誓いの未来へ10
第3章
赤い…
全てが赤く染まっている。
僕は、この色を知っている。秘石の色、魔王の命の色。
ジワジワと僕の内を侵食していく魔王の鼓動。あがいても逃れることが出来ない。
一歩、一歩、近づく魔王の封印へと。魔王が僕の体を手に入れるために、僕は操られ、歩いて行く。
だけど、僕は諦めない。
少しでも歩みを遅らせるように、踏ん張るんだ。
きっとカイルが助けに来てくれる。あの約束を果たしにカイルが僕の元へ、やって来てくれる。
ああ、でも僕は、あの日見た幻像を現実のものにはしたくない。いっそのこと僕が死んでしまえば…
カイル、はやく来てくれ。
はやく…僕が負けないうちに…はやく…
洞窟の中は湿っぽかった。
まるで魔王の体内に潜り込んだかのように、息苦しさが耐えない。
迎え撃つ敵も強敵ばかりでカイルたちを苦しめた。しかし、サルフィスにもらった剣が多大な威力を発揮してくれていた。
「すげえよ、この剣!」
感動したようにキールが、魔物を一刀両断した剣を見つめる。
「ああ…」
カイルも剣の攻撃力に舌を巻いていた。他の剣とは比べ物にならないほどの力が、父の剣にはあった。切れ味どころか、自分の腕までもがあがった錯覚を覚える。
「よおしっ!これならいけるぜ!!」
キールが意気揚々と剣を握りしめる。剣のおかげで不安も少しは減っていた。
それはカイルも同じだ。サルフィスに脅されていた魔物の強さも、この剣があればクリアーできそうだ。
「先へ進もう」
魔王に操られているシェルクのことが心配だった。カイルは一刻も早く、シェルクに追いつくため足を速めた。
地図を見て、最短の道を進んだが、シェルクの姿は一考に見えない。
思ったよりも早い速度で下の階へ進んでいるみたいだ。
地図のある5階までに見つけなくてはと、カイルは焦りながら、奥へと向かう。
「やっと5階だ」
洞窟に入り、どれほどの時が経ったのかなど忘れてしまった。
最短の道を進んできたこともあるが、魔物との遭遇も少なく、考えていたよりも早く5階についたはずだった。
「シェルクの姿はないな…」
予想では、シェルクと赤い瞳の男は、より早く魔王の元へ着くために下へと続く階段へ真っ直ぐに向かうと考えていた。
カイルたちもその道を進んでいるので、どこかで追いつくと思っていたのだが。
「思ったよりも移動が早いな…」
「いくら何でも早すぎるだろう。もしかしたら、遠回りして歩いているんじゃねえか?」
「そうかな…?」
キールの言葉が当たっていれば、カイルたちはシェルクよりも先に5階に着いてしまったことになる。
しかし、遠回りをして敵に何のメリットがあるのだろう。
カイルたちが敵よりも強くなければ、鉢合わせないように用心していると考えられたかもしれない。だが、剣を手に入れた今でも、カイルたちは赤い瞳の男にはかなわないだろう。
それならば何故?そうしなければならない理由が他にあったのだろうか。
「…とにかく6階の階段まで行ってみるか」
キールもあれこれと考えてみたが、余計頭が混乱してきた。考えたってわかることではないので、取り合えず行動したほうが早い。
その意見にカイルも賛成だった。
2人は最後の地図を手がかりに6階の階段まで歩いた。
「…いないな」
結局、シェルクたちを見つけることは出来なかった。
もっと奥へ行ってしまったのか。それとも、まだここに到着していないのか。
「どうする?ここからは地図はないぜ」
キールがカイルを見ると、カイルはすでに階段へと足を向けていた。それを見て、キールの表情が歪む。
「おい、待てよ!6階からは地図もないんだ。敵も強くなってきているし、無用心に足を踏み入れたら、危険だぞ!」
カイルがシェルクを心配していることはわかる。だが、ここで無理をしたら自分たちまで危険になる。
「それがどうした!?」
しかし、キールの声も届かず、カイルはどんどん先へ進んで行く。キールは慌てて、カイルの首根っこを掴む。
「少しは冷静になれ!」
「冷静になんかなれるか!こうしている今もシェルクは苦しんでいるんだ!!」
キールの腕を振り解き、カイルは真っ向から食って掛かる。
「そんなの俺だってわかっているさ!だからこそ、ここは冷静にならなければならないんだろうが!!」
熱くなるカイルに対して、キールは自分でも驚くぐらい落ち着いていた。
いつもは立場が逆なのだが、こうもカイルが急いていると、反対に自分は冷静になってしまうものみたいだ。
「なら、どうすればいいんだ!?5階まで来てシェルクは見つからなかった。奥へと進むしかないだろう!!」
すっかり頭に血が昇ってしまっているカイルに、キールは自らを落ち着かせるように深い息を吐いた。
カイルがまともに考えられないなら、自分が頭を使うしかない。
キールは、もう一度地図を見た。何か見落としていることがあるかもしれない。
1階から、順に見て行く。2階、3階…
「あれ?何だ、この印は」
5階の地図に×印がある。
「×印?」
カイルも地図を覗き込むと、確かに地図の隅に×印が描かれてあった。奥への最短の道しか見ていなかったので、見落としていたみたいだ。
「この場所に何かあるのかな?」
村長と守り人が何のために、この×印をつけたのかはわからない。だが、他の階に印がないのだから、よっぽどの何かがあるのだろう。
「…行ってみるか?」
キールに覗き込まれ、カイルは戸惑う。
そこに行けば、シェルクに会える保証はない。だが、気になる。もしかしたら、魔王に関する重大な手がかりがあるかもしれない。
「他に当てはないんだ。6階に行くよりも危険はないぞ?」
再度、キールに聞かれ、カイルは頷いた。
6階に進む危険性はカイルも知っていた。それでもシェルクを助けたいという焦りをカイルは止められなかった。
しかし、このまま階下に進んでも、シェルクを助け出させるばかりか、自分たちの身まで危うくなるばかりだ。
「行こう」
それならば、この不審な×印にかけたほうがいいかもしれない。
2人は、望みをかけて地図が記す場所へと走り出した。