誓いの未来へ24





終章

 村の喧騒から離れて、キールは1人、森の奥へと入っていく。
 今日は、村を上げてのキールとアリシアの婚約パーティーだ。村人から出される酒を少し飲みすぎてしまったようだ。
 掌で、頬の熱を取りながら、酔い冷ましのためにブラリと暗い森の中へ歩いて行く。
 今日はアリシアとの結婚と次期村長の座を約束されためでたい日だった。
「あ〜あ」
 だが、キールの表情は暗い。
 心在らずと木の枝で隠されてしまい、空の見えない頭上をボーと見上げている。
 明かりの一切ない森の中をキールは無用心に歩いて行く。
 もう、用心する必要などないのだ。魔王は倒された。カイルとシェルクの手によって。
 だが、魔王を倒したのは、カイルとシェルク、そしてキールの3人になっていた。村長が、その方が次期村長候補として格が付くと画策したのだ。
 それが面白くないわけではない。村長の言い分はもっともだし、自分が直接ではないにしろ、魔王を倒すことに手助けしたと思っているから。
 キールは、村の喧騒が完全に聞こえなくなると立ち止まり、木の幹にもたれかかる。
 重い溜息をつき、ふと隣を見る。
 いない。
 いつもなら、めでたい時に真っ先に祝ってくれる親友が隣にいない。
「カイル、シェルク…」
 今はいない友人の名を呼び、キールは再び溜息をつく。
 魔王が倒され、イルキスと別れた後、キールは村長と一緒に命からがら洞窟を脱出した。そして、洞窟は2人が脱出したと同時に崩壊されてしまった。そう、カイルとシェルクが脱出しないうちに。
 それから、何度も2人の捜索が始まった。もちろんキールもその中に加わったが、結局2人は見つからずに、捜索は打ち切りとなってしまった。
 その後の時間の流れは速かった。悲しむ暇もなく、キールに次期村長候補としての準備が襲いかかってきたのだ。
 周りの変化とめまぐるしさにキールは、2人が死んでしまったと実感できないまま今日に至ってしまっている。
 アリシアとサルフィスを慰めるのに忙しかったのもある。次期村長として村の人を元気付けるのも、自分の役目だった。
「忙しかったよなあ」
 今までの日々を振り返り、キールは疲れた表情を見せる。
 体も疲れたが、何と言っても精神的に疲れた。なれない仕事、村人から寄せられる期待と不安。
 そして何より、いつも支えてくれたカイルとシェルクがいないことがキールにとって1番堪えた。
「アリシアがいなかったら、村長なんてやってられないぜ」
 本心を呟いてしまい、慌ててキールは誰も聞いている人がいなかったことを確認する。
 だが、冷静に考え、こんなところに人など来ないことに気づき、キールは力が抜け、ズルズルと木の根に座りこむ。
「2人が生きていてさえくれればなあ」
 誰もいないのをいいことにキールは本心を話し続ける。
「隣にいなくても、どこかで2人で生きているなら、頑張れるのによ…」
 キールはあるはずのない希望を口に出し、余計に落ち込んでしまった。頭を抱えると、隣にカイルがいるような錯覚を受けてしまう。
 ああ、嫌だ。目を開けたら、どうせカイルはいないのに。
 希望が大きいほど、絶望も大きい。キールは、これ以上望みが大きくならない内に、パッと勢いよく目を開ける。
「あれ?」
 隣を見ると、足が見える。
 誰の足だろうと不思議に思い、とりあえずその足をもんでみると、
「くすぐったいから、もむなよ。キール」
 懐かしい声がくすぐったい笑い声とともに聞こえてくる。
「やべえ。俺、とうとう幻覚と幻聴がいっぺんにきちまった」
 耳をふさぎ、キールはそれでもカイルと会いたいと思い、恐る恐る視線を上げる。
「よお、キール」
「!!!」
 そこには、カイルがいた。
「久しぶりだな。おまえ、村長になるんだって?似合わないなあ」
 普段と変わらぬ素振りのカイルに、キールは口を開けたまま、固まってしまっている。
「どうしたんだよ、キール?」
 固まってしまったままのキールにカイルがしゃがみ込み、顔を突き出すと、
「カッ、カイルゥ〜!!!」
 キールが突然、叫び声をあげてきた。
「ぐお!」
 眼前で叫ばれ、カイルは後ろに退く。ピクピクと体を痙攣させ、苦しがっているカイルを見て、キールはようやく目の前にいるカイルが幻覚ではないことに気づく。
「おまえ、生きていたのか!?」
「ああ、黙っていて悪かったな」
 怒られるのを覚悟でカイルが謝ると、予想に反してキールはカイルに抱き付いてきた。
「うわ!」
 反動をつけ、抱き付いてこられたので、カイルはキールを受け止めきれずに、大地に転がる。
 しかし、キールはそのまま動かない。カイルは、男に抱き付かれるなんて気持ち悪いので、すぐにどかそうと思ったが、キールが泣いていることに気づいてやめた。
