door-serika1
−Serika Yosikawa−
高校生活も一ヶ月が過ぎた。俺はすっかり高校生活になれ、楽しい日々を送っている。
部活も唯と怜哉と一緒に園芸部に入り、計画通り幽霊部員をやっている。帰宅部と同じようなものだ。
そしてこの掃除の時間が終われば、唯と一緒に家に帰る予定だったのだが、しかし−
ガッシャン!
しまった!と思った時はもう遅かった。
俺の持っていた箒は弧を描いて窓にぶつかった。
「バカ!箒を投げる奴がいるか!?」
「投げたんじゃない。すっぽ抜けたんだ!」
怜哉の怒鳴り声に俺は怜哉の言葉が間違っていることを指摘する。
「そんなのどっちも変わらねえだろ!」
「故意かどうかは罪の重さが変わる重要なことだ!」
怜哉に言い返すと怜哉は納得した表情になる。
「結構余裕だな、翔」
いかなる時も取り乱さず、冷静な判断を下す俺に怜哉は感心したようだった。ずるがしこいという意見もあるがそれは無視する。
「まあな」
得意気に胸を張ると、ゴインッと後頭部に衝撃が走った。
「まあな、じゃないわよ!」
背後には俺を殴った箒を持って仁王立ちしている芹花がいた。頭から湯気が出ているのはお怒りの証拠だろう。
「そんなくだらないこと言ってないで、さっさと窓ガラスの破片を片付けなさいよ!」
ピシッと芹花が指を差す先にはバラバラになった窓ガラスの破片と、それを片付けている唯を含む女子の姿があった。
その中には怜哉もいた。いつの間に窓ガラスを片付けていたのだろうか。きっと芹花の怒りが落ちることを予想しての行動だろう。世渡り上手な奴だ。
「早く拾いなさい!」
芹花がドンッと箒を地面に打ち付ける。俺は飛びつくように窓ガラスの破片を片付け始める。芹花の怒りは鬼のように怖い。
芹花は俺が窓ガラスの破片を片付け始めたのを見ると自分も窓ガスの片付けにはいった。なんだかんだ言ったって手伝ってくれるのが芹花の優しいところだ。
「おい、さっきの音はなんだ!」
窓ガラスが割れる音を聞きつけた担任の先生が教室にあわててやってきた。担任は割れた窓ガラスを見ると、やはりという表情で大きな溜息をついた。音から窓ガラスが割れたことを予想していたのだろう。
「割ったのは誰だ?」
厳しい表情の担任の声に俺は潔く先生の前に進み出る。教室にいた全員が見ているんだ、隠しても仕方ない。
「俺です」
「遠峰か…」
「すいませんでした」
素直に頭を下げる俺に担任は表情を和らげる。担任は厳しいけど、悪かったことを素直に謝れば許してくれる話のわかる先生だった。
「どうして窓ガラスを割ったんだ?」
優しく問いかけてくる担任に俺は答えるのをためらった。理由を言えば、担任が怒るなっていうことが想像つくからだ。
「…実は…」
しかし黙っていては余計怒らせる結果になることがわかっているので、俺は担任の怒りを覚悟して話し始める。
「箒と雑巾を使って野球の真似をしていまして…」
話すとどんどん担任の表情が険しくなっていく。俺の声の大きさはそれに合わせてだんだんと小さくなっていった。
「バットの代わりにしていた箒がすっぽ抜けて…」
「窓ガラスに当たったんだな」
「…そうです」
消えそうな声で返事をして担任の顔をのぞき込むと、担任は険しい表情で真っ直ぐ俺の顔を見ている。やっぱり怒ってる。
「でも、わざとではないんです。勝手に箒が手からすっぽ抜けたんですよ」
必死になって言い訳をする。しかし担任は俺の言い訳を聞いてむっとした表情になる。
「先生はそういう言い訳好きじゃないな」
担任には言い訳が逆効果だった。俺はしまったと思いながらも言ってしまったことはなかったことにできないので、ただひたすら頭を下げ謝った。
「すいません。今回のことは本当に反省しています。どうか許してください。だから…」
はっとなって俺は口をつぐんだ。勢いづいて本音を言いそうになってしまったのだ。
しかし担任がそれを見過ごしているわけがない。
「だから、どうしたんだ?」
容赦なく俺に次の言葉を続けるのを強制する。
「だから…」
俺は先生の強制に逆らうこともできず、だからといって言葉の続きを言うこともできず、俺のピンチを助けてくれる奴を探し目をキョロキョロとさせた。
誰でもいいから助けてくれ〜
「先生、俺も野球をしていました」
ピンチを救ってくれたのは怜哉だった。担任の前に進み出て、自分も野球をしていたことを告白する。
「冴木もなのか…2人だけか?」
先生が尋ねると俺たちと野球をしていたメンバーが次々と名乗り出てくる。
