door-serika5





 土曜日の放課後、唯がみんなで映画館にいこうと誘ってきた。
「見たい映画があるんだ。チケットも4人分あるからね」
 張り切って唯が差し出したチケットは、話題になっている純愛ものの映画だった。
 俺は純愛ものはあんまり好きじゃないが、別に用事があるわけでもなく、夕方のバイトの時間まで暇だったので唯の誘いにのることにした。
 芹花や怜哉たちも行くことになって俺たち4人はぞろぞろと映画館に向かった。
「こういうものは恋人同士で来るものだよな」
 映画館は予想通り恋人たちが大半をしめていた。こう見ると4人組の俺たちが浮いているような気がしてならない。俺が居心地悪そうにしていると、
「まあ純愛ものだからな」
 怜哉は別に気にすることもなく、さっさと良い席を取りに行ってしまった。怜哉はたくましいな、俺はまわりの目を気にしてしまう。
「男2人、女2人だからダブルデートに見えるんじゃない?」
 そんな俺に芹花は気休めのような言葉をかけてくれた。ダブルデートか、それなら恥ずかしくないかな…でも映画館でダブルデートなんてするもんなのか?
「それって、どういう組み合わせかな?」
 俺のナイーブな心にも気づかず、唯が呑気に聞いてくる。まあ、女は純愛ものを見に来てもおかしくないから気にならないだろうけどな。男は女に誘われなきゃ、こんなの見れないって。
「もちろん、唯ちゃんと翔の組み合わせよ」
 芹花に期待通りの答えをもらい、唯が嬉しそうに頬を赤らめる。俺は2人の会話を気にとめることなく、ただまわりの反応をチラチラと伺っていた。
「おーい、席取ったぜ!」
 不意にでかい声が映画館全体に響き渡る。見ると怜哉が前から5段目あたりの真ん中で手を振っていた。まわりからクスクスと笑い声が聞こえてくる。何か最近笑われてばかりだ。
「翔、早く来いよ!」
 恥ずかしくて行きたくないなあと思っていると、怜哉がご丁寧にも俺の名前を呼んでくれた。
「わかった。今行くぜ、怜哉!」
 お返しとばかりに俺も怜哉の名前を大声で呼んでやった。だが周りから爆笑が起こっても、怜哉は気にせずに手を振り続けている。きっと怜哉の心臓は鉄でできているのだろう。
 俺は開き直って、大手を振って怜哉の元まで歩いた。その後をぴったりと唯がくっついてくる。芹花は俺との距離を微妙にとっていた。
「真ん中に座れよ」
 唯に先に行かせ、俺は唯の隣に座った。芹花は後から来て、そしらぬ顔で俺の隣りに腰をかけた。
「唯ちゃん、これどういう内容なの?」
「この話はね、お互いを好きだった幼馴染が幼い頃に離れ離れになってしまうんだけど、大人になって出会いまた恋に落ちるって内容なの。ロマンチックでしょう?」
 怜哉が聞くと、唯が楽しそうに内容を説明した。怜哉が曖昧に頷くのが見える。
「…」
 幼馴染が離れ離れになる…まるで俺たちみたいだ。お互い好きではなかったけれど、俺のほうは芹花を好きだったわけだし…
 何だか仕組まれたような映画の内容に俺の心は複雑だった。
「距離でも時間でも2人の気持ちを離れさせることはできなかったんだよ。それって素敵だよね」
 興奮したように唯が話し続ける。
「そうだね、素敵だね…」
「怜哉君もそう思うでしょう」
 怜哉が頷くと唯は嬉しそうに微笑む。
 …距離にも時間にも2人の気持ちを離れさせることはできない…
 俺は唯の言葉を聞いて芹花の顔をそっと見た。芹花は視線を落とし、宙を一点に見つめていた。
「芹花」
 呼ぶと、芹花がゆっくりと俺を見る。その表情からは何も読み取ることはできない。
「…素敵な話だな」
 俺が微笑すると、芹花は目を見開き驚いたみたいだが、
「…素敵な話ね」
 ゆっくりと微笑み、だがすぐにきついまなざしに変わる。
「でも、実際にはない話だわ。離れていた分だけ、お互いの知らないことが増えていくのよ。昔の気持ちを持続させることなんて無理だわ」
 きっぱりと芹花が言い切る。瞳には強い力がこもっている。
「…芹花、どうして?」
 俺にはどうして芹花の気持ちがそこまで頑なになってしまうのかわからない。俺が問いかけても芹花は俺を突き刺すような強い視線を送るだけだった。まるで俺を責めるように。
 やがて映画の始まりを告げる音が鳴ると、芹花は俺から視線をそらしスクリーンに視線を移した。
 俺は芹花の視線から逃れ、肩の力を落とした。ぼんやりとスクリーンを見ると映画の予告が流れていた。
 ベタベタな内容だな…
 映画を見ての感想はそんな素っ気ないものだった。
 幼馴染が別れる。大人になって再会する。そして恋に落ちる。それだけの内容で深みも何もない。表面をサラサラとなでるだけでシーンは淡々と過ぎて行く。
 俺はあくびをして、軽く目を閉じた。だんだんと眠くなってくる。
 芹花の言った通り、これには全然現実性が見当たらなかった。徐々に話が盛り上がりを見せても気持ちがのっていかない。反対に冷めてしまって、あくびの数が増えるばかりだ。
 だが話はもうクライマックス。ここまで頑張って起きてきたのだから、今更眠るわけにはいかない。
 グッと瞼に力を込める。場面は幼馴染がお互いの気持ちを告白する最高の盛り上がりを見せるはずのシーンだ。
『何年もあなたに会っていないのに、私はあなたを忘れることが出来なかった…』
『俺だって、離れていた今までの間、君のことを考えない日はなかった。ずっと君が好きだったんだ、今でもずっと…』
 そして2人が見つめ合う…あーあ、何かバカバカしいなあ。
 予想通りの展開に俺は呆れながらもスクリーンを見る。
 てっきり芹花も冷めた目で映画を見ているのだろうと、こっそり芹花を見ると、
「…」
 俺は思いがけない芹花の反応に目を丸くして固まってしまった。何と芹花が泣いているではないか!これはあくびがでたからとか、そういう規模ではない。もうダラダラと涙を流しまくっているのだ。明らかに感動している涙だった。
 俺は芹花に見ていることがばれないようにスクリーンに視線を移した。何で芹花はこんな映画で感動してるんだ?いや、この映画が俺にとってつまらないとかそういう問題ではなくて、あんなにも『距離』にこだわって否定していた芹花が何でそれを認めて感動しているかが問題である。
 もしかして、否定しているのは表向きで、本当は信じたいと思っているのだろうか。信じたくても信じられない、その狭間で芹花は苦しんでいるのだろうか。
 恋人の浮気、それは誤解だったけれど芹花の中に大きな不安を残した事件だった。その理由を芹花は無理矢理『距離』のせいにすることで自分を納得させたのかもしれない。そして今もその不安は芹花の心に根付いているんだ。
 全ては俺の憶測だけど、もしそうならどうにか芹花を救ってあげたいと思った。
 芹花を見ると、芹花の頬を一筋の涙が伝い落ちた。俺はその涙を今すぐに拭い去ってあげたかった。



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