誓いの未来へ5
「おい、どこに行くんだよ」
シェルクに引っ張られて、カイルは家の裏庭に来ていた。
「ここから入るからだよ」
シェルクはあっけらかんと自分の部屋の窓を指す。
「…何で?」
普通に玄関から入ってはいけない理由があるのだろうか。
まさか、村長がカイルを家に泊めることを禁止しているとか。
「おい、やばいようだったら、俺は帰るぞ」
見つかった時のことを考えて、カイルは背筋が寒くなる。
村長の家の出入り禁止はもちろんのこと、シェルクとアリシアに会うこと、守り人候補からまで外されてしまうかも…
すっかり逃げの体勢に入っているカイルを見て、シェルクはきょとんとカイルを見つめる。
「やばいって何が?」
「俺が泊まったらやばいんだろう?」
「どうして?」
「…」
別に泊まってもいいんだろうか。なら、どうして窓から入らなければならないのだろう。
「シェルク、どうして俺たちは窓から入らなければいけないんだ?」
カイルが聞くと、シェルクは少し照れながら答える。
「だって、父上や母上に知られたら、カイルは僕の部屋で寝られないじゃないか」
「はっ?」
シェルクの言おうとしていることが通じず、カイルが聞き返すと、シェルクは恥ずかしそうに目を伏せる。
「いいだろう?久しぶりにカイルが僕の家に泊まるんだ。一緒に寝ようよ」
「一緒にって!?お前、何考えているんだよ!」
「いいじゃないか。昔はよく一緒に寝たじゃないか」
「昔って子供の頃だろ!」
「昔も今も変わらない!」
「あのなっ!!」
声を荒げて、カイルは慌てて口を閉じる。周りを見渡してみるが、誰も起きた様子はない。
声を潜め、シェルクを説得しようとするが、シェルクは眉を吊り上げ、一歩も譲らないという様子だった。
無理もない。シェルクは、ただ昔の頃のように一緒に寝たいだけなのだ。
カイルのように世間体とか、身分の差の問題を考えていないのだから。
「はあぁ…」
溜息が漏れてしまうのは仕方なかった。
「ごめんね、カイル」
カイルが嫌がっているのを見て、途端にシェルクが落ち込み出す。
「子供っぽいよね、僕」
すっかりうなだれてしまったシェルクに、カイルが眉根を寄せる。
「はあぁ…」
再度溜息をつき、カイルは窓に手をかける。
俺って本当にシェルクに甘いよな…
「ほら、入るぞ」
「えっ!?」
顔を上げると、カイルが窓に足をかけ、シェルクに手を差し出している。
「うんっ!?」
満面の笑みを浮かべ、シェルクはカイルの手を取る。
そうして2人はシェルクの部屋に忍び込んだのだった。
カイルがベッドにもぐりこむと、シェルクが嬉しそうに擦り寄ってくる。
カイルは複雑な気持ちながらも、幼い頃を思い出し、口元が緩む。
「懐かしいね」
シェルクも同じことを思い出したのだろう。
「カイル、覚えている?」
カイルに問いかけてきた。
「ああ、覚えているよ」
幼い頃、よく2人一緒のベッドで眠ったこと。少し大人になって、村長に止められてからも、一目を盗んでお互いのベッドにもぐりこんだこと。時々見つかって、叱られたこともあった。
窓からは月の光が差し込み、青い影をベッドに落としていた。2人はそんな影に隠れるように息を潜める。
昔のことを囁き合い、段々と言葉少なくなり、カイルがうとうとしかけた頃、
「今日の儀式どうだった?」
シェルクが声のトーンを高くして聞いてきた。聞きたくて仕方ないと言う顔に、カイルの表情が曇る。
秘石に触れた時に見た幻像を思い出してしまった。
「秘石に触れた時に3分間ぐらい固まっていたって本当?」
しかも、シェルクは聞いて欲しくないことに触れてくる。
まさか、本当のことを言うわけにもいかず、どうしようかと思案していると、
「…何か見たの?」
心を見抜かれたようなシェルクの言葉に、カイルが目を見開く。
そんなカイルを見て、シェルクは何かを悟ったらしい。不意に泣きそうな顔を見せる。
「シェルクも見たのか?」
聞いた声が微かに震える。
「うん…」
シェルクが頷くのを見て、カイルは戦慄を覚えた。
自分だけが見たなら、ただの幻と割り切ることも出来た。しかし、シェルクも見ていたのなら…
ショックを隠しきれないカイルに、シェルクが優しく微笑む。
「大丈夫だよ。あれが現実に起こるとは、まだ決まったわけじゃないんだ」
力強いシェルクの言葉にカイルは、シェルクが悩みぬいたすえに、もう答えを出していることを知った。シェルクは残像に負けない、決して違う未来を築いて見せると決意しているのだ。
「…そうだな。負けられないよな」
あの時見た残像を思い出し、それは決して訪れてはいけない未来だとカイルは思い直した。
『僕を殺して』
秘石を胸に抱き、囁いたシェルクを思い出す。
カイルは頭を振り、それを追い出した。
そうだ。こんなことをシェルクにさせてはいけない!
「俺がお前を守るよ」
真っ直ぐに目を見つめると、シェルクもしっかりと頷いた。
「僕も守る」
思いがけないシェルクの頼もしい言葉にカイルの表情が緩む。
「そうだな、2人で頑張ろう」
どちらともなく手を握る。結ばれた手が離れないように力を込めた。
しかし、驚いたのはシェルクも幻像を見たことだった。
幼い頃、初めて秘石を見て、森に逃げ込んだシェルクは幻像を恐れていたのだ。そんなことも知らずに見当違いの慰めをしていた自分がカイルは恥ずかしくなった。
でも、あの思いは変わらない。守り人となり、シェルクを守ること。もうシェルクを泣かさないこと。
魔王が前に復活してから今年が百年目。再び魔王が復活する日が近づいてきている。
シェルクも不安を抱いているのだろう。いや、村人全員が不安を抱いていた。そしてカイルも…
だが、自分は守り人候補になれた。シェルクを守る術をようやく身につけられたのだ。
「俺が守る…」
秘石の存在を感じながら、カイルは心の中で何度も何度も繰り返した。