誓いの未来へ8
勝負は一瞬でついた。
白い閃光が煌いた瞬間、カイルとキールは見えない刃に切り捨てられ、気を失ったのだ。
2人にはそれが剣の煌きとすら気づかない。
全ては瞬時にかたがついた。
そして、2人が目を覚ました場所は村長の家だった。
「大丈夫ですか?」
アリシアの温かい手、回復の術を感じながらカイルは目覚めた。
目覚めたカイルに不安に彩られたアリシアの瞳が、安心したように揺れる。泣いていたのか、目じりが赤くなっていた。
「…ここは?」
はっきりとしない頭で、カイルは天井を見上げる。見慣れた天井だ。しかし、どこか懐かしい感じも受ける。
「ここは、私の家です。昔、カイルさんの部屋だったところですよ」
アリシアに言われてカイルは納得した。ここは、カイルが幼少の頃に使っていた部屋だった。
「大丈夫か、カイル?」
アリシアの隣りにはキールが立っていた。眉に深い皺を刻んでいる。キールがこんな表情を見せるなど珍しい。
「ああ、少しぼんやりするけれど…」
カイルは体を起こし、頭を振る。まだ、ぼんやりしているけれど、その他に異常はなかった。
「そうですか、良かった」
ほっとしたように笑みをもらすが、アリシアの表情は硬い。キールも唇を引き締めたままだ。
「…カイル、シェルクなんだが…」
意を決した様子でキールが口を開く。
「シェルク?そうだ!シェルクはどうした?無事なのか!?」
シェルクの名を聞き、覚醒したカイルがキールに掴みかかる。
キールはカイルの腕を解きもせずに、うつむいてしまう。アリシアにいたっては嗚咽を漏らし始めている。
「何だよ、2人とも。シェルクに何があったっていうんだ!?」
ただならぬ2人の様子にカイルの心がざわざわと騒ぎ立てる。
キールはやがて、顔を上げるとギュッと目をつぶったまま口を開いた。
「…シェルクは、さらわれてしまったんだ」
「!!」
その無情の一言にカイルは打ちのめされる。
「…そ、そんな…」
力なくカイルの腕がキールから滑り落ちる。
「シェルクが…そんな…」
うつむき、ギュッとシーツを握りしめる。
自分が守ると決めたのに!
「カイル様…」
自分を責めるカイルの姿に、アリシアが目を伏せる。その姿が痛ましかった。
「行こう、アリシア」
キールもカイルのこんな姿を見ていられなかった。カイルもキールに見られたくないだろうと察し、キールはアリシアと共に部屋を出て行く。
カイルはそんな2人の心遣いに気づく余裕もない。
森にシェルクを連れて行かなければと、もっと気を引き締めていれば、事前に男の存在に気づいたのにと、後悔で胸が締め付けられる。
しかし、男に気づいたとしてもカイルには、あの男に勝てはしなかっただろう。
あの一瞬の一撃で倒した男の剣のさばき。あの剣を避けることなどカイルには不可能だった。
「俺が弱かったんだ!!」
シェルクを守れなかったのは、カイルが弱かったからだ。
守り人候補になったからといって、思い上がっていた自分が情けなかった。その慢心のせいでシェルクが敵に捕らわれてしまった。
秘石を見た時から、感じていたシェルクの不安がとうとう現実となってしまったのだ。それもこれも全部自分のせいだった。
「シェルク…」
シェルクは今どうしているだろうか。敵の男にどういう扱われ方をしているのか。
不安だろう、心細いだろう、恐怖に身を震わせているだろう。
助けてあげたい。今すぐにシェルクを抱きしめて、安心させてあげたい。
「…そうだ…そうだよな」
今、過ぎたことを嘆いていても何も始まらない。自分がするべきことは一つ。シェルクを助けることだ。
カイルは立ち上がり、ゆっくりと扉を開けた。
洞窟の前にいた村長や守り人はカイルたちよりも、遥かにひどい損傷を受けていた。
敵の男はシェルクをさらった後、そのまま洞窟へと向かった。そこで出会った村長を蹴散らし、洞窟に入っていったと言う。
なまじ、敵の男と戦い渡れる力を持っていただけに村長たちは深い傷を負わされていた。一瞬で勝負がついたカイルたちが無傷だったのは、皮肉にも力がなかったせいと言えた。
「村長、申し訳ございませんでした!!」
傷を負い、ベッドに横たわる村長にカイルとキールが深々と頭を下げる。
村長は重い頭を上げ、2人を見上げる。その瞳は静かなものだった。
「顔を上げなさい」
しかし、その声には疲れが響いていた。受けた傷は思ったよりも深いみたいだ。
「上げられません!!俺は、軽率な行動のせいで次期村長のシェルクを敵の手に渡してしまった…」
カイルは拳を握り締め、身を震わせていた。土下座しても謝りきれはしない。
「顔を上げなさい」
有無を言わせない強い言葉に2人の頭が上がる。
「シェルクがさらわれたのは仕方のないことだった。初めからシェルクは、あの男に狙われていたのだ」
「っ!?シェルクが?」
村長の言葉に驚きを受ける。何故、シェルクが狙われたのか。
「2人は魔王が秘石を洞窟に持ち運ばせるために村人を操ることを知っているな?」
それは守り人になる訓練時に誰もが教わることだった。村人なら全員が知っている常識的なこと。
「では、魔王の封印されている洞窟には誰でも入れるわけではないということも知っているかな?」
それも誰もが知っていることだった。村長、守り人以外は強力な結界で洞窟に入ることが出来なくなっている。
「洞窟に秘石を持ち込むには村長か守り人が必要だった。それでシェルクが狙われたということですか?」
カイルの言葉に村長が頷く。
「そうして、もう1つ。魔王にはすでに肉体がない。そのために秘石を持つ村人の体を乗っ取ろうと企んでいるのだ。結果、術力の1番高いシェルクが選ばれたのだろう」
「何だって!?」
村長の変わらない落ち着いた口ぶりに、2人の表情が固まる。
「シェルクが魔王に乗っ取られる!?」
カイルの顔は真っ青だった。
「そんなっ!?早くシェルクを助けなければ!!」
慌ててカイルが部屋を飛び出ようとする。
「待ちなさいっ!」
しかし、それは村長の一喝により阻まれる。村長の声には逆らえない威厳があった。
カイルの強い瞳とぶつかり、村長の頬がわずかに緩む。
「守り人のところへ寄りなさい。途中までだが洞窟への地図があるはずだ」
村長の言葉にカイルの表情が明るくなる。シェルクを救出する戦士にカイルは選ばれたのだ。
「守り人の傷も深い。今、シェルクを助けられるのは、カイルとキール、君たちしかいない」
村長の重い期待に、カイルは負けることなくしっかりと頷く。シェルクを助けるのは自分しかいない。いや、自分でなければならないのだ。
「それから、あの男に気をつけなさい。あの赤い瞳は魔王の手下の印。人間ではないだろう」
「やっぱり!どうりで強いはずだぜ!」
一撃で倒されたことが余程悔しかったのか、キールが怒りをあらわにする。
「気をつけていきなさい」
長く話すのに疲れたのか、村長はそのままぐったりとベッドにもたれかかる。
「はい、行ってきます!!」
力強く頷き、2人は部屋を出て行く。
その後姿を村長は眩しそうに見つめていた。