「夢の翼」と「誓いの未来へ」コラボ作品1





 日が暮れてしまい、闇に閉ざされてしまった森の中を2人は歩く。
「ねえ、カイル?僕たち、迷った?」
 シェルクに指摘され、カイルはギクリと身を強張らせる。
 森の地図を持ち、前を歩いていたカイルだが、途中から自分のいる地点をすっかり見失ってしまっていた。
 変な意地に邪魔され、シェルクに素直に言えず、そのまま自分の勘に頼って歩いていたのだが、
「ごめん」
 カイルはクルリとシェルクに振り向き、頭を下げる。
 それを見て、シェルクはやっぱりと溜息をこぼす。
「日が暮れるまでに抜けられるっていう森が全然抜けられないんだもん」
 夜になっても森を抜けられず、一向に出口も見えてこないので、いい加減シェルクもおかしいと気づき始めていた様子だ。
「ごめんな、シェルク」
 カイルは、役立たずになった地図を手で丸めながら謝り続ける。
 旅に出たばかりの2人は、地図を頼りに森を抜け出さそうと思っていたのだが、道に迷ってしまった。それもそのはず、2人ともまともに地図を読んだことなどないに等しいのだ。
 彼らは、生まれてから自分が育った村から出たことがなかったのだ。
「…この森、どうやったら抜けられるかな?」
 謝ってばかりのカイルから地図を取り、見てみるがシェルクには現地点どころか、見かたがわからない。
「この地図、どうやって見るの?」
 地図を縦にしたり、横にしたりとしながら、シェルクが苦戦していると、
「実は、俺もよくわからない」
 気まずそうにカイルは答える。どうやら、カイルも地図の見かたがわからなくて、適当に歩いていたらしい。
 それは、迷いもするだろう。
 シェルクは、先ほどよりも深い溜息をつき、諦めて地図をたたむ。
「とにかく歩こうか」
 立ち止まっていても仕方ないと、苦笑するシェルクに、カイルは反省したまま、素直にシェルクに従った。
 そして、2人はまた、適当に歩き出すのであった。

 月の光さえも、深い森には届かない。
 すっかり暗くなってしまった森を、用心深く進む2人の姿がある。
「日が沈む前に終わらせたかったね、仕事」
 ジューダは手に持った明かりで辺りを照らしながら、クレイに話しかける。
「そうだな」
 生返事をしながら、クレイは鋭い視線を周囲に向け続ける。握った剣が赤く反射しているのは、敵の血がこびりついているからだ。
 2人は、この森に住み付いた魔物を退治するためにやってきた。予定では、日が沈む前に仕事が片付くはずだったのだが、敵は2人が思った以上に手ごわかった。
 敵は2メートルもある熊。高さと怪力を活かした攻撃をしてくる。速さはないものの、一撃が重く、くらったら即重症だ。
「下手に手が出せないからな」
 クレイは悔しそうに舌打ちをする。回復魔法を使える仲間がいないのは痛い。
「熊さんが人を襲わなければいいんだけれど」
 クレイはジューダの言葉にずっこけそうになった。敵を「さん」付けにしないで欲しい。しかも「熊」に「さん」をつけるな、子供じゃないんだから。
 込み上げてくる怒りを押さえ、クレイはこの怒りを熊にぶつけようと誓った。ジューダには何を言っても無駄だ。
「熊さんも傷を負っているし、もう人間を襲わないんじゃないかな?」
 希望を込めて言うジューダに、クレイは耳を貸さない。
 何の返事もないクレイをチラリと見るが、クレイはむっつりとしたまま、黙っている。その話は、聞きあきたとばかりだ。
 現に、ジューダとクレイのこのやりとりは、街で仕事を受けた時や森に入る支度をしている時、森に入る前、熊を見つける途中に何回も何回も話したことだ。
 人間を襲わないように熊を説得できないかと食い下がるジューダに負けて、熊に攻撃を開始する前に、わざわざ説得までさせてやった。熊に人間の言葉が通用するか疑わしいが。
 だが、熊はジューダの説得を聞かずに、2人に襲いかかってきた。その時点で、熊は倒さなければならないとジューダも納得したはずだったのだが。
「おまえな、敵が逃げたからって、すぐにそう思うのはやめろ」
 クレイの呆れたような表情に、ジューダが落ち込む。
「わかっているよ。傷を負ったからって熊さんが人間を襲うのをやめないってことは」
 ジューダは辛そうに吐き捨て、視線を森に戻した。
 短い旅の中で、ジューダは魔物の本性を見抜いていた。魔物が人間を襲うのは、魔物にとって本能だということを。人間が睡眠欲や食欲を感じるように、魔物も人間を攻撃したくなるのだと。
 だからと言って、魔物を倒すことに抵抗がなくなるわけではない。心が通じることがない人間と魔物の関係に心は苛立つばかり。
 クレイは、ジューダの心中を察しながら、面倒と思う反面、悩み続けるジューダの姿に安心していた。
 ジューダには、仕方ないと割り切るような人間にはなって欲しくなかった。誰も傷つけたくはないと正面から言い切れるジューダでいて欲しい。
 汚い役は、全て自分が背負うから。
「はやく倒して街に戻るぞ!」
 迷い続けるジューダに、クレイは声をかけ、森深くへと入って行く。
 ジューダは、ゆらゆらと揺れる手元の明かりを頼りなく見つめながら、クレイの後を追った。

