誓いの未来へ17





第5章

 気を失ってしまったサルフィスを、アイシャに押し付け、カイルとキールは、村長の家に飛び込んだ。
「村長!!」
 声と共に扉を開けると、いきなりの来訪に驚いたアリシアと目が合う。
「どうしたんですか?」
 ただならぬ剣幕の2人に、少しおびえたようにアリシアが尋ねる。
「いや、村長いる?」
 説明するのもじれったくて、カイルは勝手に村長の部屋へと進む。
「ごめんな、アリシア。急いでいるんだ」
 しかし、キールはしっかりとフォローを忘れない。さすがはキール。アリシアには優しい。
「どうしたんだ?」
 村長の部屋の扉を開ける前に、村長が部屋から出て来た。2人のただならぬ様子に、村長の顔は険しい。
「とにかく中に入りなさい」
 村長は2人を招き入れ、扉を閉じた。
「村長、あの細剣を渡して下さい!」
「細剣?」
「そうです。俺が握っていた、あの細剣です!」
 細剣と聞いて、村長の顔色が一瞬で変わる。
 それに気づかずにカイルは話したてる。
「シェルクが人質にとられてしまったんです。細剣を持っていかなくては!!」
 切迫した表情のカイルに、村長の息がつまる。
「シェルクが…」
 事の重大さに気づいた村長は、黙って細剣をカイルに差し出してくれた。
 これでシェルクは助かるとほっとし、細剣を受けとろうとしたカイルだが、直前で村長は細剣を遠ざける。
「村長…?」
「渡す前に聞きたい事がある。シェルクを人質にとったのは、赤い瞳の男か?」
 目を伏せ、何かに耐えるかのように村長がカイルに問う。
「村長!」
 問われて、カイルは赤い瞳の男―イルキスが村長の命の恩人だということを思い出す。そして、その男が自分の父親だという事を。
「そうです」
 何も言えなくなってしまったカイルの代わりにキールが答える。さりげなく肩の上に置かれたキールの手が、カイルにはとても頼もしく感じられた。
 キールに押されたように、カイルは村長に赤い瞳の男の正体を口に出す。
「村長、あの赤い瞳の男は…」
「わかっている。イルキスだろう」
 しかし、村長はすでにイルキスの正体を見抜いていた。
「知っていたんですか」
 村長がイルキスの正体を見抜いていたことを、カイルは不思議と思わなかった。
 命を預けて戦った仲間のことを、少しの変化でわからないわけがないだろう。現にサルフィスもイルキスの正体に気づいたのだから。
「初めからわかっていた。すまなかったな、カイル。父親のことを隠していて」
 村長に頭を下げられ、カイルが慌てて手を振る。
「そ、そんなっ!顔を上げてください!」
 恐れ多い村長の行動に、カイルが狼狽する。
「そう言えば、村長。シェルクが、その細剣を使えば魔王を倒せるって言ってたんですけど、本当ですか?」
 キールが細剣に目を向け、思い出したように村長に尋ねる。
 キラキラと期待に満ちた瞳を向けられ、村長が表情をしかめる。
「魔王を倒す?」
「はい、そうです。だから、細剣を持ってこいって言われて…」
 2人の顔を交互に見て、村長が考え込むようにうつむく。
「サルフィス様は、その細剣は呪われているとも言っていましたが?」
 サルフィスの細剣を見た時の恐慌状態を思い出し、カイルが恐々と尋ねる。
「サルフィスが?…そうだろうね」
 納得したように、村長は弱々しく笑みを浮かべる。少し引きつったその笑みに、2人は細剣が呪いの剣であることを察した。
「その呪いを具体的に聞いたのか?」
「いえ…」
「そうか…」
 再び村長は瞳を閉じる。呪いを話そうか迷っているように見えた。
「村長、呪いのことを教えてください!俺は、どんな事実も受け止められます!!」
 村長の迷いを断ち切るように、キールが声をあげる。歯を食いしばり、どんなことを言われても瞳を逸らさないと決意したキールに村長はゆっくりと頷いた。
「話してください、村長」
 カイルもまた、キールと同じ気持ちだった。
 たとえ、その細剣にどんな呪いが込められていても、シェルクが人質になっているのだ、受け止めないわけにはいかない。
 カイルの決意も認め、村長は重い口を開いた。
「この細剣は代々村の長である私の家系に、魔王を倒す最後の切り札として受け継がれていたものなんだ」
「やっぱり!!」
 シェルクの言葉が正しかったと、キールが瞳を輝かせる。
「それで魔王を倒せるんですね!?」
 ぐっと拳を固めるキールに、村長は細剣に目を落とし、話を続ける。
「この剣は邪悪な魂を切り裂くことのできる聖なる剣。実体がなく、魂と意思だけの魔王をも傷つけることが出来る」
「すげえ!!」
 村長の言葉を聞き、ますます興奮するキール。だが、カイルは、細剣を持つ村長の手が微かに震えているのを見て、嫌な予感にとらわれる。
「それにこの剣は、邪悪ではないものには、一切傷をつけない。つまり、魔王に乗り移られた人間を無傷で救うことも出来る」
 口調は平坦なもので、取り乱した様子はない。だが、村長の震える手だけが、心の動きを現していた。
「村長…?」
 何をそんなに思い詰めているのか、村長は変わらず細剣に視線を落としていて、表情はうかがえない。
「確かにこの剣なら、魔王の魂と意思を倒し、永遠の眠りにつかせることも出来るだろう」
