誓いの未来へ4
大勢で食卓を囲むのは、何日ぶりだろう。
ずいぶん久しい気がする。
いつもは簡単にすませる食事も、今日は手の込んだ手料理が並べられている。
懐かしい味をゆっくりと噛み締めるカイルの隣りで、遠慮と言う文字を知らないキールが貪るように料理を口に運んでいる。
「うまい!うまいよ、アリシア!!」
大げさに表現するキールにカイルは呆れた。
しみじみと食べていたのに、キールのせいで台無しだ。
「キール様の口にあって良かったです」
「こんなうまい料理をまずいって言う奴なんていませんよ」
「まあ」
口に手を当てアリシアが微笑む。
「言いすぎだよ、キールは」
「あら?では、お兄様は私の料理が下手と言いたいのかしら?」
シェルクが言うと、アリシアがすねたように口を尖らせる。そんな子供じみた仕草が可愛らしくてキールの鼻がデレーとのびる。
「こらこら、客人の前ではしたないぞ」
村長が笑いながら咎めると、アリシアは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「いいじゃないですか。食事は賑やかなほうが楽しいですよ」
カイルが助け舟を出すと、アリシアがほっとしたように顔を上げる。
食事は賑やかなほうがいいと思っているのは本当だった。一人暮らしを始めて気づいたのだが、一人で淋しく食べる料理は、いつもより不味く感じる。その反対に大勢で食べる時は、その味以上の効力を発揮すると思うのだ。
かと言って、そんな効力などなくても、アリシアの料理は格別だが。
「そうですよ、あなた。今日ぐらいはいいじゃないですか」
シェルクの母が柔らかく微笑む。
「そうだな。今日はめでたい日だ。多少のことは目をつむるか」
村長も守り人候補が決まったことが、余程嬉しかったのか、酒の数が進んでいる。
「シェルクが村長になった時は、よろしく頼むぞ。カイル、キール」
2人に酒を進めながら、村長が頭を下げる。
「はっ、はい!お任せください」
緊張気味に答えるキールに対して、カイルは深く頷くだけだった。
村長に頼まれなくても、自分の心は決まっていた。
俺はシェルクを守る!!
カイルが守り人になったのは、そのためだけだった。
「僕からも、お願いするよ」
隣りに座るシェルクにグラスを傾けられ、カイルは軽く自分のグラスを当てる。
それを見て、キールもグラスを傾けてくる。3人のグラスが重なり、村長が満足そうに頷いた。
「今年は魔王が前に目覚めてから、百年が経つ。そろそろ、再び魔王が蘇る時だ。3人とも気を引き締めるように」
村長の言葉に3人は表情を引き締める。
魔王、それは村近くにある森の中の洞窟に封じられている。魔王は、百年に一度の割合で蘇り、秘石を通して村人操るのだ。
それは、魔王の命とも呼べる秘石がなければ、魔王が洞窟を出るどころか、一歩も動くことができないからだ。そのために村人を操り、秘石を洞窟の最深部魔王の元まで運んでこさせるのだ。
そして、今年がその百年を迎える。
「大丈夫ですよ、お父様。お兄様と強力な守り人が守ってくれますから」
頼もしそうに3人を見渡し、アリシアが微笑む。
「もちろんです!命の限り守りぬきます!!」
アリシアに褒められ、キールが感激のあまり立ち上がる。
「あらあら、キールさんは村長やシェルクに頼まれるより、アリシアに頼まれるほうが力がでるのね」
シェルクの母にからかわれ、キールとアリシアの顔が真っ赤になる。
「まあ、いいではないか。いずれは、キールかカイルがアリシアの婿になるのだからな」
キールの並々ならぬアリシアへの想いを確信して、村長が父親としてキールに穏やかな表情を向ける。
キールもカイルも村長は、男として人間として、村人一二を争う人物だと認めている。その人物がアリシアを好いているのだ。これを喜ばないはずがない。
カイルの気持ちはわからないが、このままキールとアリシアがまとまってくれれば、村長としては問題なかった。
「いやだわ、お父様ったら」
口では嫌がっているものの、アリシアは頬を赤らめている。
カイルとシェルクは顔を見合わせ、この2人がうまくいくといいと微笑みあう。
そんなカイルの気持ちも知らずに、キールのライバル心むき出しの視線が痛かったけれど。
