季節を抱きしめて1
プロローグ 別れの足音
今は3月。春を予感させる暖かい陽射しが窓から差し込んでくる。
生徒は重いまぶたをこすりながら一生懸命睡魔と闘っていた。
「卒業生一同起立」
先生の声に卒業生はガタガタと椅子から立ち上がる。
壇上からは眠気を倍増させる音楽が流れてきた。"仰げば尊し"、卒業式で歌うポピュラーな歌だ。
3月と言えば学校最大の行事、"卒業式"が控えており、今はその練習をしていた。
学校最大の行事と言っても、それは学校や教師側の立場からであり生徒にしてみれば、ただダルイだけの行事だった。
在校生ならともかく、卒業生のほとんどの生徒もそのように考えているのだから練習がダラダラしてしまうのも仕方ない。
「もう卒業か…」
梛(なぎ)はため息をついた。
彼の目は卒業生の一人の女性を捉えていた。
その女性の名は椿(つばき)。梛の思い人だ。
椿は今月で卒業を迎えてしまう。彼女が卒業してしまえば、もう二度と会うことは出来ない。
それは単に梛と椿が知り合いではないから、という単純な理由ではない。
彼がこの学校を卒業することがないからである。いや、彼はこの学校から出ることもできない。
何故なら彼は幽霊だからだ。
この学校に住み着く幽霊だから、この学校を逃れることが出来ない。時の流れに置いていかれたまま、時の流れを感じながら、ここにいなくてはならない。そんな哀しい存在。
見つめることしかできない悲しい存在…