季節を抱きしめて3
第二章 君のためにできること
学校に少し残っていたら暗くなってしまった。
私は親友の梢(こずえ)と一緒に夜道を帰っていた。
本屋に寄ろうって言ったのは梢だった。私はその誘いを断った。
そこで梢と別れ、私は一人家へ帰った。
そして真夜中に鳴った電話。
その内容を聞いて落としそうになった受話器が、すごく重かったのを覚えている。
半信半疑で行った学校の梢の机だけが埋まらなかった時、私はやっと理解できた。
梢はもうこの世にいない、と…
―あんたのせいよ!
梢の叫び声が聞こえる。
―私が死んだのはあんたのせいよ!
見たこともない形相で叫び続ける梢の顔が近づいてくる。
―それなのに、なんであんたがそこにいるの。私を殺したあんたが!!
ガシッと腕をつかまれ意識が遠のいていく。
―殺してやる!今度は私があんたを殺してやるわ!!
手が首筋をさすり、爪が首に食い込む。
「!」
痛みに目を覚ますと、そこは見慣れた教室だった。
「夢…?」
自分はどうやら眠ってしまったらしい。
授業中に眠ってしまうなんて、いつもの彼女からは信じられないことだった。疲れていたのかもしれない。
梢が死んでから、ろくに眠ってなかったから。
それにしても、あんな夢を見るなんて…
椿は夢の中の梢の形相を思い出し、ゾッとした。
最近、梢の夢をよく見るようになった。内容はもちろん、さっき見たものと同じようなものだ。
梢は私を憎んでいるのかしら。
もし、あの時自分が一緒に本屋へ行っていれば、梢は死なずにすんだのかもしれない。
椿は自分に責任を感じていた。
梢は自分のせいで死んだのだと。
だから、こんな夢を見るんだ。自分がこんなことばかり考えているから。
ため息をつき、何気なく首に触った指が凍りつく。
そこにかすかな痛みを感じた。
震える指を首からはずし、恐る恐る目を向けると、そこには血がついていた。
一瞬、頭の中が真っ白になったが椿は深く息を吐き、自らを落ち着かせる。
別に夢の中の梢が自分を傷つけたわけじゃない。この傷はたまたまあっただけだ。
そう、そのはずだ。きっと、そのはず…
「違うわ」
不意に背後から聞こえた声に椿の体はビクリと反応する。
「誰…」
椿は振り向こうとしてあることに気づいた。
確か自分は一番後ろの席だと…
後ろに誰かがいるはずはない。今は授業中で誰かが後ろにいれば先生が注意するはずだ。
それなら何故後ろから声が聞こえたのか。聞き間違いではない。あんなにハッキリ聞こえたのだから。
それにあの声を聞き間違えることなど絶対にない。だって、あの声は梢の声だったから…
そういえば梢はなんと言ったのだっけ…そう、彼女は「違うわ」と言った。一体、なにが違うと言うのか。
そう考えた時、椿は首になにかヒヤリとする感触を感じた。
「この傷は私がつけたのよ、椿」
ニヤリと梢が笑った瞬間、感触が消えた。
椿は固まったまま身動きを取れずにいた。
チャイムがなるまで椿は金縛りにあったように指先一つ動かせなかった。
あれから数日、梢の悪夢は消えず、椿を苦しめていた。
しかし、日々の中で椿は梢への恐怖は驚くほど急速に冷めていった。
恐怖よりも椿の心の中は後悔という感情でいっぱいになっていた。梢を死なせてしまった自分を責め続けていくうちに、椿は梢が自分の死を望むならそれに応えようと思い始めていた。
不思議と梢は学校でしか椿の前に現れなかった。といっても梢が現れるのは、いつも夢の中でしかなかった。最近は吸い込まれるように授業中眠ってしまう。いつの間にか眠っていて、いつも梢の夢を見る。夢以外で梢を感じたのは初めて梢の夢を見た時だけだった。
椿は梢に会いたいと思っていた。
夢の中でなく現実で会いたい。そして、あの時のことを謝って梢のもとへいきたい。梢の手を握っていくのなら、なにも怖くない。
意味もなく学校中を歩き回ったりもした。朝早くから、夜遅くまで何回も何回も学校中を渡り歩いた。
それなのに梢に会えない。
梢はどこにいるのだろう。
そう考えて閃いた場所は、ほんの少し前噂になった"幽霊のたまり場"だった。
あそこになら梢がいるのかもしれない。
少しの望みを持って、椿は"幽霊のたまり場"へ行った。
梢に会うために…