誓いの未来へ20
第6章
朝、早く目覚めてしまったので、カイルは村を散歩することにした。
昨日の夜は、キールと別れた後、カイルは家の整理をしてから、すぐに眠りについた。
自分でも驚くほど、ぐっすりと眠ることが出来た。目覚めも快調で、物事の全てがうまくいくような気がしてくる。
自分の育った狭い村を、カイルは一つ一つ思い出をなぞるように歩いた。
幼い頃、お世話になった村長の家。ここでカイルはシェルクと出会い、兄弟同然に育った。
村の広場。シェルクやキールとよく遊んだ。カイルとキールの悪戯にシェルクを巻き込んで、泣かせていたこともあった。
サルフィスの家。カイルは深々と頭を下げた。カイルの命を1番心配してくれた。自分の上司にもあたる、守り人として目標だった人だ。
村の外れの小屋。ここで魔王の秘石が守られていた。今はシェルクが秘石を持っている。今はもぬけの殻だ。
そして、森。シェルクを守ると誓った。全てが始まった場所。自分の守り人としての人生も、シェルクへの思いも。
全てが色鮮やかに思い出される。何1つ欠けることなく、カイルは胸に刻みつけた。
深呼吸すると、森の緑の空気が胸を清浄してくれる。
カイルは表情を引き締め、元の道へと戻った。
最後にカイルがたどり着いたのは、相棒の家。キールの元だった。
「遅いぞ、カイル」
キールはすでに、家の前でカイルを待っていた。
本当はカイルの家に迎えに行ったのだが、案の定カイルはいなかった。そこで、キールは色々とカイルを探し回ったのだが、結局見つけることが出来ずに、家の前でカイルを待つことにしたのだ。
「何だ。もう起きていたのか。どうやって寝ているキールを起こそうか考えていたのに」
自分を待っていてくれたキールに軽口を叩く。
「昨日は寝てないんだよ」
ムスッとした表情で、キールはでっかい口を開け、欠伸をする。
「おいおい、大丈夫か?」
目の下にくまを作っているキールに、カイルが心配そうに声をかける。
「まあな」
キールはぶっきらぼうに言い捨てると、さっさと洞窟へと歩き出す。
昨日はアリシアと一晩中、誰も死なないで助かる方法を検討していたのだ。良い案とは言えないが、案は出た。後は、成功すると信じてそれを実行するだけだ。
「はやく終わらせて、帰って寝ようぜ」
大きく伸びをしながら、散歩に行くような素振りでキールはダラダラと歩く。
気負いのないキールに、カイルはキールの器のでかさというか、鈍なところに、改めて感動する。
そのくせ、妙に繊細なところがあって、きっとキールは夜中、ずっとカイルのことを考えていてくれたのだろう。
そして決断したら、キールは揺るがない。そんな強さが頼れるところであり、カイルがキールの好きなところでもあった。
「ああ、はやく終わらせよう」
カイルはグルリと村を見渡し、キールと肩を並べた。
終わらせよう。この戦いを。
そして、シェルクを助け、自分の命も終わりがくるのだろう。
カイルは腰に下げた細剣を指で弾いた。
細剣は、それに答えるように小さく音を鳴らした。
洞窟に入ると、シェルクとイルキスが2人を待ち構えていた。
−と、いうのを期待していた2人だったが、それ見事に打ち破れた。
仕方なく、2人は下層へと足を運んだ。細剣の威力を怖がってか、2人に近づこうとする魔物はいない。
「…おい、今何階だよ?」
敵の襲撃がない中、もくもくと歩き続けるのに嫌気がさしたのか、不機嫌な声でキールが聞いてくる。
「さあ?10階までは数えていたけど…」
始めのうちは階数を数えていたカイルだが、途中から面倒くさくなってやめてしまった。
「10階以上…」
聞いて、クラリと目眩がする。いったい、どこまで2人は歩き続けなければ、いけないのか。
「まあ、敵も出てこないし、いいじゃないか」
楽観的に笑うカイルに、キールがうんざりとした表情を見せる。
キールにしてみれば、まだ敵が出てきたほうが張り合いがあっていいのだろう。
「ったく、あいつら、どこにいるんだよっ!!」
ムシャクシャしてきて、キールは洞窟内に響くような大声を上げた。カイルは、その声に耳がキーンとなる。
「あ、悪い」
耳を押さえ、苦しんでいるカイルに、大声を出して少しスッキリしたキールが笑顔で謝る。
カイルは文句を言おうとして、キッとキールを見上げ、
「…シェルク!」
前方でシェルクがカイルと同じように耳を押さえていることに気づく。イルキスは平然としたまま、シェルクの首に剣を向けている。
「くそうっ!あの野郎シェルクに何をしたんだ!?耳を押さえて苦しがっているじゃないか!!」
キールが怒りをあらわにするのを見て、カイルは「それはおまえのせいだろう」と冷静にツッコミを入れたかったが、面倒だからやめた。
「細剣を持って来たようだな」
イルキスもあえてツッコミをせずに、話を進めていく。シェルクも呆れた表情で、キールを見ているが、何も言わない。
