door-serika9





 結局、俺と芹花の仲は修復するどころか、ますます険悪なものとなった。バイトでも学校でも俺たちが話すことはなく、だんだんと疎遠になっていく。
 芹花に話すべき言葉もない今、芹花とわかりあえる日などもう来ないのだと俺は諦めた。
 俺の求めるものと、芹花の求めるものはあまりにもかけ離れすぎているのだ。もう昔のように無邪気に笑いあえる日はやってこない。
 それでも俺の心はいつまでも芹花を追い続ける。俺は今でも芹花のことが好きだった。
「お前ら最悪だな」
 バイトが休みなので久しぶりに部活に行った学校帰りの電車の中、怜哉が不機嫌そうに口を開いた。
 お前らと言うのが俺と芹花のことをさしているのかはわかっている。そして怜哉が不機嫌なわけも。
「もう壊滅状態だよ」
 俺は全くのお手上げ状態。もうボロボロで直しようがない。
「俺たち両思いだったんだ」
 俺の言葉に怜哉がキョトンとした顔になる。
「それなら問題ないじゃん」
「そう上手くはいかないんだな」
 俺は遠くに視線を漂わせながらフッと笑う。
「昔だけだったんだよ、両思いなのは。今はすれ違って空振り状態。何を言っても無駄って感じだよ」
 無気力状態な俺を怜哉は心配そうに見る。今までと違う俺の態度にただ事ではないことを感じ取ったのだろう。
「俺にわかるように話せよ」
 それでも怜哉は修復の糸口を見つけ出そうと俺に話を促す。俺はやけになって芹花との会話を一部始終教えてやった。
「…俺には理解できない」
 怜哉が頭を抱えてうなる。
「簡単な話さ、芹花は昔の俺を好きだっただけで、今の俺は好きじゃないってことさ」
 口だけを歪ませると怜哉がポカリと頭を叩いた。
「そう悲観的になるなよ。俺はまだまだいけると思うぜ」
 ニヤリと怜哉が不敵に笑う。怜哉は恐ろしいほど前向きな考えをする奴だが、その考えが俺や芹花に通用するとは限らない。
「無理だよ」
「まあ聞けって」
 そっぽを向く俺を強引に怜哉が引き戻す。
「芹花は昔の翔にこだわってるだけなんだよ。昔と今の翔は別人、そう思ってるなら昔と今の翔は同じ人だってことをわからせればいいじゃん」
 怜哉の意見に俺は溜息をついた。
「お前、俺の話を聞いてたのか?昔と今の俺は別人なの。昔の俺は芹花に守られたいと思っていて、今の俺は芹花を守りたいと思ってるんだよ。つまり正反対なわけ、無理に決まってるだろ」
 俺は言葉にとげを含ませ、怜哉をにらむ。怜哉は全然問題をわかっていない。昔と今の俺は別人なんだ。それを同じ人にすることなんかできるわけないじゃないか。
「同じだよ。昔も今も翔はちっとも変わってねえよ」
 ケロリとした表情で怜哉はアッサリと言う。
「そんなわけないだろ?どこが一緒なんだよ」
 俺の声に怒りが帯びても怜哉は臆することもなく自信満々の表情だ。
「翔は昔は芹花に守られてばっかだと思ってるかもしれないけど、それは思い込みだよ。翔は芹花のこと立派に守ってたって」
「俺が芹花を守ってた?そんなわけないだろう」
「犬のこととか覚えてないの?」
 でたらめな怜哉の言い分に俺は腹を立てたが、『犬』という言葉に俺の頭に昔の記憶が蘇る。
 俺は犬から芹花を助けたことがある。それは俺が芹花を守ってたって事なのか。
「犬だけじゃない。芹花は虫全般が嫌いで、それでよく男たちにからかわれてたりしたのを翔が助けてたじゃないか」
 そうだ、俺は芹花をからかう男たちから助けていた。忘れていた記憶が頭の中を駆け巡る。それは弱い俺がなけなしの勇気を使って芹花を助ける姿だった。
「翔は普段は弱いのに芹花のことになると急に強くなるんだよな。結局翔は芹花に守られるのも、芹花を守るのも自分でなければ気がすまないわけだ。わがままだねえ」
 呆然としている俺を見て怜哉がクスクスと楽しそうに笑う。確かに今の俺は魂が半分体から抜け出してしまったような顔をしているだろう。
 しかし問題は俺の今の顔ではない。問題は俺が昔から芹花を守りたいと思っていたことだ。そうだよ、俺は昔から芹花を守ってきてたじゃないか。芹花を守りたいって気持ちは今に始まったことじゃないんだ。
「どうだ、問題が一気に解けただろ?」
「俺って本当のバカだ。こんな大事な事を忘れていたなんて…」
 したり顔の怜哉に俺はあげる顔もない。ただ大切なことを思い出させてくれた怜哉に感謝するばかりだ。
「あとは芹花に翔の気持ちを信じてもらうまで頑張るしかないんじゃん?健闘を祈るぜ、翔」
 怜哉の力強い激励を受けたと同時に、電車の扉が開いた。俺たちは立ち上がって扉をくぐり抜ける。そこには青空が高く澄み渡っていた。光が見えてきたのだ。



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