唯の手がかりもつかめないまま時間は過ぎて行く。
 何もすることができずに、ただいたずらに1日が過ぎる。だが唯への気持ちは薄れることがなく、日に日にその想いは強くなる一方だった。
 そんなある日、下駄箱に一通の手紙が入っていた。
「何?もしかしてラブレターか?」
 怜哉が興味津々といった感じで、身を乗り出してくる。
「早く中見ようぜ」
 俺は手紙に興味がなかったが、怜哉にせかされ封を開いた。中には便箋が1枚入っていた。
 便箋に目を落とす。そこには可愛らしい文字で『音楽室に来てください』と書かれていた。
「やったね、ラブレターじゃん」
 怜哉がヒューと口笛を鳴らす。
「でも差出人がわからないのが困るとこだよな。ブスだったら行きたくねえし」
 自分のことでもないのに怜哉は真剣に悩んでいた。
「でも美人だったらもったいないし…」
 頭を抱える怜哉に俺は苦笑した。
「行く気なんて最初からないよ」
 唯以外の女の子に告白されても迷惑なだけだ。はっきり言ってこんなものわずらわしい。
 冷めた目で便箋を封筒の中にしまう俺に、怜哉は顔を曇らせた。
「唯ちゃんのこと諦められないのか?」
 俺の唯への気持ちをはかるように怜哉が問いかけてくる。
「ああ」
 俺は怜哉の視線を真正面に捕らえたまま、はっきりと頷いた。怜哉に何と思われようが俺は唯を諦める気はない。
 怜哉の視線と俺の視線がぶつかりあう。だが怜哉は俺の気迫に負け、視線をそらした。
「なら、その手紙のとおり音楽室へ行けよ」
 吐き捨てるようにつぶやく怜哉の声に俺は眉をひそめた。
 俺は唯を諦めないと言ったんだ。何故、音楽室に行かなければならないんだ?
 俺の気持ちをわかってくれない怜哉に言い返そうとしたのを怜哉が遮る。
「それ、唯ちゃんからの手紙だよ」
「!」
 怜哉の衝撃的な言葉に体が固まる。真っ直ぐと俺を見る怜哉の瞳は嘘をついているように見えない。
「俺にはわかるんだ、それが唯ちゃんからの手紙だってさ…信じられない?」
 弱々しく聞いてくる怜哉に俺は首を横に振った。怜哉はそんな嘘をつく奴じゃない。
 だが、どうして怜哉にそれがわかるのか?
 問おうとしても、怜哉の目がそれを拒んでいた。俺はその目に逆らわなかった。怜哉を信じているからだ。
 その気持ちが怜哉に伝わったのか、怜哉は表情を和らげる。
「行ってこいよ」
 怜哉のいつもの軽い口調に俺は笑って答える。そしてそのまま怜哉に背を向け、音楽室へと一歩踏み出したが、
「翔!」
 ひきとめる怜哉の声に俺は振り返った。
「あっ…」
 怜哉ひきとめた自分に驚いたように口元を押さえる。
「怜哉?」
「…っ」
 怜哉は苦しそうにぎゅっと目をつぶると、無理矢理笑顔を作った。
「これが唯ちゃんを取り戻す最後のチャンスだ。頑張れよ、翔!」
 怜哉の激励に笑顔で頷き、俺は走りだした。
 これが最後のチャンス。これで唯を取り戻せなかったら、俺は2度と唯に会えなくなる。絶対に唯を取り戻すんだ。
 俺は覚悟を決め、唯の待つ音楽室へ向かった。



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