それから俺たちは手をつないで駅まで歩いた。
 お互い、一言も話さずに歩く。2人の間にさっきまでの熱い激情はなく、穏やかな空気が流れていた。
 改札口を通り、ホームへあがる。俺の乗る電車は唯の乗る電車のホームと同じだった。
 ホームにあがると、唯の乗る電車が来る頃だった。
「翔ちゃん」
 突然唯が俺の手を離した。穏やかな空気が失われていくのが感じられる。唯が真剣なまなざしで俺を見つめてくる。ピーンと張り詰めた空気が走る。
「…さよなら」
 フッと表情を和らげ唯がつぶやく。俺は一瞬、何て言われたのか理解できなかった。
「さよなら、翔ちゃん!」
 もう一度叫び、唯は身を翻し電車に向かって走って行く。
「唯!」
 唯のその態度に嫌な予感が駆け抜けた。
 しかし唯は俺の声に構わず電車に乗り込む。
「唯!」
 もう一度唯を呼ぶと唯はゆっくりと振り向いた。その目からは涙が溢れていた。
 唯は俺を見て苦しそうに顔を歪めるが、振り切るように俺から目をそらした。
「大…なのに…」
 唯が何かを言うが、その声はここまで届いてこない。
「唯!」
 俺の叫び声は無常にも電車の扉に遮られた。電車がゆっくりと走り出す。
「唯!」
 電車を追って走り出す。何度も唯の名を叫ぶが、唯は俺のほうを見ない。
「唯、唯!」
 唯が遠くなっていく。だんだんと遠くなって届かなくなる。漠然とした予感を抱きながら、俺は唯を呼び続けた。唯を呼び戻すために、抱きしめた唯を離したくなかったから。
 これはいつもの追いかけっこじゃない。唯は俺に捕まるために逃げているんじゃない。唯は本気で俺から去ろうとしている。
 電車がホームから出るところで唯が少しだけ顔を上げた。その表情は引き裂かれる苦しみを表していた。
「唯…」
 電車は遠く、遠く唯をさらって行ってしまった。俺のつぶやきは唯には届かない、届くことはなかった。
 それから、唯は学校に来なくなった…



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