唯が学校に来なくなって2週間が経った。
 はじめは唯の欠席を軽く見ていた芹花と怜哉も、さすがに2週間となると唯の欠席を気にし始めた。
「なあ、唯ちゃんと連絡とってるのか?」
 放課後、怜哉と芹花が俺の席の近くの空いている席に適当に座り、話していると怜哉が心配そうに尋ねてきた。
 唯の欠席の理由はわからない。担任すら理由を知らなかった。担任が言うには、唯の家に電話をかけても誰も出ないそうだ。
「翔は唯ちゃんが何で休んでるのか知ってるんでしょう?」
「…」
 当然とばかりに聞いてくる芹花に俺は答えられなかった。
「翔?」
 2人が不安そうな顔を俺に向ける。それでも俺は何も答えられない。
「もしかして…知らないのか?」
 俺の顔を見ながら怜哉が聞いてくる。
「ああ」
 俺の答えに2人は同時に立ち上がった。
「し、知らないって…お前、本当かよ!」
「2週間よ、2週間も休んでるのよ。知らないわけないでしょう!?」
 またしても同時に2人がしゃべりだす。
「知らないよ」
 2人の慌てようを気にもせず、俺はあっさり答えた。さすがの2人も俺の冷めた様子に言葉を失った。
「電話は唯が休む前日の夜にかけようとした。だけど…」
 俺は途中で言葉を飲み込んだ。どう言ったらいいのかわからなかった。
「だけど、何だよ」
 言葉を探す俺を怜哉が促す。怜哉はイライラと机に置いた手を小刻みに動かしている。
「わからないんだ。唯に電話番号が」
「なっ!何だよ、それは!」
 俺の言葉の続きに怜哉は怒りを露にした。
「電話番号がわからない?そんなの調べればすむことじゃねえか!」
「違うんだ!」
 怜哉の言葉を俺は否定した。俺の言った意味を怜哉は正確に理解していない。
「調べればすむって問題じゃないんだ。唯の存在がないんだ。唯の電話番号も住所も、どこを見たって載ってないんだ!」
 俺の言葉に2人は顔をしかめた。
「唯の電話番号も住所も携帯や手帳から消えてた。それだけじゃない、覚えていたのにさっぱり思い出せないんだ。ただ忘れたんじゃない、記憶が消えたんだ」
 俺は震えた指を見つめながら、真実を話した。2人は信じてくれないだろう。俺だって自分が言ってることが信じられない。
「…それって、まさか」
 怜哉が何かを考え込んだ。何か心当たりがあるのだろうか。
「怜哉?」
 芹花が呼ぶと怜哉は首を左右に振った。
「何でもない」
 俺たちの間に奇妙な沈黙が落ちた。誰もが何か言いたそうな顔をしているが、どう口にしていいのかわからない様子だった。
「…私は翔を信じるわ。翔がこんな冗談言うわけないもの」
 驚いて芹花を見上げると、芹花は力強く頷いた。俺はまさか信じてくれると思っていなかったので驚いたが、嬉しさのほうが強かった。
「信じてくれるのか?」
 俺が聞くと芹花はにっこりと笑った。
「俺だって信じるさ」
 芹花に先を越されたからか、怜哉はブスッとしながら答えた。
「そうとわかれば、唯ちゃんの手がかりを探さなきゃね」
「どうするんだ?」
「まずは担任に唯ちゃんの電話番号を聞いてみましょうよ、担任なら電話番号ぐらい知ってるはずよ」
 俺を励ますように芹花は明るく振舞う。
「そうだね。よしっ、行こうぜ!」
 怜哉も張り切ったように声を上げる。
 2人が俺に気遣っていることなんて、長い付き合いからすぐわかった。俺は2人に感謝するばかりだ。もし俺1人だったら、ぐずぐずと悩んでいただけだったと思う。
「行こう」
 俺が立ち上がるのを見て、2人はほっとしたように顔を見合わせた。
「速く、行こうぜ」
 先陣を切るのはもちろん怜哉だった。もう教室を出て廊下に立っている。俺たちは後を追うように教室を出た。
 …しかし、俺たちは唯の手がかりを見つけることはできなかった。
 担任の持っていた個人名簿でも唯の記録はなかった。電話番号や住所が消えていたんではない、唯の名簿自体がなかったのだ。
 がっくりと落ち込んだまま俺たちはなす術もなく、その日は別れた。
 そして翌日には、更に驚く事態が俺たちを待っていた。
 みんなの記憶から唯が消えてしまったのだ。芹花でさえも唯のことを忘れていた。
 俺は心底ぞっとした。唯は本当に消えてなくなってしまったのだ。俺の前から立ち去るなんてものじゃない。唯自身の存在がこの世から完全に失われてしまったのだ。
 いつか俺も唯を忘れてしまうんだろうか。そんなことあるわけがない、あってたまるものか。俺はもう一度唯を抱きしめるんだ。
「俺たちが覚えてるってことは、まだ唯ちゃんの存在が完全に消えたわけじゃないんだ」
 怜哉が俺を励ます。そう何故か怜哉だけは唯のことを覚えていた。理由はわからないが頼もしい存在だ。唯を覚えているのが俺独りではないってことは俺に勇気を与えてくれる。俺はまだまだ唯を諦める気はなかった。



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