誓いの未来へ23





 突然の地震で、2人の静かな時間は終わりを告げた。
「イルキスッ!」
 見ると、イルキスの体から、赤い波動が消えかかっている。赤い波動はイルキスの命を繋ぎ止めるもの。赤い波動が消えてしまえば、イルキスは再び死んでしまうだろう。
「どうやらカイルたちは魔王を倒したようだな」
 体から急速に波動の力が抜けて行くのを感じ、イルキスは魔王が倒れたのを知った。
 魔王を封印するために作られた洞窟も、魔王の死により後を追うように崩壊していく。
「はやく逃げるんだ」
 もう立てる力もなく、イルキスは弱々しく村長に微笑む。
「嫌だ!私は、もうおまえと離れたくない!!」
 村長は、今にも消えてしまいそうなイルキスの体を強く抱きしめる。
 かつて死に別れたイルキスと、もう一度別れるなど村長には耐えられない。
 イルキスは村長の頬を優しくなでる。これが、最後の別れだと告げられているようで、村長は大きく首を振る。
「私は…私はカイルとシェルクを恨むぞ!魔王を倒せば、おまえが死んでしまうとわかっていたのに…」
 イルキスにしがみつき、村長は涙を隠すように恨みの言葉を吐く。
 本当はそんなこと思っているわけがない。イルキスと自分、多くの人の人生を狂わせてきた魔王を倒せたのだ。これで、幸せな暮らしが戻ると思うと喜ぶのは当たり前のこと。
 だが、ならばどうしてイルキスだけが死ななければならない。やっと2人は出会えて、気持ちが通じ合ったというのに。
「そう言うな。俺は嬉しい。カイルが俺には出来なかったことを成し遂げてくれた。これで、もう俺たちのような人を作らないですむ」
 イルキスは、心の底から満足そうに瞳を閉じた。
「イルキス!!」
 そのまま逝ってしまいそうで、村長は乱暴にイルキスの体を揺さぶる。
 イルキスの瞳が開き、村長がほっとしたのもつかの間、イルキスの体からいっせいに赤の波動が舞う。
「ああ!」
 村長は、イルキスの命の源の赤い波動を逃がすまいと、手でかき集めようとするが、それはするりと手をすり抜けつかめない。
 それでも、村長は手を止めなかった。何度も何度も赤い波動に手を伸ばす。
「やめろ。俺はもう死ぬ」
 だが、イルキスは村長の手をとり、非常な言葉を突き付ける。
「そんな…」
 絶望的な状況に村長はうなだれる。イルキスを見下ろし、虚ろな目で涙を落とす。
「泣くな。これから新しい時がはじまるんだ。おまえはそれを笑顔で過ごせ。そして、この平和を勝ち取ったカイルとシェルクを褒めてやれ。きっと、あいつらも喜ぶ」
 イルキスは優しく村長の涙を指でふき取るが、涙は次から次へと溢れ出る。
 村長の涙は温かかった。自分の命ない冷えた体とは違う。村長には命あるものの温かさがある。
 だが、イルキスの冷えた体は、きっと彼にしか温められなかった。もし、彼がいなければ、イルキスは死から蘇ることも、蘇っても自我を保つことは出来ずにいただろう。
「俺はおまえが愛しい」
 いきなりのイルキスの告白に、村長が弾かれたように顔を上げる。
「おまえを愛している」
 間近で囁かれ、村長はついに言ってはならない一言を言ってしまう。
「私も死ぬ!おまえと一緒に死にたい!」
 これだけは言ってはいけないと思っていた。言えば、自分もイルキスも困るだけだ。実際、そんなことが出来るわけがない。自分は村の長なのだから。
「無理だ」
「わかっている!私は村の長だ。今死ぬわけにはいかない。魔王を倒したものの村には混乱が残る。それを静めるのは私しかいない!」
 村長は、自分の立場を憎むように吐き捨てた。しかし、イルキスは、村長の言葉を否定するように首を横に振る。
「違う。おまえが村長だからではない。おまえを必要とする者がいるから、おまえは死んではいけない」
「必要とする者…」
「そうだ。俺はもう、誰かが死んで終わりにするようなことはしたくない。誰もが生きて、新しい時を迎えたい。きっとカイルたちもそう思っているはずだ」
 轟音を立て、天井の壁が崩れはじめる。もう、この洞窟も長くはもたないだろう。
 村長は、イルキスとの別れを迫られ、だが離れられなかった。
「わかるよ、イルキス。私もおまえに置いていかれ者だ。もし、私がここで死んでしまえば、生き残った者の悲しみが残る。おまえは、それを避けたいのだろう?」
 頭では理解出来ても、心では認められない。村長は心を引き裂かれそうになりながらも、イルキスの側を離れられない。
