誓いの未来へ9





 2人は村長の家を出て、真っ直ぐに守り人の家へ向かった。
 守り人のサルフィスとアイシャは夫婦で同じ家に住んでいる。
 家へ訪ねると部下の者が出て、サルフィスの元へ案内してくれた。アイシャのほうは怪我がひどく、話も出来ない状態だと教えてくれた。
「アイシャ様、大丈夫かな?」
 キールが表情を曇らせる。
 部下から聞いた話によると、アイシャは敵の男の戦いで傷つき倒れた村長とサルフィスを守るため強力な術の結界を張ったらしい。しかし、その結界も男の前では歯が立たず、剣に引き裂かれアイシャは男の剣をまともにくらってしまったのだ。
「大丈夫さ、このまま安静にしていれば回復すると言っていたし…」
 カイルは言いながらも、自分の中で不安が募っていることを感じていた。村長と守り人が手に負えなかった敵を自分たちが倒すことが出来るのだろうかと。
「よく来たね、カイル、キール」
 対面したサルフィスを見て、2人は息を呑んだ。
 口調は確かなものの、全身を包帯で巻かれていた。改めて、敵の強さを見せ付けられた気がして、カイルの背筋がゾクゾクとする。
「確か、洞窟の地図を取りに来たのだよね」
 サルフィスは目で部下に合図をすると、部下は心得ていたのか、すでに地図を用意していた。
 カイルは地図を受け取り、広げて見る。その地図は5階までの全体図が記されてあった。
「その地図を見れば、真っ直ぐに下の階へ行けるはずだ」
 階段の場所もしっかりと記されてあった。詳細な地図にカイルの中に疑問が浮かび上がる。
「でも、どうしてこんな地図が村にあるんですかね?」
 洞窟へは、村長や守り人すら緊急の時しか入ってはいけないという掟がある。しかし、この地図はどう考えても、地図を作る目的で洞窟に入り、調査しなければ描けないものだった。
「ああ、そのこと」
 サルフィスが言い辛そうに苦笑する。
「実は、村人には秘密なのだけれど、村長の親、つまりシェルクの祖父の頃から地図を作るために洞窟を調査していたんだよ」
「えー!本当ですか!?」
 サルフィスの言葉に2人は目を丸くする。
 最大の禁忌である洞窟に村長たちが入っていたなど、初耳だ。
「やっぱり洞窟の中には危険な魔物がうじゃうじゃいるんですかね?」
 キールがグッと身を乗り出し、力を込めて聞くと、
「まあ、それなりにね。でも5階までの敵なら君たちの力でも通用するよ」
 サルフィスは笑みを浮かべながら答える。それを聞いてキールが安心したように力を抜いた。
「良かった〜、あの赤い目の男以外にも強敵がうようよしていたら、どうしようかと思ったぜ」
 思わず額の汗を拭うキールに、サルフィスの瞳が鋭くなる。
「キール、油断は禁物だぞ。地図の調査を中断したのも5階にいる魔物に守り人の1人が殺されたからなんだ」
「殺されたっ!!」
 サルフィスの物騒な言葉に2人が悲鳴をあげる。
「…」
 そして、2人は黙ったまま、硬直してしまった。無理もない、今から向かう洞窟で死人が出てしまっていたのだから。
 サルフィスは教えるべきではなかったと後悔しながらも、カイルに目を向けた。
「その守り人とは、君の父親だったんだよ。カイル」
 サルフィスの言葉にカイルが顔を上げる。衝撃の真実にカイルの頭が真っ白になる。
「えっ?」
 一呼吸遅れてカイルの声が出る。カイルには一瞬サルフィスが何を言っているのか、わからなかった。
「カイルの父親!?そう言えば、カイルの父親って守り人だったんだっけ」
 キールは思い出すと、興奮したように呆然としているカイルを見る。
「そう、君の父親は村長を魔物からかばって命を落としたんだ。忠誠が厚く、正義感の強い人だったよ」
「…父さん?」
 サルフィスに父親の話をされても、カイルにはピーンとこなかった。
 父親はカイルが生まれる前に亡くなっていた。父親の死の原因は今まで知らなかったが、立派な父親だとは、母や村長がよく言っていた。
「そうだったんですか」
 話を聞いた今でも父親というものの実感は湧かない。全然関係ない人の話を聞いているみたいだった。
「そうそう、君たちに渡しておきたい物があるんだ」
 サルフィスは思い出したように言い、部下に目配せをする。部下は、またも迅速にその物を用意する。
「これは?」
 手渡されたものは剣だった。カイルが聞くと、サルフィスが剣を持つ2人を見て、満足そうに頷いた。
「それは守り人だけが持つことを許される剣だ。持ち手の技量に合わせて成長する剣なんだよ」
 サルフィスの説明に2人の目が輝く。
「成長する剣!?すごいじゃん」
 上にかざし、マジマジとキールは剣を眺める。その剣は刃こぼれ1つなくキールの顔を映す。
「俺の剣は新しくないみたいだけど…」
 反対にカイルの剣は、使いならされた風がある。
「その剣は、元は君の父親の物だったんだよ」
「父さんの剣!?」
 言われ、カイルは不思議そうに剣を見つめる。かつて父親が使っていた剣。父はこの剣で村長の命を守ったのだ。
 ならば、この剣はシェルクを救ってくれるだろうか。自分の命など惜しくない。シェルクさえ助かれば…
「行こう、キール」
 カイルは静かに、だが並々ならぬ決意を込める。
「ああ」
 キールもやる気満々だ。サルフィスとの会話で闘志がみなぎっていた。何より、剣がキールに力を与えてくれていた。
「それでは、失礼します。サルフィス様」
 2人は意気揚々と部屋を出て行く。
「必ず帰って来るんだぞ」
 真剣なサルフィスの表情にキールは大きく、カイルは困ったように頷いた。
 その姿を見送り、サルフィスはベッドにもたれかかる。
「死ぬなよ、2人とも…」
 かつては同僚を失った。サルフィスはこれ以上、誰も失いたくなかった。
 まだ、若い守り人を守ってくれとサルフィスはカイルの父親に祈りを捧げた。



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