誓いの未来へ7





「何でお前がここにいるんだ!!」
 窓を開け、キールがシェルクの部屋に入った開口一番はこうだった。
「お前、まさか泊まったのか…?」
 冷や汗をかきながら、真剣な目で問うキールにカイルはごまかすことも出来ずに頷く。
「ああ、泊まったけど…」
「うおおおぉぉぉ〜〜〜!!!泊まっただと!!アリシアのいるこの家に泊まっただとおおぉぉ〜!!」
「落ち着いて、キール。カイルは僕の部屋から一歩も出てないから」
 何とか落ち着かせようとシェルクがフォローするが、
「アリシアが足を踏み入れたこともあるこの部屋にカイルが泊まっただけでも許せん!!」
 焼け石に水だった。
「くそっ!!俺も今日はここに泊まるぞ!!」
 威勢良く唾を飛ばすキールの剣幕に2人とも呆然である。
「泊まるってどうして?」
「カイルが泊まったんだ。俺も泊まるぞ!」
「そんな子供みたなこと言わないでよ」
 呆れを通り越して憐れに見えてくる。
「泊まるぞ!泊まる!絶対泊まる!!」
 子供のように駄々をこねるキールに2人は顔を見合わせて深く溜息をつく。
「わかったよ、泊まりなよ」
「やったー!!!」
 手を上げ喜ぶキールにグッタリと2人の肩が落ちる。
「それで、お前は何しに来たんだよ?」
「ああぁぁぁ!!!」
 カイルに聞かれ、キールはやっとここに来た目的を思い出した。
「秘石のことだろう?」
 シェルクの顔が引き締まる。キールがぶんぶんと頭を縦に振ると、
「秘石?秘石がどうかしたのか?」
 まだ秘石が盗まれたことに気づいていないカイルが呑気に聞いてきた。
「…カイル、気づいてないの?」
「何が?」
 ここまで秘石の話をしながら、何も気づかないカイルにシェルクは不安を覚えた。
「バカヤロウ!!」
 この非常事態に気づきもしないカイルにキールが拳を握りしめる。
「お前はそれでも守り人候補か!?秘石が盗まれたんだよっ。秘石がっ!!」
「何だって!!」
 キールに怒鳴られ、カイルはやっと事態を把握した。
 なるほど、心を澄まして集中すると、確かに秘石の存在がなくなっていた。
 カイルの顔が途端に青くなる。
「全然気づかなかった…こんな悠長にしている場合じゃないじゃないか」
「ったく、しっかりしてくれよな」
 こんな時にシェルクの部屋に泊まる、泊まらないで騒いでいたキールには言われたくない言葉だった。
「でも、父上はなんで僕に知らせてくれなかったのだろう?」
「ああ、それは俺たちには待機してろってことだからさ」
 シェルクが首を傾げると、キールが説明してくる。
「朝早くに守り人のサルフィス様が俺の家にやって来て、秘石が盗まれたことを教えてくれたんだ。その時に俺とカイルは待機してろって言われたんだけど…」
 そこまで言って、キールはチラリとカイルを見る。カイルはキールの意図を感じ、ニヤリと笑う。
「行くしかないよな」
 期待通りのカイルの答えにキールが笑い返す。
「そう言うと思ったぜ!相棒!!」
「当然!!」
 2人同時に立ち上がると、シェルクも慌てて立ち上がる。
「待ってよ!!」
 そのまま出ていこうとする2人をシェルクが引き止める。
「何だよ、シェルク。止めるなよ」
 2人の前に出て阻止しようとするシェルクをキールが睨みつける。
「止めないよ。僕も連れていって!!」
 キールの瞳に負けじとシェルクも睨みつける。
「シェルク!!」
「絶対に行く!1人でも行くからね!!」
 カイルが叫んでも、シェルクは曲げない。こうと決めたら、なかなか曲げないシェルクだ。ここで置いていっても、本当に1人で秘石を探しに行くだろう。
「いいじゃんか、シェルクを連れてってもさ。シェルクは術もうまいし、力になるぜ」
 カイルの苦悩も知らずにキールが簡単に承諾する。
「ありがとう、キール」
「シェルクも次期村長だ。秘石を守りたいって思って当然だよな」
 キールは秘石を守りたいと言うシェルクの心意気をかったようだ。シェルクが秘石を探しに行くと言って、嬉しそうだ。
「あのな〜」
 カイルは1人、頭を抱え込んだ。
 キールはすっかりシェルクを連れて行く気になっている。カイルはキールのように簡単にシェルクを連れて行く気にはなれなかった。
 シェルクは次期村長候補だ。もし、シェルクの身に危険が及べば、それは村全体の一大事になる。
 村長と守り人はそれを見通して、シェルクたちを待機と命じたのだ。
「やっぱり、危険すぎる。シェルクはここにいろ!」
 何より、カイルが1番シェルクの身を心配していた。わざわざ危険なところへシェルクを連れて行くことなどカイルには出来なかった。
「どうして?自分の身ぐらい自分で守れるよ」
「そういう問題じゃないんだ」
「なら、どうして!?」
 シェルクもカイルも一歩も引かない。睨みあったまま威嚇している2人の間にキールが入ってくる。
「まあまあ、落ち着けよ、2人とも。こんなことしている暇はねえだろ。早く行こうぜ」
 そう言ってキールはシェルクの手を掴み、どんどん先に行ってしまう。
「おい、待てよ!」
 いきなりのキールの行動にカイルは虚をつかれる。
「いいよ、キール。カイルなんて置いていこう」
 キールに引かれながら、不安そうにカイルを見ていたが、ついにシェルクまでカイルを見限って進んでしまう。
「くそっ!」
 カイルは悪態をつき、2人の後に続いた。
 シェルクを絶対に守らなければと心に言い聞かせながら…

