誓いの未来へ2
第1章
守り人と言うのは、文字通り秘石を守る人のことを言う。
秘石は村外れにひっそりと建っている小屋の中にあるのだが、その前では村人による厳重な警戒がしかれている。もちろん、術による結界もはっていて、簡単に忍び込めないようにしてある。
結界を守るのも守り人の役目である。更に小屋の中にも幾重も結界を張り詰め、人間おろか、魔王の配下の魔物すら秘石を触ることも出来ないだろう。
もし、魔物が秘石を狙いに村を襲ってきたのならば、それを始末するのも守り人の務め。
つまり、守り人とは、力、技、術、そして精神の4つを備えているものしかなれないのだ。
そして、守り人は村長の交代と共に代替わりをする。次期村長候補がシェルクに決まった今、次の守り人候補が決定しようとしていた。
初めて見る秘石は思ったよりも小さかった。
燃えるような血の赤、人間の心臓ほどの大きさ。まさしく、命のような石だが、魔王の命と言うのだから、もっと怪しいものを想像していた。
「キール、前へ」
村長と2人の守り人に見守られ、守り人候補の1人、キールが緊張した面持ちで前に出る。
手と足が一緒に出ているのを見て、カイルは吹き出しそうになったが、それを必死にこらえる。
守り人になるための儀式の最中に笑うことなど出来ない。
村長が見かねたのか、大きな咳払いをすると、キールは手と足が一緒に出ていることに気づき、一度立ち止まり、今度は普通に歩き出した。
秘石の前で立ち止まるとキールは大きく深呼吸して秘石に手を近づかせる。指先が少し触れた程度でおびえたように手を引っ込める。
キールは秘石に触れた指先を見て、安心したように息をつく。
秘石に触れること、それが守り人になる儀式だった。触れることで秘石と通じ合い、以後秘石の在処がわかるようになるらしい。
儀式が終わり、キールがカイルの元へ戻ってくると、カイルは自分の番が近づいて緊張してきた。
しかし、カイルの緊張はキールのものと違っていた。
キールは秘石に触れることに緊張していたが、カイルは守り人になる喜びで溢れていた。
幼い頃、シェルクと交わした約束。
シェルクを魔王から守る事、そのために守り人になると誓った。
それから、カイルは血のにじむような特訓をしてきた。そして、やっと今、カイルはシェルクを守る術を得ることが出来るのだ。
これが終わりじゃない。これからが始まりなんだ…
そう言い聞かせても胸の高まりは消えてくれない。だって、やっと約束の第一歩を踏みしめることが出来たのだから。
「カイル、前へ」
キールが元の位置に戻り、カイルの番が来た。
「頑張れよ」
自分の番が終わって気が抜けたのか、キールが小声で励ましてくれる。キールは守り人になるための厳しい訓練を共に受けた親友だった。キールと守り人になれてカイルは単純に嬉しかった。
カイルは笑みを返し、秘石の元へ向かった。
秘石を前にしてもカイルは恐れることがなかった。ただ、並々ならぬ決意が湧いてくる。
お前にシェルクを好きにはさせない!
秘石を睨みつけ、カイルはしっかりと秘石をつかんだ。片手ですっぽりと収まってしまう石なんぞに負けてたまるものかと思った。
挑戦的なカイルを嘲るように秘石が煌いた。
その瞬間、カイルは幻像を見た。
『カイル…』
シェルクは秘石を胸に抱いて微笑んでいた。
『僕はもう駄目だ。だからせめて、君の手で…』
シェルクが誘うように手を差し出す。そして悲しげに目を伏せ、
『僕を殺して』
囁いた…
「…」
幻像は霞みのように散っていった。
カイルは今見た幻像のわけがわからないまま、その場に突っ立っていた。
「カイル?」
しかし、村長に訝しげに呼ばれ、カイルは秘石から手を離した。
何事もなかったように元の位置に戻るが、カイルの頭の中は混乱したままだった。
一体、あの幻像は何だったのだ?秘石が見せた、唯の気紛れか?それともこれから実際に起こることなのか…
カイルは悪い考えを消そうと軽く頭を振った。惑わされてはいけない。これも魔王の罠かもしれないのだ。
戻ってくると小馬鹿にしたようなキールの笑みが待っていた。
どうやら、カイルが秘石に恐れをなして固まっていたのだと思っていたようだ。
カイルは自分でもよくわからないのに、キールにどう説明すれば良いのかわからず、曖昧な笑みを返した。
それから、現守り人から心得や村長の話など続いたが、カイルの頭の中は幻像のことでいっぱいだった。
『僕を殺して』
大きく揺れるシェルクの瞳がカイルを捉えて離さなかった。