「おう、約束は守ったぜ!シェルクを離しやがれ!!」
威勢良く叫ぶキールに、イルキスは冷たい笑みを浮かべる。
「駄目だ。細剣をこちらに渡してからだ」
イルキスは、剣を持つ手に力を込め、カイルに細剣を渡せと促す。
しかし、カイルはイルキスの剣がシェルクを傷つけることがないと信じて慌てなかった。
「その前に、この剣の呪いをシェルクは知っているのか?」
この剣の呪いは、使い手の命を奪うというもの。もし、これをシェルクが使えば、シェルクは死んでしまうことになる。シェルクはそれを知っていながら、魔王を倒すと言っていたのか、カイルは確かめたかった。
「…知っていたよ」
カイルの鋭い目に、腰を引かせながらもシェルクは答える。
カイルは怒っている。
カイルと付き合いの長いシェルクは、すぐにわかった。カイルはシェルクが細剣を使おうとしたことを怒っているのだ。
「僕は自分の命を犠牲にしても魔王を倒したいんだ!!」
にらみ返し、キッパリと告げると、カイルは鋭い目をよりきつくさせる。
「バカッ!!そんなことさせるか!犠牲になるのは俺でいい!!」
理不尽なカイルの怒りにシェルクは身を震わせる。自分は良くて、シェルクは駄目だなんて、そんな無茶苦茶な理由があるものか。
そして、シェルクはやはりカイルは自分を犠牲にすることを選んだ事を知った。使命感の強いカイルのことだ。昔の約束を盾に、細剣を使うのは自分の役目だと決め付けているのだろう。
「バカはカイルだっ!!僕はカイルに死んでもらいたくないんだよっ!!!」
イルキスに捕らわれながらも、力いっぱいシェルクは叫ぶ。
「シェルク…」
「カイルが僕を守りたいように、僕だってカイルを守りたいんだよ。カイル1人が死んで、はいお終いなんて都合よくいかないんだ」
シェルクの真っ直ぐな思いに、カイルの激情は嘘のように引いて行く。
「カイルのいない世界なんて僕は考えられない。それこそ、死んだほうがましだ…」
最後の方は、嗚咽にまみれ聞き取れなかった。
しかし、シェルクの思いはカイルの胸に届き、カイルはやるせない表情で、細剣を握りしめた。
「痴話喧嘩は終わったか。それじゃあ、カイル、細剣をこっちに投げろ」
黙って2人のやりとりを見ていたイルキスが、声を出す。
「…」
カイルは細剣を握ったまま動けなかった。もし、細剣を渡してしまえば、シェルクが魔王を倒すために使ってしまう。それだけは、何としてでも免れたかった。
「カイル、細剣を俺たちとイルキスの間に投げるんだ。投げた瞬間、俺がイルキスに襲いかかる。その隙にカイルはシェルクを助けろ」
カイルの隣りに立ち、キールが耳打ちする。カイルはキールの言葉に、相手に気づかれないように頷いた。
「わかった。細剣を投げよう。だが、細剣を投げるのとシェルクを離すのは同時だ」
「わかった」
カイルの条件をイルキスは呑む。
カイルはキールに目配せをして、汗ばんだ手で細剣を握り、両者の間に投げた。
「!」
その瞬間、誰もがそれぞれの思惑を胸に動き出す。
キールは、シェルクを解き放ち、細剣など見向きもせずにその場に立つイルキスに襲いかかる。
キールの性格と同じ真っ直ぐな剣の軌道に、イルキスは微笑し、軽々とよけた。
「まだまだだな」
そして、体勢を整えきれず前へと倒れるキールの背中に蹴りを放つ。
「ぐわっ!!」
イルキスにしてみれば、相当加減した蹴りもキールにとっては、渾身の一撃と同じような威力だ。
キールは無様に床に転がり、痛みで立ち上がれないでいる。
戦闘不可能であるキールを放って、イルキスは細剣の行方を確認する。
細剣を投げた瞬間、弾かれたようにイルキスの腕から抜け出したシェルクと、カイルとの決着の軍配はカイルに上がったようだ。
「俺がとったぞ、シェルク」
細剣を構えたまま、カイルが勝ち誇った表情を見せる。その顔に大量の汗をかいているのは、決して走ったからだけではない。精神的なものだ。
「カイル、やめるんだ!!」
カイルの決意を読み取り、シェルクは恐怖に歪んだ表情で、後退する。
カイルはシェルクを逃がさないとばかりに、追い詰める。心臓の音がやけに大きく聞こえる。これが、もうすぐ止まると思うと胸が引きつるような感覚がある。
浅くなる呼吸を、カイルは落ち着かせるように大きく息をはく。そして、カイルはピタリと切っ先をシェルクへととめた。
「駄目だ!カイル!!」
吸い込まれるように刃がシェルクの胸を突き刺す。
「うわあああぁぁ〜!!!」
絶叫が静かな洞窟内に響き渡る。
シェルクは痙攣しながら、細剣の威力に身を引き裂かれるような感覚に耐えていた。
シェルクの赤い波動が、細剣の白濁とした光にかき消されていく。
白濁した光が強まるにしたがって、カイルの精気は失われていった。カイルは遠くなる意識を呼び覚ましながら、必死に細剣を握り締めていた。
「やめてやめてやめて!!」
薄れた意識の中、シェルクは呪文のように唱え続ける。
カイルをとめて!!