 これ以上ここにとどまれば、洞窟の破片で生き埋めになってしまうだろう。イルキスは自分から離れない村長に困り果てていたが、傍らに1人の男が立ち、安心したような表情を見せる。
「そんなダダをこねないで下さいよ」
 見上げると、キールが痛そうに頭をかきながら、2人を見下ろしている。
「はやく、逃げますよ。村長」
 キールは村長の腕をとり、有無を言わさずに引っ張って行こうとする。しかし、村長はその手を振り解き、イルキスの側から離れようとしない。
「村長!!」
 キールが怒りと焦りをあらわに叫ぶ。
「行きたくない。イルキスの側にいたいんだ!!」
 イルキスの体に顔を埋め、村長は子供のようにダダをこねはじめる。その様子を見て、キールの血管がプチッと音を立てて切れる。
「いい加減にしてください!俺は死にたくないんですよ!村にはアリシアが待っているんだから!」
「じゃあ、君だけが帰ればいい!」
「俺だけじゃあ、駄目なんです!アリシアにみんな無事で帰って、村長に俺たちの子を抱いてもらおうねって約束したんだから!!」
 キールの言葉に村長がピクリと反応する。
「君たちの子供…?」
 ゆっくりとキールを見上げる村長の顔は、1人の男性から父親の顔つきに変わっている。
「まさか嫁入り前のアリシアに手をだしのではないだろうね?」
 手を出していたら、ただではおかないという口ぶりに、キールは力いっぱい手を振る。
「そんなことするわけないじゃありませんか!」
「当たり前だ!!」
 厳しく怒鳴られ、キールが肩を落とす。
「だが、キールのことだ。案外、手がはやいかもしれないぞ」
 楽しそうに2人のやりとりを眺めていたイルキスが火に油を注ぐ発言をする。
「なっ!?」
 村長の目が釣り上がる。キールがその迫力に身をすくませると、イルキスがこらえきれないように爆笑する。
「やはり、おまえは生きろ。この男が次期村長だなんて先が思いやられる。おまえが助けてやるしかないだろう」
「俺が村長!?」
 キールが信じられないように自分を指差す。
「村長ならシェルクがなるだろう?」
「っ!!」
 キールの言葉に村長は息を呑む。
 そして村長はイルキスを見つめ、
「カイルとシェルクを頼む」
 イルキスに頭を下げられ、イルキスの側から離れた。
 シェルクを村長にするな。それがイルキスの最後の願いなのだろう。
 シェルクが村長になってしまえば、跡継ぎが必要だ。そうなれば、シェルクとカイルが結ばれることはなくなってしまう。そう、イルキスと村長のように。
 村長は一人っ子だった。後を継ぐのは自分しかいない。村長は村のためにイルキスと一緒になることを諦めた。
 だが、シェルクは違う。村長には子供が、シェルクともう1人アリシアがいる。アリシアの夫が村長になれば、シェルクは自由の身となり、カイルと一緒になることが出来る。
 そうなれば、次期村長はキールとなるのだ。そのためには、村長は生き残らなければならない。
 もし、ここで村長が村に戻らなければ、次期村長は自動的にシェルクになってしまうだろう。
 立ち上がり、村長はイルキスを見つめる。2人は視線を交わし、切なそうに微笑む。
「どうやら、私はまだまだ生きなければならないようだ。すまない、一緒にいけないで」
 残念そうに村長が瞳を伏せる。
「謝るな。俺は、ただおまえに会いにきただけだ」
 イルキスは愛しそうに村長を見つめ、微笑んだ。その微笑が自分を助け死んでいった時の笑顔に似ていて、村長は涙ぐむ。
 だが、涙を吹き、村長も微笑む。
「そうだな。私もおまえに会いにきただけだ」
 涙がにじんでイルキスの姿がよく見えない。だが、もう時間はない。別れの時間を長引かせるわけにはいかなかった。
 村長は吹っ切るようにイルキスに背を向け、走りはじめる。その後を黙ってキールがついてくる。
 振り向きたくて、だが、村長は振り向かなかった。
 イルキスは走り去っていく、村長の姿を見つめ、見えなくなるとゆっくりと瞳を閉じた。
 波動が体から消えてしまった今、イルキスが死ぬのに時間はかからないだろう。
 イルキスは、体に残り続ける村長の温もりを抱いたまま逝けることを感謝した。もう、自分の魂がさ迷い続けることはないだろう。
 彼の微笑がこんなにも胸の中につまっているのだから。



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