door-serika10
放課後、クラスの女子に伝言を頼んで、芹花を弓道場の裏に呼び出した。来てくれるかはわからないけど、俺は自分の気持ちを伝えるために弓道場の裏で芹花を待った。
待って5分ほどたった時、芹花が姿を現した。
「芹花、来てくれたんだな」
来てくれた安堵感と嬉しさが俺の心の中に広がる。
「本当は来るつもりなかったのよ。でも怜哉に頼まれたから仕方なく…」
芹花がブツブツと言い訳をこぼす。
「怜哉が?」
怜哉が芹花に行けと言ってくれたのか。怜哉には感謝しきれないほど世話になっている。俺も怜哉の応援にこたえられるように頑張らなくちゃいけない。
「芹花、聞いてほしいんだ」
俺の決意が芹花にも伝わったのか、芹花も緊張した面持ちで俺の言葉を待つ。
「俺は芹花を守りたいと思ってる。こんな感情を抱くのは芹花だけだ。俺は弱虫だからいつだって芹花や唯の後ろに逃げてた。だけど芹花のことだけには強くなれるんだ。俺は芹花に強さをもらったんだ」
駆け引きなしに俺の思いを芹花に伝える。芹花はジッと俺の目を探るように見つめてくる。俺は芹花からの返事を待たずに話し続けた。
「俺は変わってないよ。昔から芹花に守られながら芹花を守ってきた。これからも芹花のことが好きだよ…」
優しくささやくと芹花の目から鋭さが消え、弱々しくすがるように俺を見る。
「翔…私、翔が私を助けてくれていたことを覚えていたけど、忘れようと思ってた。だって翔は私じゃなくて唯ちゃんを選ぶと思ってたから」
俺は不安で揺れる芹花をそっと抱きしめた。
「唯は関係ない。俺が好きなのは芹花だ。俺だけが芹花に守られて、俺だけが芹花を守るんだ」
「…わがままね」
クスリと芹花が笑うと、長い髪がフワリと俺の頬をくすぐる。
「わがままだよ、俺は。だから芹花を手に入れるまで絶対諦めないんだ」
「知らなかった。翔がそんな子供みたいなこと言うなんて」
「昔は芹花が隣りにいたから言う必要がなかっただけさ」
芹花はひとしきり笑うと俺から体を離し、真正面から俺を見る。
「正直に言うわ。私、翔から逃げてた。自分のものじゃない翔なんて見たくなかったから、理由を付けて翔から逃げてた」
熱い告白に俺の頬がほんのり熱を持つ。それでも芹花は真っ直ぐと自分の気持ちをさらけ出していく。
「はっきり言って翔の告白を信じてなかった。翔の側には唯ちゃんがいたし、私たちはずっと離れていたし…」
俺は芹花の言葉を黙って聞いた。今の俺には芹花の言葉を聞く余裕がある。芹花は俺の気持ちを信じてくれているのだという確信がある。
「でも今なら信じられる。翔の気持ちが私の気持ちと同じものだから。翔の気持ちが格好良いものじゃなくて、単なるわがままってわかったからね」
芹花は全てを言い終えるとスッキリとしたようだった。引っ越してきてから、ずっとこのことで悩んでいたのだろう。俺も引っ掻き回していたし。
「結局、お互いわがままってことね。まだまだ子供ね、私たち」
いつもの芹花の調子が戻ってきたみたいだった。俺はクスリと笑うと芹花をもう一度抱きしめた。芹花もそっと俺を抱きしめ返す。
「翔…」
グッとくる芹花の甘い声に誘われるように俺は芹花の唇にキスしようとしたが…
「いやあー!!」
突然の悲鳴にそれは叶わなかった。
「唯!」
悲鳴の主は唯だった。唯はガタガタと体を震わせながら俺たちを凝視している。
「唯ちゃん…」
「いやあー!!」
芹花が声をかけると唯は頭を振り乱し、俺たちから逃げ出した。
「翔、早く唯ちゃんを追いかけて!」
突然の出来事に固まってしまった俺を芹花が叱咤する。
「ああ…」
俺は気のない返事を返し、唯を追いかけ始めた。しかし唯の姿はとっくに見えなくなっていた。
俺は勘を頼りにして学校中を駆け回った。だが唯はどこにもいない。そして俺が最後に着いた場所は園芸部の部室だった。
「翔!」
別行動で唯を探していた芹花も唯を見つけることができずに部室に来たようだ。
「唯ちゃん、ここにいるかしら?」
唯がいることを願って俺は園芸部の部屋のノブに手をかけたが、
「いやあー!!」
唯の悲鳴と共に園芸部の部室が乱暴に開かれた。
「唯!」
唯は涙でボロボロだった。何事かと俺が驚愕の表情を見せると、俺に気づいた唯は俺以上に驚愕を露にした。
「か…翔…ちゃん…」
唯の瞳から涙がとめどなく流れていく。まるで滝のような勢いに俺は思わず唯の瞳をぬぐった。
「!…翔ちゃん!」
途端に唯が抱きついてくる。俺はびっくりして芹花にチラリと視線を走らせる。芹花も唯のただ事ではない状態に驚いているようだ。
「翔ちゃん、私だけの翔ちゃんでいて!お願い、私、翔ちゃんのことが大好きなんだよっ!!」
唯が泣き叫ぶ。唯の懇願に俺と芹花は電撃をくらったようなショックを受けた。
唯の痛いまでのひたむきさが俺には辛かった。俺は唯を抱きしめたい衝動に駆られたが、それを必死の思いで止めた。
俺には芹花がいる。唯の思いにはこたえられないんだ。
俺はグッと拳を握り締めた。その横で泣き続ける唯を震える瞳で見つめる芹花がいた。