カイルが死んでしまう。僕を助けるために。
嫌だ、僕はこんなことを望んだわけではないんだ。
僕は、秘石に触れ、魔王が見せた幻像を現実のものにしたくなくて、今まで頑張ってきたのに。それなのに、それが現実のものになってしまう。
カイルが僕のせいで死んでしまう。
シェルクは秘石に触れた時に見た幻像を思い出していた。
それは今と同じ状況。カイルが自分の為に命を落とす場面だった。シェルクは、それが恐ろしくて、1人で森の中で泣いていた。
自分の存在が怖くて、シェルクは森の中でひっそりと死んでしまおうかと考えていた。
そんな時、カイルがシェルクを探し出してくれたのだ。そして、シェルクを守ると魔王を倒すと約束してくれた。
それを聞いて、シェルクは自分に約束した。カイルを守ってみせると。幻像を現実のものにしないと。
「カイル…」
なのに、自分はどうしてこんなにも弱い存在なのだろう。結局、シェルクはカイルを守りぬくことが出来なかった。
シェルクはカイルに手を伸ばそうとして、カイルが横に吹っ飛ばされていく姿を見つめた。
「?」
なにが起こったのか、わからなかった。
カイルが壁にぶつかったまま、呆然と自分の方を見ている。
白濁の光は輝き続け、確実にシェルクの体から、赤い波動を消し去っている。
どうして?カイルは細剣を握っていないのに。
「キール!!」
カイルが叫ぶ。細剣を使った体は思うように動いてくれず、伸ばした手は宙を掴むばかりだった。
「…キール」
シェルクは、細剣の効力が続いているわけを知った。
「カイルにばっかり、おいしいところを持っていかれるわけにはいかないよな」
キールがカイルに代わって、細剣を握っていたのだ。
「キール…」
シェルクの瞳から涙が溢れ出す。カイルだけでなく、キールまでもが、自分を救うために命をかけている。
「大丈夫だぜ、シェルク。この方法は、俺とアリシアが寝ないで考えた、みんなで帰るためのものなんだ」
細剣に精気を奪われ、辛いはずのキールは、シェルクを元気付けるために笑ってくれた。
「みんな…」
シェルクもつられて微笑む。カイルやキールだけでない、アリシアも父もサルフィスも、みんなみんな、みんなが帰ってこれるようにと願っているのだ。
シェルクは意を決し、自ら細剣を胸深くに突き入れた。
「ああぁぁ!!」
体が真っ二つに割れるような激痛が走る。キールも最後の力を振り絞り、力を込めた。
その瞬間、すさまじい光の渦が2人の体を貫いた。
そして、シェルクは自分の体から、赤い波動が完全に消えていったのを感じた。
「キール!!」
光の渦が消え、ゆっくりと倒れるキールの体を抱きとめ、シェルクはキールの心臓が動いていることに安堵した。
「キールは!?」
体を引きずりながら聞いてくるカイルにシェルクが微笑みを返す。
カイルは神に感謝するように宙を仰いだ。
シェルクはキールを優しく横たわし、投げ捨てられた細剣を手に取る。
「行こう、カイル!!」
シェルクはカイルに手を伸ばした。
カイルはシェルクの行動に驚き、だがすぐにその手を取った。
「ああ、行こう」
シェルクの手を取ると、不思議と力がみなぎってくる。
カイルは手を繋いだまま立ち上がり、前をふさぐイルキスに挑むような眼差しを向ける。
「ここから先に行きたければ、俺を倒してから行け」
その眼差しに答えるように、イルキスが口端をあげる。
シェルクは怯えながらも、視線をそらさない。隣にカイルがいる、それだけで無敵になったような気分になれた。
「と、言いたいところだが、俺の相手をしてくれるのはあいつらしい」
すっと、視線を逸らし、後ろに流す。
「父上!」
ここに来るはずでない村長の姿に、シェルクは驚きの声をあげる。
村長は、シェルクの中から赤い波動がなくなったことを感じ、安心したように微笑む。
そして、カイルとシェルクの手がしっかりと結ばれていることに喜びを感じた。
「ここは私に任せて、はやく行きなさい」
シェルクはためらいを見せたが、すぐにカイルと共に奥へと走って行く。村長は、その後姿を見つめながら、シェルクが父を超えたことを感じていた。
「イルキス…」
そして、村長は、長年閉じ込めていた思いを解き放つためにイルキスと向かい会った。