 聞きたかったその一言に、キールが喜びをあらわに、カイルの肩をバシバシと叩く。
「痛い!!やめろ、キール!」
「バカヤロウ!やめずにいられるか!魔王を完全に倒すことが可能なのかもしれないんだぞ!!」
 キールの力で加減なく叩かれ、真っ赤になってしまっただろう肩を抑えながら、カイルはじっと村長の様子を見続けた。
 村長は、まだ言っていない。細剣の呪いのことを。
「呪いとは何なんですか?」
 業を煮やして、カイルは自分から呪いについて聞く。
「ああ、そう言えばそんなのあったっけ?」
 呑気なキールは放っておいて、口を閉じたままの村長にもう一度尋ねる。
「教えてください」
 静かな、だが強い口調に、村長が顔を上げる。
 感情1つ面出さない村長に、カイルは余計不安になる。どれほどの呪いがこの細剣にこめられているのだろうか。
「…だが、1つだけ問題がある。この細剣は、邪悪なものを傷つける能力を発揮する代わりに、使った者の命を引き換えにするのだ」
「えっ?」
 キールが間抜けな声を出す。
「命…」
 カイルは復唱して、やっと細剣の呪いを飲み込む。
 細剣は聖なる力の代償として、使い手の命を奪う。それが、細剣の呪い。
「ええっ!!」
 キールが理解したのか、叫び声をあげる。
「やばいじゃないですか!?絶対使っちゃ駄目ですよ」
 うろたえたように、早口でキールは「駄目だ駄目だ」を連呼する。村長も暗い表情のまま黙ったままだ。
「…」
 しかし、カイルは、どうして2人がそんなにうろたえているのかがわからない。
 人1人の命。そんなもの魔王を滅ぼすためなら安いものだと思う。まして、シェルクを救うためなら、自分は喜んで命を差し出すだろう。
「村長、その細剣を俺に使わせてください」
 サラリと言うカイルに2人の顔が強張る。
「バカ!何言ってるんだよ。命だぞ、死んじゃうんだぞ、カイル!!」
「肩を叩くな!!」
 再び、肩を叩きはじめるキールに怒鳴る。これは相当腫れていることだろう。
「俺はシェルクのためなら命を捨てる覚悟なんてとっくに出来ていたよ、キール」
 強がりでないカイルの笑顔に、キールの表情が曇る。
「おまえ、そこまでシェルクのことを…」
 カイルの強いシェルクへの思いに、キールは何も言えなくなってしまう。自分もアリシアのためなら命を捨てる覚悟がある。カイルの覚悟が痛いくらいキールにはわかってしまうのだ。
「村長、細剣を」
 前に出されたカイルの手に、村長は頭を振る。
「村長!」
「君には渡したくないよ、カイル」
「!どうしてですか?」
 村長の言葉にショックを受ける。自分は、この細剣を使うのにふさわしくないと言うのだろうか。
「君なら、ためらわずに細剣を使うだろうから」
 村長の悲しげな瞳に見つめられ、カイルは眉を潜める。
「君は知らない。助けられ、残された者が、どんなに苦痛を味わうか。君は、シェルクの立場になってそれを考えられないのか?」
 村長に指摘され、カイルは横っ面を叩き飛ばされたような感覚を味わう。
 残された者のこと、シェルクやキールのことなど、カイルはちっとも考えていなかった。
 シェルクは、自分のせいでカイルが命を落としたと知れば、悲しむだろう。涙に明け暮れ、笑顔を失ってしまうかもしれない。
 そんなシェルクをカイルは見たくない。だが、細剣を使う以外に、どんな解決法があるというのだ。
 都合よく丸く収まる方法があるのだというのなら、カイルのほうが聞きたいぐらいだ。
「そうだぜ!カイル!俺はおまえを犠牲にして魔王を倒せても、嬉しくともなんともないぜ!!」
 後ろから羽交い絞めのようにキールに抱きつかれ、カイルの心に友の気持ちが溢れてくる。
「君は考えるべきだ。君が犠牲になった後の世界を。そして、それでもなお、この細剣を使うべきか…」
 村長は、言葉を区切り、ゆっくりと細剣をカイルの掌にのせる。
 軽く見える細剣が、やけに重く感じる。
 命の重みを感じながら、カイルは細剣を強く握りしめた。
「カイル、その細剣の最後の使い手は、君の父親、イルキスだったんだ」
「!!」
 衝撃の告白にカイルは目を見開く。
「父が…」
「そう、地図を作るために、洞窟に潜っていた時に私の体は魔王に乗っ取られてしまった。操られ、最深部へと向かう私をイルキスは命を持ってして、救ってくれた」
 村長はかつての苦い思い出を、自分を助けたイルキスの息子、カイルに伝えた。
「そうして、独り残された私は、イルキスを恨んだよ。カイル、君がどんな答えを出すのかはわからない。だが、私は自分と同じ思いをシェルクにはさせたくはない」
 痛々しい村長の言葉に、カイルの頭は混乱して、ただ見つめ返すことしか出来なかった。
「…もう日が沈むから、洞窟へ行くのは明日にしなさい。今日はゆっくり休むんだ」
 窓の外を見ると、真っ赤な夕焼けが世界を照らし出していた。
 明日洞窟へ行けば、もう夕焼けを見ることはないかもしれない。明日が最後の戦いになる。3人は予感しながら、黙って沈みゆく夕焼けを見ていた。



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