 村には人が1人もおらず、シーンと静まり返っていた。
 おそらく、村長の命令で誰もが、家の中でじっと身を潜めているのだろう。
 カイルたちは誰に気づかれることもなく、村を出て森へと入った。
 秘石の具体的な居場所はわからないが、魔王の封印されている洞窟へと向かっているのは安易に想像出来た。
 そのため3人は、この薄暗い森へと足を踏み入れたのだ。
 村の者なら誰もが恐れる森を、3人は躊躇もなしに奥へ奥へと進む。
 目指すは洞窟。目を光らせながら、慎重に歩くが、
「待って!!」
 シェルクが前方を歩く2人を止める。
「どうした?敵か?」
 2人に緊張が走るが、シェルクはゆっくりと首を振ると、茂みの奥を指差した。
「村長たちか」
 そこには村長と守り人の3人が、カイルたちと同じように洞窟を目指していた。
「父上に見つかるのはまずいよ」
 シェルクが身を隠しながら、小声で囁く。2人も頷き、黙って村長たちが去るのを待った。
 村長たちの姿が完全に見えなくなるのを待って、カイルが口を開く。
「考えれば村長たちが洞窟へ向かうのは当たり前のことだよな」
「うん、このまま気づかずに僕たちが洞窟に着いていたら、鉢合わせていたよね」
 カイルたちにとって、村長たちは違った意味で敵よりも怖い存在だった。見つかるわけにはいかない。
「じゃあ、俺たちはどこを探すんだよ?」
「うん、僕たちは反対に父上たちが絶対に探さない場所を探したほうが効率がいいかもしれない」
 キールの言葉にシェルクが考えながら言う。
「村長が探さない場所に秘石があるのか?」
 秘石を見つける気満々のキールにとってシェルクの意見は不満だった。秘石がないと思われるところを探して、何の意味があるのか。
「もしかしたら、見当違いの場所を探しているのかもしれない。でも、逆にそういう探し方をすれば、満遍なく森を探索することになって、かえって効率がいいと思う」
 キールと違って、誰かが秘石を見つければいいと考えているシェルクは冷静な判断を下す。
 カイルは2人の違いを比べながら、シェルクのほうが、よっぽど守り人に適していると思った。
「俺もシェルクの意見に賛成。ようは秘石が見つかればいいんだ。村長たちが見つけたなら、それはそれでいいじゃないか」
 とにかくカイルは早く森から出たかった。それにシェルクが一緒にいる以上、敵との接触も避けたい。
「そうだな。平和を守るのが俺たちの仕事だからな」
 キールも自分の意地を捨て、カイルたちに従った。こういう切り替えの早さが、キールの良いところだった。
「それじゃあ、行こうか」
 今度はシェルクが先頭に立ち、歩き始める。
 シェルクは迷いもなく道なき道を進む。その足取りは何かに導かれているようで、カイルは少しの疑問を覚えた。
「シェルク、向かう当てがあるのか?」
「えっ?」
 カイルに聞かれ、シェルクは驚いて振り向く。
「いや、何か、真っ直ぐ歩いているから…」
「…」
 カイルに言われ、シェルクは自分が何も考えずに自然と足が動いていたことに気づいた。
 それは、まるで自分が秘石の居場所をしっかりと知っているような動き。
「…」
 シェルクはゆっくりと足の動くほうへと視線を向ける。そこには赤く輝く光が見えた。無意識に自分がそれに向かって歩いていたことに気づき、シェルクは寒気を覚えた。
「…駄目だ、逃げるんだ!!」
 赤い輝きが急速に膨れ上がるのを感じ、シェルクは叫んだ。
「!!」
 しかし、すでに遅く、3人の目の前には秘石を抱いた1人の男が立っていた。
「待っていたぞ、シェルク…」
 男は秘石を掲げ、シェルクを見つけ、秘石に似た赤い瞳に微笑を浮かべた。



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