい!?」
 突然笑いだしたシズに祖父はますます怒り狂った顔になる。
 シズは祖父の問いに答えず、ただ笑っていた。おかしすぎて涙が出るほどだった。
 なにも答えずただ笑っているシズに祖父は再び拳を上げた。
 激しい衝撃を受け、シズは祖父を睨みつけた。
「あんな物、壊してもいいじゃないか!あんなものただのクズだ!!」
 祖父がますます怒るような言葉を吐き捨てた。
 祖父はシズの言葉にカッとなり、窓ガラスの破片を握り、それをシズに突き刺した。
 鈍い音が辺りに響き渡った。



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