夕食も終わり、解散となった。
「また来てくださいね」
シェルクの母の笑顔に見送られて、カイルたちは外に出る。
「いやあ、いっぱい食ったな!」
お腹を押さえながら、キールが満足そうな笑みを浮かべる。
「食べすぎだろ、キールは」
「だって、アリシアの手料理なんだぞ!」
出された料理の半分近くはキールが食べたのではないだろうか。カイルが呆れていると、キールが強い調子で掴みかかってくる。
「お前は昔、毎日食べていたかもしれないけどな、俺には滅多に食べられないものなんだぞ!!」
酔っているからか、キールの目は真剣だった。
「そんなに喜んでいただけるのなら、また作りますよ」
「うわっ!!」
突然、背後からアリシアの声が聞こえ、キールが飛び上がる。
「アリシアにシェルク」
見送りのためか、アリシアとシェルクが玄関先まで出てきてくれたみたいだ。
「キール様はたくさん食べてくれるから、作っている私も嬉しいです」
ニッコリと微笑まれて、キールの顔がとろけそうだ。
「アリシアの作った料理なら、胃袋が破壊するまで食べるよ!」
「まあ、そんなに?」
軽く目を開き、アリシアは驚く。
「それぐらい、アリシアの料理が上手ってことですよ〜」
「もう!キール様ったら、褒めすぎです」
すっかり2人の世界が出来上がっていた。カイルは邪魔するのも悪いと思い、先に帰ることにする。
「じゃあ、俺は先に帰るから」
「はい、カイル様。気をつけて帰ってくださいね」
「おう、じゃあな」
2人に挨拶をして歩き出すと、シェルクが当然のように隣りに立つ。
「?何だよ、シェルク」
「途中まで送って行くよ」
立ち止まり、聞くと、シェルクが別れがたいようについてくる。
「いいよ。もう暗いし、危ないだろう」
「大丈夫、大丈夫」
心配して断ろうとするが、シェルクは聞こうとしない。
「次期村長が、何呑気なこと言っているんだよ。もっと自覚を持てよ」
カイルが突き放すような言い方をすると、シェルクの顔が悲しげに歪む。
「…悪かったよ。でも、本当にいいから」
カイルは自分がシェルクに冷たく接している事に気づいていた。それにシェルクが心を痛めていることも。
だが、カイルは次期村長であるシェルクにどう接していいのかわからない。子供の頃は、何も考えることなく兄弟のように接していた。
しかし、大人になり、少しは周りのことも見えるようになって、自分とシェルクの関係が、どういうものかわからなくなっていった。
シェルクを守るという誓いは変わらない。だが、自分はシェルクの何なのだろう?兄弟?親友?…どれも違う気がする。大事なことには変わらないのだけれど…
「じゃあ、帰るから」
言って、背を向けると、シェルクが服の袖を掴んでくる。
「シェルク?」
「行かないで…」
うつむいて呟いたきり、シェルクは動かない。カイルもどうしていいのかわからずに立ち尽くしてしまう。
しばらく2人はそのままだった。
お互い言葉を出すことも動くことも出来ずに、ただ離れがたくて、そのままでいた。
しかし、その時を壊したのはシェルクだった。
「ごめん。わがままだよね」
シェルクが手を離す。
「あっ…」
離された手が寂しくて、カイルの口から声がもれる。
「えっ?」
「いや、何でもない…」
自分の気持ちがコントロール出来なくてカイルはシェルクから顔を背ける。
何だか、自分も離れたくなくなってしまった。
これから、誰も待つ人のいない部屋に戻るのも嫌だった。
「カイル、今日は僕の家に泊まっていかない?」
そんなカイルの気持ちが伝わったのか、シェルクが提案してくる。
「でも…」
誘惑にかられそうになって、カイルは自分を押し留める。
村長の家を出て1人暮らしをすると決めた時、気軽に村長の家を訪ねない。まして泊まることなどしないと決めたはずなのに。
「駄目?」
上目遣いで見上げられてカイルの息がつまる。もう、断れそうにない。
「…まあ、今日ぐらいは」
今日は、守り人候補になったご褒美だ。などと心の中で言い訳してみる。
「本当!?やったー!」
カイルの心の葛藤など知らずに、シェルクが無邪気に喜ぶ。
「じゃあ、家に帰ろうよ!」
シェルクの家への道を戻りながら、自分の意思の弱さを痛感したカイルだった。