 カイルは泣き続けるキールの肩を軽く叩いてやる。しばらく、繰り返した後、落ち着いたのか、キールがカイルの上から起き上がる。
 恥ずかしそうに目元を吹き、キッと眉を上げ、カイルを睨む。
「今までのことを説明してもらおうか!!」
 抱きついた挙句に泣かれた後で、すごまれても何にも怖くないのだが、カイルは大人しく事情を話した。
 洞窟崩壊で奇跡的に助かったものの、2人とも動ける状態ではなかったこと。偶然村長に助けられ、手当てをしてもらったのだが、村には死んだままにしといてくれと頼まれたこと。
 死んだままにしたほうがいいという理由が、シェルクが生きていれば、シェルクが村長になり、カイルと別れなくてはならないことと、シェルクが死ねば、自動的に次期村長はアリシアの夫、つまりキールになるということを聞き、2人はそれを承諾した。
「話はわかった。だけど、俺ぐらいなら生きていることを教えてくれても良かったんじゃねーの?」
 怒ると言うより、すねたようなキールの口調に、カイルは冷静にキールを見返す。
「もちろん、俺はキールとアリシア、それとサルフィス様には教える気でいたぜ。だけど、教えたら、すぐに顔に出るおまえのことだ。俺たちが生きていたことが表情に出て、村の人たちにばれるんじゃないかと思ったんだよ」
 カイルの意見にキールは言い返せない。アリシアはともかく、自分とサルフィスは素直だから隠しきれないだろう。
「今日の婚約パーティー中なら、喧騒に紛れて何と会えるかなと思ってさ。キールが森の中に入ってきてくれて助かったよ」
 2人が死んだと思っていて、素直に喜べなかったから森の中に入っただのが、まさかそこでカイルに会うだなんて。
「とにかく生きていてくれて良かったぜ!」
 常に前向きに生きるキールは、手を広げ喜びを表す。また、抱き付かれるのかとカイルは咄嗟によけるが、幸いキールは抱き付く気はなかったようだ。
「そう言えば、シェルクは?」
 どうやら、その広げた手はシェルクを抱きしめるためのものだったらしい。だが、シェルクの姿が見えず、キールは残念そうに手を下ろした。
「ああ、今アリシアとサルフィス様に挨拶に行っているよ」
 キールに、シェルクに抱きつかれてたまるものかと内心思いながらも、カイルは答える。
「そっか。はやく、会いたいな」
 アリシアのシェルクと再会した時の喜びようを思い浮かべ、キールの顔がにやける。カイルは、改めてキールはわかりやすいなと思いながらも、言いにくそうに話しだす。
「実は俺たち、今日これから村を出ようと思っているんだ」
「えっ!?」
 急なカイルの言葉にキールは驚きを隠せない。
「いつまでも村の側にいるわけにいかないだろう?遠くでシェルクと暮らして行きたいと思っているんだ」
 戸惑うキールに、カイルは苦笑する。死人が村人と出会ったら、騒動になってしまう。
「そっか、そうだよな」
 納得したキールは、すでに村長としての風格を見せはじめていた。
 以前の彼なら、村のことなど考えずに、自分の感情だけで動いていただろう。だが、今の彼は村のことを考え始めている。村長とアリシア、守り人の必死の教育が実を結んでいるのだろう。
「村は安心しておまえに任せるよ」
 キールの姿を見て、少し不安だったカイルだが、これなら大丈夫だろうと思いなおした。
「じゃあな。もういくわ」
「ああ、元気でな」
 日常の別れの際のような、軽い挨拶を交わす。
 しみったれたのは似合わないと思った。別に悲しい別れではない。
 みんな、それぞれの場所で幸せになるために生きて行くだけだ。
「偽名でいいから手紙出せよ」
「偽名じゃ気づかないだろ」
「いや、絶対に気づく!」
 真剣なキールの表情に、カイルは必ず手紙を出すことを約束した。
 それで安心したのか、キールは笑顔でカイルの背中を叩いて、送り出してくれた。
 カイルは、その手の痛みに涙ぐみ、別の意味でも涙ぐんでいるのだが、それは気づかないふりをして歩き出す。
「俺たち、また絶対会おうぜ!!カイル!!」
 少し歩いたところで、馬鹿でかいキールの声が聞こえてくる。村人にばれたら、どうするんだよと冷や冷やしながら、笑いがとめられない。
「おう!絶対だ!!」
 負けずにカイルも大声を出し、そして今度こそカイルは去ってしまった。
 1人残されたキールは大きく背伸びをして、村の方へ帰っていった。
 そこでは、アリシアが明るい笑顔でキールを出迎えてくれるだろう。



(終)

♪この小説のご感想心よりお待ちしております♪
+――――――+
| 感想を送る |
+――――――+







『novel(BL)-top』