担任はその様子に肩を落とす。俺が怒られているのを見て自分から共犯だったことを言ってこなかった生徒たちを情けなく思っているのだろう。
「おまえたち、俺が聞かなかったら遠峰に罪を押し付ける気だったのか?それじゃあ駄目だろうが…」
担任の説教が続く中、俺は怜哉に目配せをしてピンチを救ってくれた礼を言った。怜哉が気にするなとウインクをしてくる。
「…それじゃあ、おまえたちで窓ガラスは片付けろ。それから割った窓ガラスの弁償代は割りかんだからな」
弁償代と聞いた途端、不平を言う生徒たちを担任は一睨みで黙らせた。みんなが黙るのを見て担任はにっこりと笑う。
「窓ガラスを割ったのは全員の罪だからな、金はしっかり払えよ。それから遠峰」
「はい」
名指しされ俺は緊張した表情で担任に向き直る。まさか、さっきの言葉の続きを言えというのだろうか。
「悪いが、みんなの弁償代をまとめて俺に持ってきてくれ。明日…は無理か。じゃあ明後日までによろしく頼むな」
俺が危惧していたのと違う担任の言葉に、ほっとして俺は頷いた。
担任が他の掃除場所を点検するため教室を出て行くと、窓ガラスを割った生徒たちがわっと担任への不満を零し始める。
「翔ちゃん、大丈夫だった?」
唯が不安そうに俺の側に歩み寄る。俺がよっぽど疲れた顔をしていたからだろうか。
「大丈夫だけど、大丈夫じゃない…」
「何よ?大丈夫じゃないって」
芹花が首を傾げると怜哉が乾いた笑いを漏らす。
「わかるよ、翔。金のことだろ?」
同情するような目つきで怜哉が俺を見ている。怜哉には俺の悩みを理解できる環境にいる奴だった。
「お金って、窓ガラスの弁償代のこと?」
唯の問いに俺たちはそろって頷く。
「今、金ないんだよな」
「俺はかろうじてあるけど、翔に貸す分まではないぜ」
「そっか」
すまなそうに言ってくる怜哉に俺はがっくりと肩を落とした。怜哉を当てにしていたのになあ。怜哉は励ますように俺の肩を叩いてくる。
「お金が無いなら親に立て替えてもらうとかできないの?」
芹花のもっともな意見は俺には通用しない。なんせ俺の親はアレだからな。
「芹花や唯にはわからないよな、この悩み。親に窓ガラスを割った弁償代をくださいなんて言えるわけないだろ」
怜哉の言葉に俺は何度も何度も頷く。これはお互い深いわけがあるんだよな。
「何でよ。翔のご両親も怜哉のご両親も息子のことを可愛がっているじゃない。弁償代を払ってくれないことはないと思うわよ」
芹花の意見に怜哉はチッチッチと指を振る。
「可愛がってくれているからこそ言えないんだよ。窓ガラスを割った理由が箒と雑巾で野球の真似事してふざけてたからなんて言ったら、俺の親は間違いなく泣くぜ!」
言い切る怜哉に芹花と唯が複雑そうな顔を見せる。わかるようなわからないようなそんな表情だ。
「翔ちゃんもそうなの?」
唯に聞かれ俺はドキッとした。俺の場合はそんな甘いことではないんだが。
「俺の親は小言がうるさいんだ。だから言いたくないの」
その言葉は当たっているような外れているような、半々だが事実なことは確かだ。
「そうなんだ」
納得した唯に適当に相槌を打った。これ以上は話をしたくなかったから。
俺が嫌なのは小言でも昔の俺と比較されることだった。昔の俺はよい子で乱暴なことはせず賢い子だったとか、親の言うことをよくきいたのに、など愚痴をこぼすのだ。俺にしてみれば昔の俺はよい子でもなんでもなく、ただ親の操り人形だっただけだ。
俺はそんな親にこのことを話したくもないし、金をくれとこうのも嫌だ。
「じゃあ翔、私のバイト先で一緒にバイトしない?」
突然の芹花の提案に俺は目を丸くした。
「バイト?」
「私、コンビニでバイトやってるのよ。できれば同じ時間にバイトをする相手が知ってる人のほうが安心できるし、翔も一緒にバイトしましょうよ?」
頼み込んでくる芹花に俺は考えもせず、OKを出した。バイトをすれば金が手に入るなんて芹花に言われるまで気がつかなかった。
「でもバイト代が入るのって先のことなんじゃないの?」
唯の問いに俺ははっとした。それを忘れてたぜ。明後日までに金を手に入れなきゃバイトしても意味がないんだよな。
思案に暮れる俺に芹花がにっこりと笑う。
「大丈夫、私が前払いしてあげるわ」
芹花の心強い言葉に思わず俺の目は潤んでいた。芹花ってなんて良い奴なんだ。
「芹花、ありがとう」
「いいから、バイト休んじゃ駄目よ」
「もちろんです!」
俺が即答すると芹花は満足そうに微笑んだ。その笑顔は自愛に満ち、俺は芹花への感謝の祈りをやめなかった。
かくして俺のバイト生活が始まった。