door-serika7
「最近、芹花と仲悪いんだな?」
学校の帰り道で怜哉が突然聞いて来た。
「えっ?」
さっきまで重い溜息をついていた俺は呆気に取られた。
「何かあったんだろ?」
確信のある表情で怜哉は俺に詰め寄る。俺は怜哉の勢いと鋭さにタジタジになってしまう。
怜哉はこういうことに敏感な奴で、俺と芹花の間にある気まずい雰囲気に気づいたのだろう。だからといって、俺が芹花に告白したことまでは感づいていないはずだ。俺は芹花にふられたことを怜哉に話したくなかった。それは俺のプライドの問題だった。
「う〜」
俺はうなり声をあげながら、ジリジリと後退する。だが体を鍛えている怜哉から俺なんかが逃げられるはずもなく、逃げ道はすぐにふさがれてしまった。
「何があったんだよ」
怜哉が腰を落とす。これは戦うときの構えだ。目が獲物を狙うようにギラギラと光っている。
「せっ、芹花にふられたんだよっ!」
怜哉の迫力に恐れをなして、俺の口がベラベラと勝手に動き出す。情けないけど、今はプライドよりも命が惜しい。
「芹花に!?」
怜哉の顔に純粋な驚きの色が浮かぶ。
「まさか…」
怜哉は冗談だと思って笑い飛ばしたが、俺が黙っているのを見てサッと顔色を変えた。
「本当かよ…」
怜哉は信じられないというように顔を横に振った。
「芹花が翔をふるなんて…」
「別に不思議なことでもないさ。芹花には恋人がいるんだ。ふられるのは当然だろ?」
「ああ、そっか。恋人がいるんだっけ」
芹花の恋人の存在を思い出し、怜哉は納得したようだった。
「芹花に恋人なんてピーンとこないんだよな」
怜哉は軽く頭を振って、頭の中を整理した。
「つまり、翔は芹花に告白したが芹花にはすでに恋人がいて、翔は芹花にふられてしまった…ということか?」
怜哉が簡単に事情をまとめ俺に確認する。
「まあ、そういうこと」
俺は苦笑しながらも怜哉がサラッと言ってくれた事実に傷ついていた。泣かれながら謝られるなんて望みが全くないことを意味してるし、ふられても俺はちっとも芹花を諦められないし、お先真っ暗だ。
「それでお前たちギクシャクしてたのか」
「そんなにわかるか?」
唯に気づかれている事を恐れて怜哉に聞く。唯にだけは気づかれたくなかった。
「俺以外は誰も気づいてないと思うけど」
「そっか」
俺は少し安心した。もし気づいたら唯は泣くだろう。俺は唯の泣き顔を見たくない。
「ふられた相手に普段どおりに接するのはきついよな」
話を聞いて怜哉は俺に同情したようだ。態度がうって変わって優しくなる。
「それじゃあ元に戻れって言うのは酷だよな」
怜哉は俺と芹花の不仲を解きたかったのだろう。だが俺と芹花にあった事情を聞いてそれは無理だと思ったようだ。
仕方がないと怜哉は悲しそうに笑った。そりゃあ幼馴染が仲を悪くすれば悲しいに決まっている。俺だって芹花と気まずくなって悲しい。
そう思っても芹花への恋心をとめることはできない。それでも友人でいたいと思うのは俺のわがままなのだろうか。
「俺は芹花のことを諦められない。でも友人としての芹花をなくしたくもないんだ」
俺の素直な気持ちを聞いて怜哉が表情を明るくした。
「何だ、翔は芹花との仲を取り戻したいと思ってるんだ。それなら何とかなるじゃん」
「何とかって何だよ?」
俺が聞くと怜哉はニッと笑う。
「こういうパターンはさ、大体がふられたほうが気まずくて友人でいられなくなるもんなんだよ。翔が友人でいたいと思うなら芹花とうまくいくよ」
楽天的な怜哉の考えが俺は羨ましかった。そんなにうまく物事が進んでくれるとは思えない。
「でも俺は芹花のことが諦められないんだよ。友人としてつきあってるのに芹花のことが好きだなんて話が違うと思わないか?」
「何言ってんだよ、恋なんて大抵は友人からはじまるものだよ。翔が芹花のことを諦めきれないなら、表面上は諦めたふりをして虎視眈々と芹花の恋人の座を狙ってればいいじゃん」
俺の悩みを怜哉はいとも簡単に吹っ飛ばした。とても賛成できない意見だが、俺は怜哉のしたたかさを少し見習おうと思った。
「わかった、表面上は諦めたふりして友人に戻るよ。ただし、芹花のことは諦めるように努力する、嘘はつきたくないからな」
「真面目だな、翔は」
怜哉の皮肉めいた言葉を俺は一切聞かなかった。確かに自分でもクソ真面目だと思う。怜哉みたいに要領よく振舞えばいいんだと思うけど、俺は芹花に嘘をつきたくない。昔、芹花が俺に嘘偽りのない友情をくれたように、俺も芹花に真実の友情をあげたい。変な策略を俺たちの間に張り巡らせたくはないんだ。
「そこが翔の良いところだけどさ」
怜哉は笑って俺の肩を叩くふりして、俺の頬を叩いた。ご丁寧に芹花にひっぱたかれて、アッパーカットをくらったのと同じ場所だ。もう痛みは引いたが、古傷が痛み出すような気がして俺は頬をなでた。
「頑張れよ、俺は何時でも翔の味方だぜ!」
怜哉のアニメのような格好つけた言い回しに俺はプッと吹き出した。怜哉も俺と一緒に笑い出す。
さっきまであった暗いモヤモヤとした気分がスゥーと晴れていく。
俺たちは笑いの中、ゆっくりと帰宅の道を進んだ。その足は軽やかなものだった。