 真夜中の森を明かりもつけずに歩く。
 仕方ない、明かりをつける道具を持っていないのだから。
「カイル…」
 シェルクがおびえたようにカイルの手を握りしめる。
 目の前も見えない暗闇の中を2人は身を寄せ合い、恐々と先へと進む。
 森の出口はまだまだ見えない。自分がどこにいるのかも2人には見当がつかなかった。
「大丈夫だ」
 不安そうなシェルクを元気付け、カイルはひたすら歩き続ける。
 シェルクと違って怖くないが、歩くのが疲れてきた。昼からずっと歩き詰めだ。
 カイルが疲れから溜息をつくと、シェルクが敏感に反応する。
「何?」
「えっ。いや、別に」
 シェルクの問いにカイルが答えかけ、
「?」
 シェルクが自分ではなく、闇に隠された茂みを見ていることに気づく。
 目を細め、その茂みの奥を凝視するが、カイルには何も見えない。
「何か、いるよ」
 しかし、シェルクにはしっかりと見えているらしい。
 手を離し、シェルクは術の詠唱にかかる。カイルも剣を抜き、身構えた。
 目に見えない敵を相手にするのはきついが、シェルクには見えているようなので、カイルには慌てた様子はない。
 シェルクの詠唱が終わり、風の刃が真っ直ぐに茂みへと走る。
 獣の悲鳴が轟き、茂みから大きな影が揺れ動く。
「熊か!?」
 傷を負わされ、狂ったように襲いかかってくる獣を冷静に見つめ、カイルはシェルクを庇うように剣を構えた。
 動きが遅い。シェルクに傷を負わされる前から傷を負っていたようだ。
 2人が通り過ぎるのを茂みの中で身を潜め、待っていたのだろう。シェルクに見つかってしまったのを不運と言うべきだろうか。
 だが、カイルはシェルクに危険を及ぼすものを黙って見過ごすほど、お人好しではない。
「悪いな」
 振り下ろされた熊の腕をあっさりと避け、カイルは容赦のない一撃を繰り出す。
 下段から斜めに振り上げた剣は、奇麗な曲線を描き熊の命をとる。轟音を立て背中から倒れこみ、そのまま熊は動かなくなった。
 カイルは息を吐き、剣を鞘にしまう。隣でシェルクも同じようにほっと息をついていた。
「今日は厄日だな」
 森で迷うわ、熊と遭遇するわで、散々な一日だ。まだ、遭難したままだし。
「疲れちゃったね」
 熊との戦いで、今までの疲れが一気にきたのだろう。シェルクはフラフラと地面に膝をつく。
「そうだな」
 カイルもしゃがみこみ、2人は途方に暮れてしまった。
 歩き回る元気もない。出口への道のりもわからない。だからと言って、凶暴な獣が現れる森の中で休むわけにもいかない。
 誰か、出口まで案内してくれないかな。
 こっそりと心の中で願い、だが口に出すとシェルクが不安がるのでやめた。
「カイル!」
 うなだれてしまったカイルの袖をシェルクが握りしめる。
「誰か来るよ」
 今度はカイルにもわかった。こちらに駆けてくる足音。おそらく人間のものだ。
 しかし、人間だからといって安全だとは限らない。カイルは素早く立ち上がり、警戒する。
「いた!熊さんだ!!」
 倒れている熊を見て、足音の1人が声をあげる。
「熊さん…?」
 シェルクがきょとんとした表情で熊と声の主を交互に見る。
「熊さんとお友達なのかな?」
 本気とも冗談ともとれるシェルクの言葉にカイルの顔が引きつる。
 実は声の主のペットでしたなんてことだけは勘弁して欲しい。
「おっ!やられてるな、よしよし」
 熊が死んでいるのを確認して、もう1人の男が満足そうに笑う。
 その隣で、熊さんと呼んだ男が複雑な表情を見せた。
 2人は、両手を広げ敵意がないことをアピールしながらカイルたちに近づいてくる。
 カイルは警戒を解き、だが油断なく2人を向かえる。
「お前たちが、こいつを倒してくれたんだよな。ありがとう。俺たち、こいつを倒す仕事を受けていたんだ」
 よほど仕事が片付いたのが嬉しいのか、男はニコニコとした表情で話しかけてくる。
 カイルは、この熊がペットでないことに安堵し、男に微笑みかける。
「そうか、良かったよ」
 面倒なことにならずにすんで本当に良かった。
「これでやっと街に戻れるな」
 振り返り、仲間に声をかけるが、仲間は暗い表情で頷いただけだった。
「街!?」
 しかし、そんな表情を気にかける余裕などカイルたちにはない。
「街に戻るんですか!?」
 2人同時に詰め寄られ、男がびびったようにのけぞる。
「ああ、そうだけど」
「案内してください!!」
 神に祈るように両手を組み、涙ながらに頼み込む2人に男はただ頷くしかなかった。



『next』     『novel(BL)-top』