誓いの未来へ19
目を開けると、村長の顔があった。
「気がついたか?サルフィス」
優しく問いかけられ、サルフィスは気まずそうに頷く。
イルキスの正体をカイルに知られたくなくて、一人で洞窟へもぐったこと。そしてイルキスに見事に返り討ちにあったことを思い出したのだ。
「情けない…」
自分が気を失った後、カイルとキールが家まで運んでくれたのだろう。
恥ずかしくなって、サルフィスは赤くなった顔を布団で隠した。
村長は、子供じみたサルフィスの動作に小さく笑みをこぼす。
サルフィスとは、少年時代からの友人だが、彼のこういうところは昔から変わっていなかった。
「今度こそ彼らの力になりたいと思っていたのに、また失敗してしまったよ」
思ったよりも落ち込んでいるサルフィスの声音に、村長は大きく頭を振った。
「そんなことはない。君はよくやっているさ」
村長としての守り人に対する評価に、サルフィスは勢いよく布団から出てくる。
「私が言っているのは、守り人としてではなく、友人としてなんだよ!!」
じれったさそうに声をあげるが、村長は何を言っているのかわからないとばかりに、きょとんとしている。
「私は、君が魔王に操られてしまっていた時も、イルキスが命を落とした時にも何の役にも立てなかった」
暗く沈んだ表情を見せるサルフィスに、村長も顔を曇らせる。
自分が魔王に操られた時、意識はなかった。気づいたら、イルキスが細剣を持ち、地面に倒れていた。
そして、村長は知った。自分が操られていたことと、イルキスが自分を助けるために死んでしまったことに。
「私は1人で君を助けに行くイルキスをとめることが出来なかった。方法がそれしかなかったということもあったけど、本当は彼の覚悟を上回る気持ちが私にはなかったんだ」
友を失いたくないという思い。それはイルキスもサルフィスも同じ。だが、イルキスは自分の命を捨ててまで、村長を救いたいと願った。そして、それはサルフィスのイルキスを死なせたくないという思いよりも強かった。だから、サルフィスはイルキスをとめることが出来なかった。
「しかし、私は間違っていたんだ。あの時、イルキスをとめていれば…」
サルフィスは後悔に押しつぶされそうな苦悩を抱き続けていた。だからこそ、今度は誰も失わない未来を築きたかった。
「君は間違っていない」
サルフィスの後悔を少しでも癒そうと、村長は微笑む。
「あの時は、ああするしかなかった。間違っていたとしたら、それは簡単に魔王に操られてしまった私の意思の弱さだろう」
自分に言い聞かせるように村長は瞳を伏せる。
「それは違う!あの時の君の精神状態では、魔王に付け込まれて仕方なかったんだ。悪いのは、やはり私だ。イルキスが死んだ後の君を慰めることも出来なかった…」
自らを責める村長にサルフィスが身を乗り出す。
「もし、私がしっかりしていたら、君の悲しみも少しは和らいでいただろうにね」
今も尚、深い悲しみを閉じ込めている村長の胸の奥をサルフィスに見つめられ、村長の心が揺れ動く。
「サルフィス…」
そして、村長もサルフィスの胸の奥に息づいている自分と同じ悲しみを見つめた。
「そんな悲しいことを言わないでくれ。私は君がいてくれて、助かっていたんだよ。君は唯一私と同じ悲しみを背負う友なのだから」
サルフィスとだけイルキスを失った悲しみを分かち合えた。イルキスを知り、イルキスのことを語り合える。それだけで村長の心の負担は軽くなっていた。
「ならば、どうして君は泣かないんだ」
サルフィスの問いに、村長の答えがつまる。
「君はイルキスが死んでから、一度も泣かなかった。いいや、泣けなかったんだろう?」
サルフィスに問い詰められ、村長は敵に追い詰められた気分になる。知られたくない秘密を暴かれてしまう。
「君は、本当はずっとイルキスに会いたかったんだ」
村長はかたく目をつぶった。こみ上げて来る感情を爆発させないように。
「イルキスは長い時間を経て、蘇ったんだ。それがたとえ、魔王の手下でも君はイルキスに会うべきだよ」
「許されることではない」
村長として、かつての友とはいえ、魔王の配下に会いにいくなど決して許されることではなかった。
しかし、心のどこかで会いたいと叫ぶ自分がいた。
家の庭に赤い瞳の男が自分に会いに来てくれた時、村長は抱きつきたい衝動に駆られた。泣いて出会えた喜びを叫びたかった。
しかし、今の立場でそれが許されるわけがないのだ。そう、わかっている。だが、誰でもいいから、許してくれる人がいたら…
「私は許すよ。守り人としてではなく、君の友として」
サルフィスの友としての笑顔に、村長の表情が歪む。
「そうしなきゃ、君はいつまでたっても泣くことが出来ないからね」
ニコニコと満足気に笑うサルフィスに意地の悪いものを感じながらも、村長はいつもの威厳を感じる雰囲気を脱ぎ捨て、友としてサルフィスに微笑んだ。
「ありがとう、サルフィス。私は行くよ」
立ち上がり、肩の荷が下りたような軽さで村長は歩いて行く。
「私もやっと役に立てたかな?」
サルフィスは小さく呟き、その背中を見送った。